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解放祭 悪月

 解放祭の真ん中には円形状の巨大な建物が建っていた。

 その円形状の建物は、壁の高さは四十メートあり、長径約二百メートル、短径約百六十メートルの楕円形の形をしており、建物の中は円形闘技場で見られるアリーナ形式の形をとっており、屋根は無く、中央の円形の広場の周囲は、斜面のある階段状の観客席が取り囲んでいた。

 その巨大な円形状の建物は解放祭でも一番大きな建物で【ロール闘技場】と呼ばれていた。

 ロール闘技場は、過去にもこのリーベ平野で開かれた祭りで、魔法によって建てられた建物であり、祭りに観光客の中には初めからその建物を知っている人が多く観光名所として有名になっていた。

 ひとたび人を入れれば、何万人もの人を収納できる造りをしており、この解放祭で開かれている闘技場エリアのアリーナよりも、一回りも二回りも巨大で立派だった。


 ロール闘技場の中では、現在、明日の解放祭のメインイベントである表彰式のリハーサルが行われていた。

 リハーサルには多くの参加者がおり、上位貴族や有名冒険者など四大神獣の討伐に力を貸した者が出席していた。

両国の王たちは不在であり、他にハルと一緒の枠で表彰されるはずの両国の剣聖二人も欠席だった。

 唯一出席していたのが、ハルだけであり、当日の流れを担当者たちと打ち合わせしていた。


 そんなハルを観客席から見守っていたのは、ルナとギゼラだった。

 二人とも全身に鎧を身に着けて、フルフェイスの兜をかぶり、全身を隠していた。


 いつも通りギゼラは辺りに怪しい者がいないか警戒するが、すぐに集中力が途切れ、昨日のことを思い出してしまう。

 ルナの美しくもはかない泣きながらの笑顔が酷くギゼラの心をかき乱していた。

 今日の朝のルナは全くいつも通りで、何も変わりなかったが、ここに来て改めて分かった。いつもだったら、ハル・シアード・レイが視界に入るだけで子供の様にはしゃぎだす。可愛い先輩だったが、今はルナにそのような無邪気さはなく、彼女の兜の奥底は恐ろしいほどの静寂で満たされていた。


『ルナさんは、乗り越えられて無いんだろうな、でも、ハルさんとどんなことがあったんだろう…』


 ギゼラは完全にそのことが気になって、任務どころではなかった。


『ダメだ、このままじゃ私の方が集中できてない、何か話して気を紛らわせなきゃ』


 ギゼラはすぐにルナの方を向き、その兜の静寂を破壊する。


「ルナさん」


「何?」


「あのギルやジェレドってやつらが何者だったかってのはわかったんですか?」


 一昨日、ハルたちに接近してきた謎の人物たち、特殊部隊実行隊長のルナの追跡を撒くなど、おそらくドミナスの人間だろうと見当がついているが、その実態は謎のままだった。


「そのことね、調査隊に調べさせてる途中なんだけど、正直この祭りの間に情報が入ることは絶望的だと思う。あまりにも時間が足りないし、その前に相手にアクションを起こされる方が先かも」


「どうしてそう思うんですか?」


「どうしてって、表彰式が終れば、ハルさんはもといた古城アイビーに戻るの、あそこは軍事施設だからいくら何でも暗殺の可能性はここよりも圧倒的に減る。三等エリアにいるあのイルシーの暗殺者がその前に決着をつけようと思うのは確実なはずなの、だから、その時一緒にドミナスの人間も動き出すはずなの、本当にいたらだけどね」


「なるほど、でもこっちはイルシーの暗殺者の居場所は掴んでますから、ハルさんの安全はほとんど約束されたようなものですよね?」


 そのギゼラの問いにルナは少し間をおいて答えた。


「…えっと、そうなんだけど、でも、ギゼラそれは早計なの」


「え、でも、ハルさんを暗殺したがっているのはイルシーだけだって…」


 実際にそう言った情報で両国の特殊部隊は動いてきた。しかし、考えなければならない可能性はまだあった。


「そうね…けれど、もし、ドミナスっていう謎の組織もハルさんの命を狙っていたら?」


「え、でもそうすると…」


 そうすると今回の情報提供者である反ドミナス組織である【リベルス】が嘘の情報を流したことになる。


「敵対組織が三つということになる、それが最悪のパターン。そのパターンを作戦の中に組み込むとハルさんの安全は、彼がこの祭りを抜けるまで、その確証がなくなるの、最悪でしょ?」


「なるほど、だから付きっきりなんですね」


「そう、でも最悪のパターン正直無いと言っていいわ、私たちのボスもリベルスのボスとは顔を合わせてるから心配いらないわ、ただ、他にも新しい暗殺者が出てくる可能性もやっぱり捨てきれないから、付きっきりなのは変わらないけどね」


