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解放祭 上手くは踊れないけれど

ガラスでできたドーム状の建物といっても土台はしっかり石で造られていた。舞踏会の建物の全体の造りは、二階建ての大きな円形の建物に、ガラスのドームを被せたつくりなのだ。

そのため、この舞踏会の会場には二階が存在した。


「ここ、ほんとに見張るには絶好の場所ですね、ルナさん」


二階から一階の舞踏会を眺めるギゼラが同じく隣で下を眺めるルナに言った。


「そうね、怪しい奴がいたら一発でわかる、いい場所ね…」


ルナの見つめる先には、ハルたちがいた。


周囲を照らせる光魔法を使える者を雇っているのか、夜の闇に負けずに会場はとても明るく周りがはっきり見えた。


「ルナさん、やっぱり、ハルさんと踊りたいですか?」


先ほどハルとライキルが踊り終えたところを、羨ましそうに眺めていたルナにギゼラが言った。


「………」


踊りたい欲求はルナの中でふつふつ湧き上がっていた。


「私ではハルさんと身長が釣り合わないから…むり…」


自分の小さな背を先ほどハルと踊っていた相手のライキルと比べての結論だった。


「身長差なんて気にしなくていいんですよ、そんなの踊るときになんの問題もありません、それとも周りからどう見られているかの見栄えを気にしているんですか?それでしたらルナさんは大バカ者です」


「う、うう…」


ルナは俯いて小さく呻く。

見た目は大事じゃないか、相手に恥をかかせるわけにはいかないじゃないか、そんな反論が浮かぶが、ルナも彼と踊りたいがために口を閉ざす。


「行けます、ルナさん踊りは得意でしたよね?」


くよくよしているルナをギゼラは後押しする。


「踊れはするけど…」


心得はあった。闇に染まってもルナの家は名門家。貴族としての教育は叩きこまれていた。そうじゃなくても特殊部隊のインフェルでダンスはあらゆることを想定した訓練の一環で習うことになっていた。特に情報収集で社交界などに潜入するときにダンスは必須となって来る。


「だったら、後はハルさんのところまで行って、踊ってくれませんか?と言えばいいだけです」


「でも、見てよ、あれ、仮面をつけてるからハルさんからしたら一度しか会ってないのに気付くのはおかしいって思われるんじゃない?」


「そこは、ガルナさんを理由にすればいいんですよ」


もし怪しまれたら場合、闘技場で大いに目立っていた彼女を引き合いに出そうということだった。


「あ、そっか、ギゼラ天才だわ…」


「誰でも思いつきます、ルナさんがハルさんで思考が曇ってるだけです」


「ぐぬぅ…」


否定はできなかった。任務でハルを守ることには頭は回るが、彼に好意を寄せて近づこうとすると思考が酷く乱れるのは確かだった。


「それに、例え仮面付けてて気づいても怪しむ人なんてほとんどいません。それは私たちが一応監視しているという後ろめたい気持ちがあるから、そんな発想が生まれるんです。実際あったら気軽にあっちも挨拶してくれますよ、全く、ルナさん騎士としては頼もしいですけど、こういった場面ではだめだめですね」


「だって、ハルさんは私を救ってくれた…」


もじもじ、しだしたルナを遮る様にギゼラは口をだした。


「あ、それは何回も聞いたんでいいです。それより、ほら、ハルさん、ガルナさんと踊り始めましたよ、二人が踊り終わったら声をかけるチャンスです!」


ルナは踊り始めたハルとガルナに視点を移した。




最初から何事も上手くできる者などいない。舞踏会のちょっとした踊りだってそうだ。練習を積まなければ、初歩的な動きも難しい。

踊れないと言ったガルナはそれでもハルと踊りたくて熟練者たちの中で舞う。

人々が音楽に合わせて踊る中で、ハルとガルナは不格好にぎこちなく舞い踊る。

誰が見ても二人の踊りは賞賛されたものではなかった。

ガルナの足は何度もステップを間違えてはハルの足を踏む。

ハルもガルナをリードしきれずに何度も体勢を崩しては二人で転びそうになる。

周りが優雅に踊っている中で、そのような未熟な踊りはさぞ滑稽に人々の目に映るのだろう。




リーナはひとりで寂しくワインを流し込んでいた。


「はあ、みんな踊りに行ってしまった…」


ライキルはニュアと、ハルはガルナと、エウスはキャミルと全員踊りに行ってテーブルに残ったのはリーナひとりになってしまった。

だからといってリーナは別段寂しくはない。このあと、ライキルと踊る約束もしていたからだ。なんだったらハルを無理やり連れだしてライキルの反応を見るのもなど意地悪なことを考えてみるが、嫌われそうなので、本気でその考えは自分の中で却下した。


