解放祭 純白の騎士
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薄暗い闇の中、大きな扉の前で、その時が来るのを待つ。
緊張はない、その扉が開いたら前に踏み出して行くだけでいい、それに、ありがたいことに大舞台には何度も上がらせてもらってる。慣れはしないが、自然体ではいられるようになった。
不安もない、この扉の先が光あふれる温かい場所だと知ってるから。聞こえてくる大歓声は扉越しにも届いていたから。
ただ、迷ってはいたと思う。
「俺は正しかったのかな…」
自分の中でほんとはもう答えは出ているのに、問い直すように、独りそんなことを呟いた。
あの時、夢か現実かもわからない真っ白な世界で君と話して答えを出した…。
魔獣を殺し、人を救うと。
神様なんかじゃない、人である以上大切な生命は選ばなきゃいけない。
どの生命と争うか、どの生命を救いだすか…。
それは酷く残酷なように見えるけど、みんながやっていること。生きていくためには当たり前にやっていることだった。
けれど、そんな当たり前のことより、全ての生命を愛するという考え方が、何よりも美しく映ってしまった。そして、なにより、それを目指して生きていたその時の彼女の生き方が本当に美しくて、美しくて…。
そうなりたいと思ってしまったのだ。
『正しかったんだろうな…』
彼女は否定してくれたが、今でも思ってしまう。
すべての生命を愛することは間違っていないと…。
生命の重さは等しく平等なのだと…。
しかし、そんな完璧な真実はもう捨てていた。その真実をずっと持ち続けていれば、人間である以上必ず自らの手で自分を殺してしまうことは目に見えていた。
なぜなら、その真実はあまりにも美しく、手に入れようと気づいた時にはすでに自分の手はその真実からは程遠くにかけ離れており、汚れているからだ。
汚れた手で触れてしまえば、美しい真実も、汚れてしまう。
それは、もう、自分の求めた真実ではない。
そして、汚れた自分の手は醜く、これは罪だと思ってしまった。思い込んでしまった。
周りの人からしたらそんな考えで命を絶つのはありえないと思うかもしれない。そんな罪でもない誰もが当たり前にやっている、生きるために、生き残るために他の生命の命を奪う行為を罪だと思い、自分を殺してしまうなんて、間違っていると。
だけど、それだけじゃない、その罪は一部であり実際は、自分の求めた人生から道を外れてしまった時、自らのすべてを終わらせたい、そんな弱かった自分があの時、自らの首を飛ばそうとしていたのだ…。
『でも、俺はもう約束してるから…死んだりしないし…みんなを守るためにちゃんと戦うよ…俺の最後の時まで…』
今、考えれば自分をあそこで終わらせることは、自分を大切に思ってくれていた人たちに対してとても失礼だったのかもしれない…。
『本当にごめんなさい…』
「ライキル…」
泣いてくれた人たちがいたんだ、自分なんかのためにね。
「気づかせてくれてありがとな、アザリア…」
ハル・シアード・レイは、目を覚まさせてくれたひとりの女性の名前を呟く。
その時、閉ざされていた闇にわずかな光が差し込み、大歓声が聞こえてきた。
そして、扉が開かれ、光が溢れた。
「じゃあ、行ってくるよ」
誰もいなかったが、ハルはひとり呟く、届いてくれたらよかったなと思ったのだ、もうどこにもいないアザリアに…。
ハルは光の中に踏み出して行った。
***
ロール闘技場の中央の広場に繋がる東の大扉が開くと、そこから一人の青年が姿を現した。
その青年は、白を基調とした騎士服の正装に、純白のマントを羽織っており、白い輝きを放っていた。
会場の観客たちは、その純白の騎士である青年に目を奪われていた。
彼こそ、四大神獣白虎の討伐者、今回の表彰式の主役となる人物であるハル・シアード・レイだった。
大歓声と万来の拍手が会場を包み込む。
彼が中央のステージに上がる間、その賞賛と感謝の拍手喝采は勢いを増し続けていた。
そんな中、観客席で見守る、ライキル・ストライクの瞳にも純白のハルの姿が映った。
先ほどまで一緒にいたのに、今、中央を悠然と歩く彼の姿はまるで別人だった。
その姿は、まさに人々の希望である英雄の姿であった。
ライキルは息を呑む。
