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解放祭 拾った命救われた命・退屈な日々

 暗殺を代行する【暗殺組織イルシー】クレマンはそんな物騒な組織に所属していた。

 イルシーには訳ありの人間や危険な異常者が集まり、自分の技を売り、対価を組織からもらっていた。優秀であればだれでも大金が稼げるため、常識からあぶれてしまった者たちには絶好の場所だった。

 クレマンもそのはぐれもののひとりであり、もとは小国の裏の特殊部隊に所属していたが、国の陰謀に巻き込まれ、国から裏切りを受けた。いわゆる、口封じを受けたのだ。

 なんとか逃げ切ったクレマンはその後イルシーに落ちることになる。


 元特特殊部隊の隊員だったからと言って、クレマンは国に忠誠を誓っていた身であり、常識は持ち合わせているのは当然のことだった。

 だからなのか、イルシーに入ったときには、自分は比較的まともな人間という立ち位置に強制的に立たされることになった。

 初めてイルシーに所属する人々とチームを組んで仕事をしたときは、周りの異常性にクレマンは唖然とした。最初の顔合わせの会議に、死体を持ってくる奴、すでに全身血まみれな奴、狂言を吐き続ける奴、会って来た人間の異常性を上げるときりが無かった。

 だからか、チームを組む仕事になるとクレマンはよくその場を仕切るようになった。他に仕切れる人間がいないから、仕方がなくやるのがほとんどだったが、小国にいたころの特殊部隊での暗殺の知識が活きて、クレマンのいる仕事は上手くいくことが多く、彼は組織からも仲間からも信頼を受けた。

 だが、クレマンにとって異常者たちとの関りはお断りで親しくなろうとは思わず、あくまで仕事だけの関係におさめた。


 ティセアと初めて出会ったのもそのチームで仕事をするとなったときだった。

 彼女も最初の会議で死体を持ってきていた。後で聞いたことなのだが、なめられないためとのことで、クレマンはその答えを聞いて普通に彼女のことを軽蔑した。

 そんなことのために殺された人はたまったものではない。

 しかし、よく考えると自分もただの人殺しであった。上からものを言える人間ではなく、どうしようもなく彼らと自分の根底は似ていることに気づき、彼ら異常者の残虐さには一切口を出さなかった。


 そんな成り行きで、イルシーで活動して行くクレマンは、大きな異常の中の小さな異質として、組織に取り込まれていった。



 解放祭から数か月前のとある日、クレマンは、仕事の依頼で小国の都市を訪れていた。

 仕事の内容は、貴族の暗殺だった。

 暗殺の仕事は、一回で大金が入ってくるため、暗殺には自信のあるクレマンには持ってこいの仕事だった。

 しかし、そんな人の命で金を稼ぐ非道なクレマンにも、他のイルシーの人間には無い信条があった。

 それは、罪の無い人間は狙わないことだった。


 そのため、クレマンは事前に暗殺対象者の調査を念入りにしており、依頼を受けるか受けないかはその後に判断していた。

 しかし、暗殺のターゲットになる以上、よっぽどのことが無い限り、暗殺対象者は全員そろってクズだったので、クレマンが仕事の依頼を断ることは少なかった。

 それにクレマンが受けないからといって組織にも損は無い、なぜなら代わりの暗殺者は他にもたくさんいるからだった。

 そんなわけで、クレマンは仕事を遂行しようと、小雨の降る冷えた夜の街に出たときだった。


 クレマンが隠れ家に借りた細い路地にある建物の前に、全身血だらけで今にも息絶えるといった感じで、肩で息をしている十歳くらいの女の子に出会った。

 それがクレマンとジュキの最初の出会いだった。


 介抱して傷が癒えたジュキはその後もボーっとしてクレマンが話しかけても反応することは無かった。

 ジュキからは何かその子供特有の無邪気さだったり、明るさだったりを一切感じなかった。そういう子はいるにはいる、少し成長が早い子で落ち着いた子などいくらでもいるだろう。

 ただ、ジュキに関しては、子供とか大人びたなど、そういう枠組みの前に人間性が欠落している様に見えた。

 未発達や早熟というよりは、一度、完成された人間性を無理やり破壊してやり直したようなもので、感情が無く、人形みたいだった。


 だが、クレマンはそんな拾ってしまった命を、無下にすることもできず、どうやら訳ありなため誰かに預けることもできず、一緒に生活する日々が続いた。


 最初は人形と暮らしているみたいで不気味だったが、毎日、声をかけて優しく振舞っていると一週間もしないうちに、クレマンには簡単に心を開いてくれた。

 クレマンという人間は組織外の人間には優しく接するし、本来、彼は根っからの善性の心の持ち主だ。その善性が強すぎたあまり、暗殺者など極端に自分たちの正義を行使する組織に入ってしまったのだろう、だから、そういった点ではクレマンも立派な異常者だった。


