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解放祭 体感一秒

 踊ったというよりは、でたらめに暴れた。そんな感覚に近かった。とてもじゃないが踊りとは程遠いとハル自身も自覚していたし、踊りを知らないガルナもあれは踊りじゃないなと、意見が一致するほどだった。


 それでも、楽しくはあった。


 優雅に相手と息を合わせて踊ったり、相手をリードしたりするのも、身に着けた踊りの技術を使うという点では、楽しいものだった。


 しかし、型に全くはまらない自由過ぎる踊りは、ハルの中にあった踊りの固定概念を粉砕した。


 心のままに踊る。感じたままに、今、動かしたいと思った方に体を動かす。すると相手も同じく自由気ままに踊るので、互いの動きに齟齬が発生する。

 そんなものだから、二人の踊りは不格好に見えるし、外から見れば下手だと思われる。

 ただ、それは他の人があまりに型にはまりすぎているから起こることで、踊っている本人たちはその齟齬さえも自分たちの踊りだった。


 その踊りは自由過ぎるがゆえに最初から完成しており成功していた。


 だから楽しかったのかもしれない。


 ハルはそう思った。



 みんなのもとに戻ると、ひどい踊りだが見てるこっちも楽しかったと言われたのであながち間違えではないと思ったが、時と場所を選ぶ必要はあった。あんな粗末な踊りを正式な社交界で踊っては色々問題になるのは目に見えていた。

 だから、ガルナにもいつか正しい踊り方というものを教えたくなった。そっちの踊りも遥かに奥が深く面白いことを教えてあげたくなってしまった。

 踊りから戻ってすぐにハルはグラスにお酒を注いで飲み干して喉を潤した。

 ガルナは、女性たちとさっきの踊りのことで盛り上がっていた。


「よお、ハル、さっきの踊り酷かったな、あんなの踊りじゃねぇぜ!」


 お酒の入ったグラス片手にエウスが声をかけてきた。


「ハハ、だろうな、俺も外から見てればそう思うだろうな、だって、二人で踊ってて俺とガルナがそう思ってたんだからな」


 そう言うと、エウスがテーブルから新しいお酒のボトルを開けて、グラスに注いでくれた。


「ありがとう」


 エウスがグラスを前に出して来たので、こちらもグラスを出し、お互いのグラスを軽く当てた。


 カチン!


 と小粋な音が鳴ると二人はグラスの中にあったお酒を口にした。


「ぷはあ、ただ、ハル、あの踊りは、いい踊りではあった。いろいろ方向性は違うが、あの踊りはある種、人を羨望させるよ」


 身体に酒が流れるのを感じながらエウスが言った。


「羨望…?あんな変な踊りでか?」


「ああ、だからほんの少数の人達だろうけどな、普通は下手だって思われて終わりだ。ただ、あれはさっきもいったが変だったがいい踊りだった。ただ、ダメな踊りじゃない、見ているこっちを幸せにするダメダメな踊りだった」


「随分と褒めてくれるんだな」


 ハルはお酒を飲みながらエウスの顔をうかがった。


「まあ、俺には全く響かなかったけどな…」


 エウスは急に手のひらを返した。


「急にそうやって落とすのは照れくさいから?」


「俺は、お前を褒める時、照れねえよ」


「うわ、ひでえ」


 ハルとエウスは互いに小さく笑った。


「だけど、ハル…」


「なに?」


 エウスと目が合う、彼の表情は真剣だった。そして、どこか自信の無い表情だった。だからだろうか。


「…やっぱ、なんでもねえ」


 彼は何かを言うの諦めて口を閉じてしまった。


「ふーん、そう…」


 何をエウスが言いたかったのか聞き出すのが普通なのだが、彼は口が上手いので、きっと今言おうとしていたことも言葉巧みに隠されてしまうと思い。そっとしておいた。それに最終的には彼から真実を打ち明けてくれることが多いのでここは静観することにして黙っていた。


