解放祭 ファーストステップ
ハルたちは舞踏会の開かれているガラスのドーム状の建物の中に入った。
建物の中はとても広いホールとなっていた。ホールの中には大勢の人がおり、お酒や食事、会話に舞踏を楽しんでいた。
ハルたちも壁沿いにある空いているテーブルに集まってひとまずお酒を注いで祝杯を挙げた。
「カンパーイ!」
酒を飲みながら辺りを見渡す。ホールの真ん中では音楽に合わせて多くの男女が一組になって、優雅に揺れて、色とりどりのドレスがこの会場を華やかに飾っていた。
「ライキル、さっそくで悪いんだけど、俺と一緒に踊ってくれませんか?」
お酒を流し込んでいたライキルは手に持っていたグラスを置くと「もちろんいいですよ」と頷いてくれた。
「ああ、ハルさんずるいですよ、ライキルを先に取るなんて!」
「さっき約束したもんねぇ!」
ハルはニュアに向かって悪戯っぽく笑う。
「キイィイイィ!」
ニュアがハルの腕を掴んで揺すり、嫉妬をあらわにする。ハルは嬉しそうに声を出して笑う。
「ニュア、後で一緒に踊ってあげますから大丈夫ですよ」
「むう、仕方ないです…」
優しくライキルがなだめるとニュアもむき出しにしていた闘争心を鎮めた。
「待ってくださいライキル、私とも、私とも後でいいので踊ってください」
リーナも慌てて食らいついてくると、ライキルは笑顔で了承していた。
***
ホールの後方で演奏者たちが奏でる音楽にのせて、ハルとライキルは息を合わせて優雅に踊っていた。
深い青色のドレスを身にまとったライキルの姿は美しかった。
彼女の隣にいると分かる。
周囲に立っている他の男性たちの視線が集まって来るのを感じ取れた。
それはハルが仮面をつけており、その相手が誰なのだろうという興味から視線を送る人もいただろう。
ただ、ほとんどの人は仮面のハルより、青い花のようなライキルに注目していた。
「今日のライキルにみんな見とれてるみたいだ」
「そうですか…どちらかというと仮面をつけてるハルにじゃないですか?」
「ハハ、そうかもしれない、でも他にもベールや仮面をつけてる人はいるみたいだから、やっぱりみんなライキルを見てると思うよ」
ハルとキャミル以外にも顔を隠して参加している者は思いのほかいた。実際に身分が高いか低いかはわかるものではなかった。しかし、よく観察すると、本物らしき人々の周りには騎士服を着た人達が彼らの周りを警護してるのがよく分かった。
「そうですかね…」
他の人に見られても嬉しくはない。恥ずかしいのではなく、ただの悲観だった。
ライキルは、少し俯いて視線を落とした。
「そうだよ、みんな綺麗なライキルに引き込まれてる」
その言葉で少し顔を上げるライキルはハルと目があった。優しい眼差しがライキルに向けて注がれていた。
「ハルにそう言ってもらえると、すごい嬉しいです…」
口調は弱々しくなっていた。
ほんとはもっと元気に積極的に彼と話していたかった。こうして最初に自分を踊りの相手に誘ってもらえて嬉しかった。だけど、この状況を心の底から喜んでもいいのか、最後には結局、他の人を選んでしまうのではないのだろうか?その思いがあると、自然と感情が死んでしまっていた。
「懐かしくない?こうやって二人で踊るの?」
「…そうですね」
ハルは今もよく踊れている、彼は最初踊るのが上手じゃなかった。しかし、それは誰にでも最初があるのと同じでそこはハルも例外ではなかっただけだった。けれど一度覚えた踊りの技術をそう簡単に忘れたりはしない。それは剣技のように体に染みついてるはずであり、そう簡単に忘れられるものじゃない。
「最初はいつもライキルに教えてもらってばっかりだったなぁ…」
「私はハルより少し前に始めてただけですけどね…」
ライキルはそう短く切って、少しハルに寄って身を任せた。
稽古をつけてなどとハルは言っていたが、今は彼がリードしており、彼に合わせて体を揺らしていればよかった。ハルにブランクなど最初からなかった。
『なんで私と最初に踊ったの…?』
ライキルはハルの顔を見つめるが、返って来るのは仮面の下の優しい笑顔だけだった。
それから、少しずつ二人はたわいもない会話をしながら、優雅に踊った。
曲が変わり穏やかな音色が流れると、全体の踊りの勢いも緩やかになった。
ライキルはハルに少しもたれかかるようにゆっくり揺れた。その間、このどうしようもない暗い感情とともに少し考えを巡らせた。
ハルとこうして一緒に踊り、何気ないことを話す、平和な日常が繰り返し続いている。そんな今が幸せで貴重な時間だということはわかっていた。
ただずっとは続かない。
ライキルは思い出す。
霧の森で見た巨大な化け物のことを、見ただけで全身が恐怖で動かなくなり、死にたくなるような恐ろしい化け物のことを…。
この解放祭という祭りが感覚を麻痺させているが、ハルの戦いはまだ終わってはいない。祭りが終ればハルは再び同じような化け物と対峙するだろう。
そう思うと、今この時を楽しまなければいけないし、彼にも余計な負担をかけたくはなかった。
だから、思いも伝えられない。伝えてはいけない。そんな気がした…。
『ハルの邪魔はしたくないなぁ……あれ、私、なんでこんなに悲しいんだろう…』
目を閉じてこの時間を味わう。終わって欲しくないこの時間を。誰にも譲りたくないこの時間を。
「ライキル…?大丈夫?」
ハルの呼びかけとともに目を開ける。
「ああ、大丈夫です、ごめんなさい」
いつの間にか自分の足が止まっていることにライキルは気づいた。
「戻って休もうか?」
「あ、はい…じゃあ、そうさせてもらいます」
全く疲れてないし終わらせたくはなかったが、終わらせた。その方がいいと思った。
二人は緩やかに踊る人々の間を縫って抜け出し、みんなのもとに戻った。