 心を開いてくれたジュキは次第に自分の過去について語ってくれた。

 ジュキはまずドミナスという組織について話した。それから自分がそのドミナスという組織からの脱走者だろいうことを語った。


『ドミナスかぁ…』


 ドミナスはイルシーの敵対する組織の一つであり、一番危険視しなければいけない組織でもあった。クレマンがドミナスのことを知れたのは、幹部の人間と顔を合わせたときに、裏社会でのイルシーの大まかな立ち位置を聞くことができた。信頼されてるといった方がいいのだが、正直クレマンはその時、イルシーという組織は緩いのだと確信した。


「ドミナスは、兵士を作ってる、絶対に組織に背かない感情の無い最高の兵士を…」


 ジュキは無表情で言う、どこか説得力があった。


「でも、どうやって…」


「さらってきた物心つかない子供を洗脳して選別することでそれを可能にしてる」


 小さい子からかなり物騒な単語が飛んできてぞっとした。

 ジュキは話しを続ける。


「最高の兵士たちは組織のためなら死ねる道具になる、私もそのうちのひとりになるはずだった」


「でも、逃げ出した」


 確認するようにクレマンは言った。


「そう、私は逃げ出した。洗脳があまり効かないみたいだったの自我が強すぎたのかも…」


 それでも洗脳の影響があるのかジュキには人間らしさが希薄だった。


 ジュキは続ける。


「途中で洗脳の解けた子や基準に達しなかった子は組織に処分されるの、外部に情報を漏らさないように…」


 ジュキはそこで俯いてしまった。そこにはしっかり感情があった。


「だから、助けてくれたのは感謝してるが、私はもう行かないといけない…このままだとあなたにも危険が迫る…」


「へえ、聞いてはいたがそこまで危険な組織だったとはな…」


 幹部からドミナスのことは聞いてはいたが、正直、彼らの情報操作は遥かに高度で他の組織を圧倒してると、とにかく情報戦が得意ぐらいにしか聞いてなかった。しかし、クレマンはその情報戦が何よりも重要なことを特殊部隊のころから叩きこまれていた。そのため、ドミナスが一番危険な組織だと決めつけていた。

 巨大な組織なのに実態がつかめない不明な組織はかなり不気味だった。


「ドミナスを知ってるの?」


 クレマンがドミナスを知っていたことにジュキは初めて驚きの顔を見せてくれた。


「当然、俺の所属してる組織はイルシーっていって、悪い組織なんだけど…」


 あまり子供には言いたくないクレマンだったが、ジュキの話しから彼女はどっぷりと裏の社会に引きずり込まれているのが、わかったので今更だった。


「知ってる、イルシー、若い暗殺組織。脅威度は星零、ほっといても時代とともに勝手に滅亡する脆弱な組織」


「え、俺も別にイルシーに愛着があるわけじゃないけど、君の組織だとそんな言われようなの?」


 なんとなく気づいていたが、イルシーは相当だめな印象を持たれてるらしく、クレマンはちょっと悲しくなった。


「はい、でも、かなり使い勝手のいい組織とは言われてた。主に責任を押し付けるにはもってこいの組織だって」


 またしても酷い言われようだったが、イルシーの管理体制には穴がありすぎて塞ぎようもないことは、幹部でもないクレマンは知っていた。

 主に幹部は金のために組織を道具のように使ってる。ただ、構成員がみんな狂った奴しかいないため、他の組織に手が出せないのが現状だった。どうやら個人による報復が怖い組織がたくさんいるようだった。


「アハハハハ、確かにジュキの言ってることは合ってるよ」


 ジュキはおかしそうに笑うクレマンを見て、一瞬自分も笑いそうになるが、今の自分の状況を思い出して冷静になる。


「話が逸れましたが、私はもうここにはいられないんです。ドミナスの追手からは決して逃げられない組織の根はどこにでも下りてるから、隠れる場所も逃げる場所も無いの…」


 クレマンも笑うのをやめて真剣な表情になったジュキの顔をこちらも真面目な表情で見つめ返した。


「じゃあ、一緒に逃げよう」


「え?」


「俺も実は逃げてきた身なんだ、イルシーに入る前は、小さな国で特殊部隊やってたんだけどさ、裏切りにあってこうして逃げ出してきたんだ、だからなんか俺たち似た者同士だろ?」


「……あなたには関係の無いことなんです、これは私の問題なんです」


「分かってるよ、でも、逃げる場所も無いんだろ、それじゃあジュキは結局このまま組織の人間につかまって死ぬだけだ。だったら俺と一緒に逃げた方が少しは生存率が上がるんじゃないか?一応俺戦えるしさ」


 ジュキはクレマンの軽い口調にイライラした。


「だから、巻き込まれればあなたも死ぬんですよ!」


「ジュキ、残念だけどもう俺は巻き込まれてるらしい…」


「は?」


 バリン!!!