 しかし、次に沈黙を破ったのはエウスでもハルでも、後ろで話しているガルナたちでもなかった。


「すみません、少しよろしいですか?」


 ハルとエウスの目の前に現れたのは、ひとりのエルフだった。


「は、はい!?」


 突然の出来事にハルは驚いて背筋を伸ばした。


「ハル・シアード・レイ様ですよね?」


 ハルの目の前にいたのは女性のエルフだった。エルフの特徴と言えば超高身長というものがあったが、彼女はハルよりも背が小さかった。

 背中まで降ろした長い綺麗な金髪に翡翠色の瞳。相手も仮面をつけていたため、顔は隠れていたが、相当な美人であることは理解できた。それは少し怖いと思うほどだった。彼女の周りだけ少し温度が低いと感じると錯覚するほどには、冷艶だった。


 白いドレスに身を包む彼女は、エルフ特有の長い耳の左耳にだけ、三つピアスをつけていた。端から順番に金色、青色、赤色のピアスを下げて揺らしていた。


「ええ、そうですが、あなたはどちら様ですか?」


 異様な雰囲気をもつエルフの彼女にハルは息を飲む。


「私はレキと申します、もしよければ一緒に踊っていただけませんか?」


「はい、構いませんけど…」


 淑女の申し出を無下に断ることはできない。さらに仮面をつけているということは身分が非常に高い可能性も考慮しなければならず、気安く断ることも難しく、こういうときは受けてしまうのが無難だった。

