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解放祭 ラストダンス

 ルナの身に着けているドレスは上等なものだった。黒と赤を基調とした、落ち着いている品のあるドレス。

 ルナ自身の持つ、高貴さも相まって、今日の彼女の気品あふれる美しさには磨きがかかっていた。

 そんな完璧そうに見える彼女でも、今、目の前で起きていることを受け止めることで精一杯だった。

 ハル・シアード・レイ。愛しの彼と自分が一緒に踊っている事実にルナはただただ、喜びをかみしめていた。

 踊っている最中に目が合うと彼は微笑んでくれた。その瞬間ルナの頭は真っ白になり、その笑顔を目に焼き付けようと意識が彼を見ることだけに集中するとステップを踏み外し、彼の足を踏んでしまった。


「うあああ!!!ご、ご、ごめんなさい!!!」


「アハハハハハ!全然構いませんよ」


 つい大声を上げてしまった。緊張であがっているせいか、先ほどから自分の奇行が目立っていた。


『ダメだ、ダメだ、これで二回目だ…どうしよう、このままじゃいいところが無くて終わっちゃう…』


「ルナさん?」


「は、はい!?」


「緊張してますか?」


 ハルの顔が心配そうにのぞき込んできた。


「………」


 くすんだ青い髪に透き通った吸い込まれそうな青い瞳。笑顔がよく似合う爽やかな顔つきだが、どこか刃のような鋭利さも兼ね備えていた。それはハルが仮面をしていてもわかることだった。そんな彼をルナは目の当たりにして改めて思った。


『眩しいな…』


 目に映るのはいつの日か自分を救ってくれた命の恩人。彼にとっては大勢の中のひとりだが、ルナにとって彼は、かけがえのないひとりだった。

 ルナにとって偉大な彼を好きだというのは当たり前だったが、それと同時にどこか彼には届かないと思ってしまう自分もいた。


「ルナさん?」


「あ、ええ、緊張してます…」


 無意識のうちにルナの口から言葉が漏れていた。


「でしたら、音楽には合わせず二人でゆっくり踊りましょうか」


「は、はい…」


 優しく笑顔で接してくれる彼に、ルナは見とれており、無意識に了承していた。

 ゆっくり踊り出すとルナは不思議な感覚に包まれた。ハルと自分の二人だけの空間が次第に形成されていくような気がした。


「少しお話しませんか?そう言えばまだお互いのことほとんど何も知らないですし、それに気がまぎれて緊張がほぐれるかもしれません」


「あ、はい…」


 小さく揺れている程度にまで勢いを弱めた踊りの中、二人は互いのことを知ろうとする。

 ルナに関しては任務でハルのことを調べ上げているのである程度把握していたが、そんなものは知った気になっているだけで彼のことなどルナはまだ何も知らないに等しかった。


「ルナさんはどこから来たんですか?」


「私は…」


 ルナは嘘をつく。


 任務上、正体を晒すわけにはいかない。いろいろ手遅れの気がするが、それでも今はすべてを明らかにするわけにはいかなかった。


「イゼキアから来ました」


「イゼキアか、いい国って聞きますね。俺は行ったことないんですけど、イゼキアの王都は海沿いにあって景色がすごい綺麗だって」


 イゼキアは六大王国のひとつで、領土も広く、海に面していた。さらに、人族や獣人族が多く住む国であり、今のルナの偽装には適した国だった。

 そして、もちろん、ルナはイゼキア王国を訪れたことがあった。

 ただ、彼女が他国に行くときはあまり気分のいい趣旨とはいえなかったが、ハルの言った通り、イゼキアの王都は海の見える美しい都市だったのを覚えていた。


「ええ、とってもいい場所です、白と青で彩られた王都の街並みは一見の価値があります」


「そっか、いいな…ああ、でも、イゼキアにはいつか行くか…」


 ハルはイゼキアに考えを巡らせていた。

 彼の考えている姿に見とれるのもよかったが、こんなチャンスはもう二度と来ないと思ったのでルナは聞いておきたいことを聞くことにした。


「あ、あの!?」


「はい、どうしましたか?」


「え、えっと…」


『す、好きな人…結婚は……、えっとだったら妾は…えっと…えっと…』


 ルナの頭の中は好かれようとする一心で、彼の心中を探りたかった。


 しかし。


「えっと、あ、ハルさんはどこ出身なのですか?」


 結果は散々なものでルナにはまだ深いところを聞く勇気がなく、平凡な質問しかできなかった。


「俺はレイド出身です、王都の近くの森に道場があるんですけど、そこで育ったんです」


「そ、そうなんですね…ということはハルさんは騎士なのですか?」


「あ…そうですね、ええ、そうなんです!こう見えても俺は一応騎士でですねぇ…」


 ルナは自分の情けなさを呪った。そんな自分が嫌になって俯いてしまう。

 次第にハルの話している言葉もいくつか聞き逃してしまっていた。


『ああ、私、ダメだな…こんなんじゃ、いつまでたっても変われない…でもどうしたらいいんだろう…』


「ルナさん?…大丈夫ですか?気分でも悪いですか?」


「あ、いえ、その、なんでもありません…」


 きっと無自覚に比べてしまっていた。ハルの周りにいる他の女性たち、ライキルやガルナ。彼女らを一方的に知るルナにとって自分も早く彼女らのような親密な関係を自分も築きたかったのだ。