 その瞬間、ジュキとクレマンのいる部屋の窓ガラスに突っ込んでひとりの人間が侵入してきた。


 クレマンが隠れ家として用意した場所は三階の部屋。その窓ガラスを割って入って来たと言うことは普通の人間ではないことは確かだった。


「追手!?」


 入って来た全身真っ黒な装備で身を固めたまさに暗殺者は片手に剣を持っており、敵意がむき出しだった。


「ほんとに耳が早いな、どうやって知ったんだここのこと…」


 テーブルの椅子に座って話していたクレマンとジュキの場所は、暗殺者から五メートルほど離れていた。


「クレマン!!」


 ジュキは恐怖のあまり叫ぶ、本来はドミナスの洗脳により恐怖というものが薄れるはずなのだが、一週間クレマンと生活して人間味を取り戻してしまったことで、彼女はただの十歳に戻りつつあった。


「ジュキ、下がって…」


 クレマンも剣を引き抜く、ゆっくり距離を詰めてくる黒い暗殺者にその剣を向けた。


 しかし、始まろうとしていた戦闘の決着は一瞬で終わりを迎えた。


 クレマンは構えた剣をその場に落とした。するりと彼の手か落ちる剣に、その暗殺者の視線はどうしても剣に集中してしまう。

 更には思考まで乱される。どうして武器を手放すのか、理解のできない行動に暗殺者の身体と思考は完全に停止する。


 ゴオオオオオオオオオ!!


 直後、クレマンの左手から部屋半分の全てを包み込む巨大な炎の塊が溢れ出した。


「あああああああああああああ!!!」


 突然の瞬間的な超火力に当然反応できない暗殺者は炎に包まれると絶叫した。


 巨大な炎の塊は暗殺者を道連れに部屋の壁を突き破っていった。外に放り出された暗殺者はあっけなく三階から燃えたまま落下していった。


 一瞬で蒸発した部屋の半分をジュキは呆然と固まったまま、眺めていた。部屋の半分の崩壊した屋根からは綺麗な夕焼け空が見えていた。


「ごめん、びっくりしたよな、俺、剣より魔法の方が得意なんだ」


 半壊した燃える部屋を背にクレマンは微笑んでいた。


 その時ジュキにとって彼が、自分の救世主になった。




 *** *** ***




 解放祭のメインイベントである表彰式も明日に迫っていた。


 そんな中、相変わらず、ティセアは、クレマンとジュキの二人の夕食の買い出しをさせられていた。


「ほんとあいつ、あいつ、あいつ」


 イライラしながら、ティセアは人気のパン屋の出店に顔を出す。


「おお、お姉さんいらっしゃい今日も来てくれたんだ、いつものだよね?」


「そうだよ、さっさとしろ」


 バン!


 ティセアは出店の台にお金とかごを乱暴に置くと、パンが出てくるのを待った。


『あいつ、ほんとに私をこき使いやがって、金が手に入ったら、まずクレマンを私の奴隷にしてやる…でもあいつ、この仕事終わったら遠くに行くって言ってたな、なら金を組織からもらった後でついて行くか…』


 ティセアの言動に周りの客は怯えていたが、店主は気さくに彼女と接する。


「はい、いつものパン、毎度ありがとね、気をつけて!」


 イライラしていたティセアは、パンがたくさん入ったかごを乱暴に受け取ると、店主を無視してクレマンたちのいる宿に帰宅する。

 その途中で、何人かの人影が自分の行動を監視していることを確認する。ただしどこから見ているかまでは分からなかった。ただ漠然と見られてる感覚があった。


「チッ、気持ちわりいなぁ…」


 その視線を絶えず受けながらティセアはまっすぐ宿に直行した。



 宿に戻り部屋の鍵を使ってクレマンの部屋に入る。

 そこには、地べたに座って本を読んでいるクレマンとジュキがいた。


「おい、買ってきてやったぞ、ひれ伏しなお前たち」


「お帰り、ティセア、ありがとう!」


「ティセア、ありがとう…」


 ティセアのイライラはいつの間にか治まっていた。

 二人に感謝されたからだろうか?

 いや、きっと、私に主導権があるからだ。そうに違いないと、最近抱えた妙な感覚に戸惑いながらもティセアは二人に買って来たパンを振舞った。

 三人は、テーブルを囲って些細な夕食にした。

 夕食が終るといつも通り明日の予定を話し合った。明日は暗殺当日ということもあって、念入りに計画の再確認をした。

 打ち合わせが終るとすっかり辺りは暗くなっていた。その後、少しクレマンとくだらない雑談をするとティセアは椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、私は自分の部屋に戻るからな」


「うん、ティセア、明日はよろしくね…」


「ああ、任せろ、お前たちも早く寝ろよ」


 そう言ってティセアはクレマンの部屋を出て、自分の部屋に戻った。


 そして、自室に戻ったティセアは、ふとベットで眠る直前に思うことがあった。


 このつまらなく退屈だった日々も今日で終わりだということを…。
























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