視界に入った瞬間からハルから目が離せない。
「………」
歓声が渦巻くこの会場で言葉が出ない。
そして、思うことがひとつ、それは…。
『ずるい…』
いつも優しくて、穏やかで、一緒にいるだけで幸せな気持ちにしてくれる、午後の陽だまりのような温かなハル。
けれど、今の彼は、圧倒的に他者を寄せ付けない、絶対的な穢れのない純粋さからくる威光を振りまいて私たちの前に姿を現した。
醜い心を持ったライキルにはあまりにもその純白が眩しく映った。
さっきまでハルは触れられる距離にいたし、触れて良かった。そばにいてくれたし、そばにいて良かった。
しかし、今の穢れない姿を見せられては、もう醜い自分では、触れても話しかけても、そばにいてもいけないと思わせるほど、清廉潔白だった。
そんな彼をずるいと思うのだ。今まで一緒にいたのに、そこまで純粋ならもう、醜い私では触れられないではないかと、ライキルはそう思ってしまうのだ。
ライキルが、ふと、隣のガルナを意識する。
彼女は今の彼をどう思うのだろうか、自分とは対照的な彼女は今の彼をどう思っているのだろうか?と、ライキルはその思いから隣にいるガルナに気づかれないように自然体の彼女を盗み見た。
ガルナはただ、愛おしそうに純白のハルを見つめていた。
その眼差しは慈愛に満ち溢れ、彼女の表情は穏やかで幸せそうだった。
『ガルナをここまで変えちゃうんだもんなぁ…ほんとハルはずるい…』
そう思いながらも、ライキルは、再び視線を中央に戻し純白の騎士であるハルを見た。
すると、その純白の騎士は中央を歩いている途中で立ち止まり、こちらを向いた。
ライキルとその純白の騎士は目が合った。
次の瞬間、純白の騎士は優しく微笑んで、小さく手を振ってくれた。
「!?」
ライキルの鼓動は跳ね上がり、そのまま、固まってしまう。
まさに不意打ちだった。
『う、うそ…だって、式の途中だよ…ダメだよ……』
遥か遠くにいた存在の彼が、一気に身近に感じた。
こっちが一方的に思ってるだけ、そう思っていた。しかし、実際にはそんなことはなかったのだ。
周囲がそのハルの行動にざわめき出す、誰もがこちらに英雄が手を振ってくれたと話し声があちらこちらか聞こえてくる。
もちろん、ライキルも自分だけに向けられたものではないと分かっている。周りにはキャミルや、ニュア、リーナ、そして、ガルナだっているのだ。
それでも、ライキルは心の底から嬉しかった。ハルがこっちを気にかけてくれたことがたまらなく嬉しかった。
ハルはほんの少し手を振ると向かうべきステージの方に行ってしまった。
「ライキル、ハル、こっちに手を振ってくれたわね」
キャミルがまだ手を振りながら言った。
「………」
返事が返って来ないと、キャミルが視線を中央にいるハルから、ライキルの横顔に移した。
ライキルは頬を赤く染めて、口を堅く閉じて、黙り込んでいた。
「ふふん、ライキル、見惚れてたのね?分かる、分かる、今のハルはさ、なんか理想の王子様みたいでかっこいいもんね」
真っ赤に頬を染めるライキルの顔をキャミルはニヤニヤと見つめた。
すると、的を得られたライキルが慌てて口を開く。
「ハルはずるいです、とってもずるいですよ!特に今の行為は反則です…あとでみんなで文句を言いましょう!」
「フフ、なんでそうなるのよ、素直に嬉しかったって言ってあげなよ、そっちの方が絶対ハルも喜ぶと思うよ」
「じゃあ、そうします…」
ライキルは顔を真っ赤にしながらも素直にキャミルの言ったことを受け入れていた。
それから、キャミルが、中央を見て言った。
「あ、見て、始まるんじゃない!?」
ライキルも中央を見ると、ハルはすでにステージに上がっていた。
その時のハルは再び、近寄りがたく犯し難い神聖な雰囲気を纏っていた。
しかし、ライキルはもうその純白のハルを見るのが、たまらなく嬉しくなっていた。
『ハルは、いつもそばにいてくれる…』
「…えへへ」
ライキルは嬉しそうに、にやけていた。
それから、四大神獣白虎討伐者であるレイドの元剣聖ハル・シアード・レイと、レイド王国の現剣聖カイ・オルフェリア・レイと、アスラ帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキアの表彰が始まった。
祝福の時は近い。