「みんな楽しそうに踊るねぇ」


案外こうして、みんなが踊っている姿を酒の肴にするのは悪くなかった。むしろずっと眺めていたいほどだった。ライキルとニュアは相変わらず仲良く踊っている、ニュアの距離が近いのが癪に障るがまあよしとした。

エウスとキャミルの踊りは互いの息がぴったり合っており、見ていて気持ちがよかった。


「それにしてもあの二人はすごいなぁ…」


リーナは少し笑って、グラスの中のワインを飲み干す。そして再び空のグラスにワインを注いだ。


三組の踊りを何周か見回していると、一本のワインボトルが空になってしまっていた。


「おや、もうこんなに飲んでしまったか…」


そこでリーナが新しいワインをテーブルから探し出そうとしているときに、踊り終わったライキルとニュアが二人で戻ってきた。


「お疲れ二人ともたのしかったかな?」


二人は笑顔で返事をした。リーナは少し悔しかったが、ライキルが笑顔ならばそれでいいと感じた。


「リーナ、さっそく踊りましょうか?」


ライキルからのお誘いなんとも嬉しかったが、いつの間にか飲み過ぎた酒が少し視界を歪めるまでに達していた。


「ライキル、少し休んだらどうですか?連続で踊って疲れたでしょう?」


「いえ、これくらいで疲れるほどやわじゃありませんよ私」


「そ、そっか…ハハ…」


ライキルがリーナに近づいて顔を覗きこんだ。


「リーナ、少し飲み過ぎましたね、顔が赤いですよ」


バレてしまった。


「つい、みんなが踊ってる姿を見ていたらお酒が進んでしまって…」


「もう、分かりました。落ち着いたら一緒に踊りましょう?」


「も、もちろん!」


リーナは力ずよく頷いて、注がれていたグラスをすぐに置いた。


「ただいま、もどったぜ」


そこにキャミルを連れたエウスも真ん中のダンスホールから戻ってきた。


「あれ、ハルとガルナはまだ戻って来てないのか?」


「ええ、彼らならあそこでまだ踊ってますよ」


リーナの示す方向に、その場にいたみんなの視線が注目した。



そこには優雅に踊る人々の中に、無様に踊っている二人の姿があった。


「二人とも全然息が合ってないし、踊りの基本もあったものじゃありません」


少しでも踊りというものに関わった者なら分かるが、ガルナは素人以前の問題だった。動きも姿勢も何もかもがめちゃくちゃ、その相手であるハルもそんな彼女を導こうともしない。


ただし。


「ただ、あの二人、見ての通り…」


「楽しそう…」


リーナの言葉を遮ってライキルが言った。


「そうなんです、二人とも笑い合ってずっとあんな調子なんです。見てるこっちまで楽しくなっちゃって」


リーナが口にする見解には納得のいくものがあった。

はたから見れば滑稽でバカにされるような踊り、周りと比べたら恥ずかしくなるような踊り、もし自分が同じ場所に立つと考えると、怖いとさえ思ってしまうような場面。

実際に周りの人はハルとガルナの踊りを見て、陰口や指をさして笑っている。それは仕方ない。そのように注目されてしまうほど、逸脱した踊りをしているのは、二人の方なのだから。

ただ、それでも二人は周りの目はお構いなく踊り続ける。

踊る。踊る。よく踊る。回り、飛び跳ね、良く動く。

その間、二人の笑顔は絶えず、子供のように笑い合う。

そこには確かに二人だけの空間が広がっていた。

誰にも邪魔されない、他者を決して寄せ付けない、完成された二人だけの世界がそこにはあった。



みんなが二人を見守る中、ふとエウスはライキルの顔を横目で盗み見た。


彼女は二人の無様だが幸せそうに踊る姿をただ呆然と眺めていた。

その目には確かに羨望の思いが宿っていた。


エウスはホールで踊る二人に向き直る。


『ああ、そういうことか…あれは確かに負けを認めちまうよな…』


エウスはガラスの天井を見上げた。夜空には星が孤独に寂しく、ぼんやりと輝いていた。












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