 二人が話している間にも、広場では式のリハーサルがどんどん進んでいき、気が付けば空がオレンジ色に染まっていた。

 リハーサルは何事もなく無事に終わり、参加者たちは各自散っていった。

 ルナとギゼラも、ハルとエウスがロール闘技場を出ると、後を追った。


 ハルとエウスが自分たちの宿の帰路に着くために、馬車に乗り込むのを確認すると、ルナとギゼラもあらかじめ待機させておいた同じ特殊部隊が御する馬車に乗り込み、今日の任務を終え、レッドブレスに向かった。


 馬車の中で、ギゼラが兜を取ると、こもってない新鮮な息が吸えて気分が良かった。

 目の前でもルナが兜を取って一息ついていた。彼女はそのまま、窓からオレンジ色に染まった祭りの空を眺めていた。

 相変わらず、彼女の容姿は整っており、女のギゼラでも美しいと思ってしまうほどだった。

 しかし、そんなルナの口からは小さなため息が一つ零れていた。


『やっぱり、ルナさん、元気ないな…』


 任務を終えるとギゼラはやはりルナのことが気になってしまった。

 ここ最近見ていた無邪気で溌剌としていたルナの姿とは、打って変わって、今の彼女は緩やかな停滞を纏っている様に感じた。生気がなく、意識がどこか別の場所を彷徨っているかのような虚ろさが彼女を支配していた。


『諦めるみたいなこと言ってたけど、無理なんだろうな…』


 ギゼラはいつの間にかルナのことを凝視していた。


「どうしたの?私の顔に何かついてた?」


「いえ、何も、相変わらず、綺麗っすよ…ルナさん…」


「フフ、ありがとう…」


 ルナは微笑んだ。しかし、その微笑もどこか無理をしている様に見えた。


「その…ルナさん」


「何?」


「昨日、ハルさんと何があったんですか?舞踏会で…」


 ギゼラは結局、昨日、ルナから詳しい話を聞くことはできていなかった。


「…そのことね……」


 ルナは小さく呟くと俯いて、恥ずかしそうに続けた。


「あの時ね、ハルさんと普通の会話したの…ありふれた会話、誰もがするようなほんとに普通の会話。出身とか好きなことはとか、昔の話とか、お互い何も知らなかったから、自分たちの知ってることを話し合ったの…」


「ああ…」


 ギゼラはなんとなく察してしまった。


「ほとんど嘘ついて、本当のことは好きな食べ物しか知ってもらえなかった…」


 ルナは彼の前でほんとのことは言えない。


「それに結局ほんとのこと言える状況でも、私、嘘ついてたと思う…」


「………」


 ギゼラは自分のしたことに罪悪感を覚えた。

 ハルとルナ、二人をを引き合わせようとしたこと、このことが少しでもルナ・ホーテン・イグニカという女性の辛い人生の癒しの光になると思っていた。


 しかし、現実は全く逆だった。


「ハルさん、ライキルさんやエウスさんたちのことも話してくれたんだ、自慢の友人だって…そこで、昔の話になって、たくさん明るい話を聞いたの。どれもこれもハルさんたちの少年期の素敵でおかしい話ばっかりで、聞いてる私も楽しくなった…でも……」


 ルナは窓から遠くを眺めながら語り続ける。


「それと同時にやっぱり私はハルさんたちに関わるべきじゃないって改めて思ったの……」


「………」


 ギゼラは、ただ、黙ってルナの話を聞いていた何も言えなかった。


「彼に触れるにはあまりにも私の手は汚れてたの……」


 闇の中をずっと歩いてきたルナにとって、ハルという光は灼熱の太陽だった。近づいてはいけない、見てはいけない、近づけば近づくほど、自分の影が大きく後ろをつきまとい、近づけば近づくほど、自分の身体は地獄の業火に焼かれた。


 闇を這う毒虫と光の中を羽ばたく蝶は決して交わらない。ルナはそう思う。


「でも、ルナさんはみんなのために…」


 話しを遮ってルナはすぐに言葉を返す。


「みんなのためだったら善人も無実の人にも手をかけてもいいの?いいわけがない…私ってそういう人間だから、救われるはずがないんだよ…」


 ギゼラが顔上げると、ルナはニッコリと優しく笑っていた。


「!?」


「救われちゃダメなんだよ…私は……」


 おぞましい声が響いたと同時に背筋が凍った。


 ルナの顔は確かに笑っていた。


 しかし、その時の彼女の顔は美しく綺麗で優しい笑顔なんてものではなく、ギゼラが戦慄するほど不気味で、醜悪で、この世の悪意を詰め込んだような最悪の笑顔だった。



 ルナの心はとっくの昔から壊れていた。

























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