「…ルナさん」


「は、はい?」


 その時ハルはルナと踊るのをやめて、彼女に顔を一気に近づけた。


「えっ……あ、あの……な、なんでしょうか…?」


 ルナの顔は赤くなり、心臓の鼓動が早くなる。見つめてくるハルの表情は真剣そのものだった。


「笑った方がいいです」


「え?」


「ルナさんは笑顔の方が似合ってると思います」


「笑顔ですか…」


「はい、ルナさん、とっても綺麗なのに、下を向いてちゃもったいないです。上を向いて笑っていた方が素敵です」


 そこでハルは自分のつけていた仮面を取って素顔を晒した。


「それに今はお祭りの真っ最中、楽しまなきゃ損ですよ!」


 そして、ハルは優しく微笑んだ。


「…………」


 何も言えなかった。楽しむ、その通りだと思った。うじうじするより今この瞬間を全力で楽しむ。悩みはあとにいくらでも考えられる。


 ルナも自分の仮面を外した。


「さあ、一緒に楽しみましょう?この楽しいダンスの時間を!!」


「はい!」


 ルナは差し出された手を取った。



 二人は踊りながら語り合った。楽しそうに自分と話してくれるハルを見ていると、自然と笑顔になっていた。


 ずっと、闇の中を歩いてきたルナにとって、少し、ほんの少しだけ、彼と一緒にいるこの時間は彼女を普通の女の子にしてくれた。


『いい、やっぱり、私はあなたといると、普通でいられる』


 緊張はほぐれ、ハルと交わす言葉は次第に弾む。


『ハルさんが誰といてもいい、ただ、今はわたしだけのものだ。ここは二人だけの世界だ』


 聞きたいことは聞けずに、二人の会話は進んでいく。だけど、それでも楽しいと思えた。幸せだと思えた。


『ああ、幸せだな…』


 今、この瞬間をルナはハルと全力で楽しむ。

 次第に、弾んだ会話の熱は、踊りへも飛び火する。もう、ルナも最初のような初歩的なミスは一切しなかった。二人は初めてとは思えないほど、息の合った動きをした。それは二人の技術の高さと踊りの相性の良さを表していた。


『楽しい、あなたとこうしていつまでも一緒にいられたら…幸せだったな……』


 しかし、残酷なまでに時間というものは前に進む。演奏の終りが、二人だけの時間の終わりを告げた。


「ハルさん、またいつか機会があればこうして踊っていただけませんか?」


 遠かった憧れの人との距離は縮みいつの間にか彼の目の前にいた。


「ええ、もちろん、喜んで!」


 最後まで彼は優しく、笑顔で接してくれた。


 ルナにとって忘れられない一日になった。



 ***



「そうだ、ルナさん、さっき話したみんなのことを紹介したいんだけど、あっちにいるんだ、一緒に来ない?」


 踊りが終ったあと、すぐにハルはルナにそう言った。

 願ってもない話しだったがルナはその申し出をすぐに断った。


「ごめんなさい、ハルさん、私、もう行かなくてはいけないので、本当にごめんなさい!」


「え!?ああ、気を付け………」


 別れの挨拶も無しに、ルナはハルのもとから急いで離れていった。


『ありがとう、ハルさん…』


 名残惜しさとともにルナは舞踏会を後にした。



 ***



『あれ、ルナさんどこへ!?』


 ルナが舞踏会の会場から外に出て行くのをギゼラは二階から眺めていた。

 急いで自分も一階に下り、建物の出口に向かって外に出た。

 辺りはすっかり暗くなっており、すぐに追いかけたとはいえ、ルナの姿を探すのに時間が掛かった。

 しばらく辺りを見回していると、馬車が出入りする場所の近くのベンチに腰を下ろしていた。


「どうしたんですか、突然……ルナさん?」


 ルナの目からは大量の涙が溢れ出ていた。


「ルナさん、どうしたんですか…」


「なんでもないわ、それよりハルさんたちの監視は…」


「いや、ほっぽってきましたけど…」


「急いで戻らないとダメじゃない」


 ルナの声は震えていた。


「ルナさんが泣いてる理由聞くまでは戻れませんよ…私、ルナさんの方が大事なんですから、悲しんでるところほっとけないっすよ…」


 ルナは目を何度も拭うが、とめどなく溢れる涙が止まることは無い。


「なら、ギゼラ、すぐにあなたは任務に戻れる、だってこれは嬉し涙だから…」


 普通の幸せとは何か、ずっと考えてきた。

 小さいころから街で見かける普通の女の子、本に出てくる普通の女の子。みんな当たり前のように平和な日常で誰かを好きになって幸せそうに笑う。

 そんな彼女らを見るたびに自分には一生関係の無いことだろうなとルナは思っていた。

 だけど、憧れなかったわけじゃなかった。自分もいつか普通に誰かを好きになって、その好きになった人と一緒に人生を歩んでいく。

 そんな夢に憧れていた。

 けれど、やっと見つけた人は遠すぎて、いざ、近づいたら、その彼は眩しすぎた。

 自分のいる世界とあまりにも違いすぎて、諦めがついてしまうほどには、彼は光の中にいた。


「もう、夢から覚めなくちゃ…もうたくさん、夢を見せてもらった、十分だ…」


「ルナさん?」


「ギゼラ、ありがとう、私の惨めな恋を応援してくれて」


「あきらめるんですか?」


 その言葉を聞いて、ルナの涙はまるで何かの区切りがついたかのように、そこで止まった。


「違う、あきらめるんじゃないよ…託したんだ、彼女たちに…」


 ルナはギゼラに優しい笑顔を見せた。


 ギゼラはそこでルナの光に触れた気がした。











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