 しかし、この時、ハルが了承したのは全く別の思いからだった。


 断れない。


 まるでここで彼女と踊るのが運命で決定づけられているかのようにハルはただ、彼女の提案を受け入れていた。


 いつの間にか、ハルとレキはホールの真ん中で踊っていた。


「踊りお上手ですね。私も踊りが得意でよくお相手をリードしてしまうのですけど、あなたの前だと上手く先が読めませんわ、フフッ」


 ハルは、レキをリードしながら微笑んだ彼女のことを呆然と見た。


「あなたは、いったい…」


「ねえ、ハルさん、あなたはどうして私たちを救ってくださるのかしら?」


「え?」


 救うとは?私たちとは?彼女の言っていることは最初は理解できなかったが…。


「どうして、神獣を狩って、私たち人間を助けてくださるのですか?」


「ああ、そう言うことですか、それは俺が元剣聖で人々を救うのは私の義務で…」


 ハルの話を遮ってレキは美しく鮮やかに回ってぴったりと再びハルの前で止まった。


「それは建前ですよね?私はあなたの本音が聞きたいのだけれど?」


 自分の本音。神獣討伐をする動機。行動するにあたった本当の理由。


 どうやら、このレキという人、相手には一般的な受け答えは通用しない気がした


 だから、一般的な切り口から入る。


「人を助けるのに理由がいりますか?神獣の被害は刻々深刻になっています。誰かが止めなければいずれ手遅れになります。未来の脅威を想像して対策を練るのは当然です」


「そうね、獣はいつか人々を終わらせるでしょうね…」


 突然、寂しそうな顔をする彼女に、ハルは戸惑った。


「ああ、ごめんなさい、なんでもないの、それよりあなたもわかってると思うけど私はそんなこと聞いてないわ、もっとあなたの深いところを知りたいの」


「………」


 神獣を討伐する決意をしたのはやはり、あの時の出来事だった。

 二度目の神獣による、レイド王国の王都襲撃。


 救えなかった。救おうとしていた人々を救えなかった。


 一回目の神獣の王都襲撃のときにもよく見ていた。人が死ぬ瞬間は…。


 だけど、その時、王都の人たちとハルはただの他人だった。


 王都に来て間もないころにハルは神獣の襲撃にあった。

 そこで大活躍したハルはレイド王国の王都の人々に受け入れられた。

 ハルはそこで初めて王都の人々たちを自分とのつながりだと感じることができた。

 剣聖になった時は、多くの人がハルを賞賛し愛してくれた。大人たちからは信頼され、多くの子供たちからは憧れの存在となった。

 ハルもそんな彼らを、ただの他人だった王都の人々を、家族のように愛するようになっていた。


 そんな中で起こった。二度目の王都襲撃。そこでもハルは目覚ましい活躍を見せ多くの人々を救った。


 けれど、もちろん、全ての人は救えなかった。


 あと少し、ほんの少しで救い出せた人々に手が届かずに死んでいく、自分を愛してくれた愛おしい人々が目の前で死んでいく。


 知ってしまったから、辛かった。知らなければ、きっと、何も感じなかった。


 それでも、ハルは後悔はしていない。


 だから、決断した。


 四大神獣という大きな脅威を自分の手で狩りつくすと。


「どうかしら?教えてはくださらない?」


 いつの間にか舞踏会の会場には人ひとりいなかった。けれどハルは気にならなかった。それよりも今目の前にいるレキという女性に自分の思いをぶつけるのが先だった。


「つまらないですよ」


「構わないわ」


 二人はもう踊ってはいなかった。


「簡単なことです。俺がそうするって決めたからです。四大神獣を狩って少しでも俺の愛する人々に危険が及ばないようにする。そう俺が決めたんです」


「ふうん、じゃあ、そのほかの人々は救わないのですか?」


「全員は救えない。俺も人間ですから救える人は限られてます。だけど、俺は自分が生きてる間は、できる限り多くの人を救い続けられるように努力をしていくつもりです」


 彼女の顔色はまったく変わらなかった。ほんとにつまらないといった感じでハルの言葉を聞いていた。


「じゃあ、最後にもう一つだけ質問です」


「ええ、いいですよ」


「人々を救った結果、つまり四大神獣を討伐した結果。その行動がさらに多くの人々に悲惨な未来を招くことになったとしても、あなたはその行動を実行しますか?」


 彼女の最後の質問はどこかおかしかった。最悪な未来が決まっているなら誰だって避けようとするのは当たり前で、この質問の答えはいいえに決まっていた。


「未来が決まってるなら俺はすぐに神獣討伐をやめますよ…ただ、未来を知ってる人なんているんですか?」


「………」


 レキという女性はそこで黙り込んでしまった。

 そして、しばらくハルの青い瞳を見つめたあと、彼女は優しく微笑んだ。


「いいえ、いない。未来を知る人なんて存在しないわ、先のことなんて誰にも分らない…」


「そうですよね…」


 あいづちを打ったハルはそこで周囲の異常に気づいた。


「あれ!?誰もいない、みんなはどこに!?」


 周囲を見回してもハルとレキ以外の人間がひとりもいなかった。


「ああ、ごめんなさい、大丈夫、ちゃんとみんなそばにいるわ。安心して」


 レキは冷静にハルを落ち着かせた。そして、彼女がハルに近づくと手を差し出してきた。彼女が目で握手して欲しいと伝えるとハルも彼女の手を握った。


「うん、やっぱり、君は君だね。短い間だが、話せてよかったよ」


「え、ああ、はい」


 突然レキの口調が変わったことにハルは驚いたが、辺りに光があふれ始めたことでそんな場合ではなかった。


「ハル、また会おう」


 ハルの視界は真っ白に染まっていった。



 ***



 目を開けると、目の前には黒髪の仮面をつけた少女が立っていた。


「あの…ハルさんですよね?」


 気づいたらハルはお酒の入ったグラスを持ってみんなのいるテーブルの近くに立っていた。

 隣には先ほどと変わらずにエウスがいて、後ろではガルナを中心に変わらず女性たちだけで盛り上がっていた。


「エウス、俺、今何してた?」


「なあ、ハル、こちらの女性は誰だ?お知り合いか?」


 ここにいる三人全員の話がかみ合っていなかった。


「エウス、俺、さっきまでエルフの女性と踊ってなかったか?」


「はあ?お前はガルナと踊り終わって、ここから一歩も動いてないけど?」


「………」


 エウスのその反応に唖然とした。周りを見渡しても先ほどのエルフはどこにもいなかった。


「あ、あの…わた…わた…わたしと…そ、その…踊って……おど…」


「おい、ハル、彼女、お前に用があるみたいだぞ?」


 そこでハルは視線を目の前にいる女性に落とした。その女性と視線が合うと、彼女は仮面をハルにだけ見えるように外した。


「え!?ルナさん!?」


 ルナは恥ずかしそうに小さく何度も頷いていた。








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