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解放祭 夢の中では幸せに

「あなた…誰?」


「私の名前はアザリア、といっても君は覚えていられないだろうけどね…」


 白い髪で褐色の女性は自らをアザリアと名乗った。ライキルは見たことも聞いたこともない女性だった。


「ここはどこなんですか?そしてあなたは何者なんですか?」


 足が動かないライキルは四つん這いのまま質問を投げかけた。


「ここは夢の中だよ、そして、なんと私は世界一あの男に愛されている女さ!」


 ライキルがアザリアの指をさす方向を向くとそこにはハルがいた。離れたと思ったハルとガルナはいつの間にかまた元の最初の距離にまで戻っていた。


「…ハルにですか?」


「おうよ!あいつは私に首ったけなんだぜ!」


 アザリアがウインクをするが絶望的に下手くそだった。


「あ、ありえません、そもそも、あなたハルと面識が無いでしょ?」


「あるよ、私、ハルと同棲してたから」


「………」


 突然現れた見知らぬ女性が何を言っているのかライキルには理解できなかった。


「いえ、それはあり得ません、私、ずっとハルと一緒にいましたもん、片時も離れたことありませんもん人生の中で…」


 それは事実だった。ライキルは、ハルが十歳だったころ、自分がいた道場に現れた時から現在までずっと一緒にいた。


『あれ…でも…』


 ただ、そうなるとライキルはハルが道場に来る前のことを当然知らないことになるが、ハルから道場に来る前のことはもちろん教えてもらっていた。


 しかし。


『ハル、十歳から前の記憶が無いから…もしかして、幼少期のハルを知ってる人なのかな?』


 思い当たる点といったらそこしかない、すると同棲していたことにも納得がいく。


「もしかして、幼いころハルと一緒にいた方ですか?」


 家族というには顔は全く似ていなかった。そのため、ハルと遠い縁者の人と考えるのが妥当だった。


「いや、幼いころハルとは会ってないな、ハルと会ったのは彼がだいたい十九歳のときかな?そんぐらいのときに運命の出会いをした気がするなぁ」


「え!?それはあり得ません、だったら私もあなたに絶対一度は会ってるはずです」


 三年前といったらハル、エウス、ライキルの三人で王都の館で生活していたときと被っていた。そうなると、このアザリアのいった同棲は嘘ということになる。


「……あなたほんとに一体何者なんですか?」


「ねえ、それよりさ、ライキルもハルのこと好きなんでしょ?」


「むえ!?」


 唐突な問いにライキルは顔を赤らめる。


「分かるぜぇ…君の気持ち、ハルはいい男だもんな、ちょっと抜けてるところあるけど」


 アザリアがしゃがんで四つん這いになっているライキルの顔を覗きこんできた。


「うん、君、やっぱり綺麗だね、悔しいけど私よりはるかに整った顔してるよ」


「………」


「おお、照れてる顔も可愛いなぁ」


「照れてないです、というかなんですか急にそんなこと言って………!?」


 そこでアザリアはライキルの金髪の頭をそっと優しく撫でた。


「な、なんですか…?」


「君はもっと自信をもっていい、誰かより劣ってるなんて勝手に決めつけちゃダメだ」


 その言葉に自分のすべてを見透かされたような気がした。彼女のピンク色の変わった瞳がライキルの目に焼き付く。

 そして、優しく触れられるとなぜかハルに撫でられているような錯覚に陥った。

 撫でてくれている彼女は微笑んでいた。そこでもやっぱり彼女はハルを連想させた。ハルとどこか似ているアザリアは続けた。


「いいかい自分の可能性を自分で狭めてはいけない、私は最後まであきらめなかったから、またハルに会えた。だからライキル、君も恐れないでぶつかって飛び込めばいい、大丈夫、あいつはアホだけど見捨てたりはしないから」


 先ほどまで全く動かなかった足に力が入る。ライキルは四つん這いから姿勢を起こし立ち上がった。

 そこでアザリアも「よいっしょ」と言って立ち上がる。


「生きてるうちはさ、なんでもできるんだ。失敗してもいい、自分の一番望むことをやってみて、不安でもいい、自分の可能性を信じてあげて」


「………」


 アザリアと目が合う、先ほどは綺麗などと持ち上げられたが、そんなライキルが卑下してしまうほど今目の前にいるアザリアは美しかった。ただ、外見が整っているのではなく、内面の美しさが外側にまでしみだして輝いているような内なるもの輝き。

 純真で穢れの無い、燦然と輝く彼女の魂がそうさせているのか、ライキルの目は彼女に釘付けだった。と同時にそんな彼女はライキルにとって眩しすぎた。


 ゴオオオ!


 そして、時が来たかのように、アザリアとライキルの後ろから風が吹いた。


「あ、見て見て、霧が晴れたよ、ほらあそこにちゃんと君がいる」


 ライキルがアザリアから視線を外して、ハルとガルナの方を見た。


「!?」


 ハルの左隣の霧が晴れるとそこには自分自身の後姿があった。

 ライキル、ハル、ガルナが楽しそうに笑い合っていた。


「ねえ、どういうこと?」


 視線をアザリアのいた場所に戻すと彼女の姿はどこにもなかった。代わりに隣にはいつの間にかハルが立っていた。


「どうしたの、ライキル、何かあった?」


 ハルが優しく語りかけてきた。


「え、いや、その…」


『どこに行っちゃったんだろう…アザリアも一緒に……』


 ライキルは後ろを振り向くがそこには誰もおらず、明るくて真っ白な何もない空間が広がっているだけだった。

 ライキルは手を取られた。握ってくれているのはもちろんハルだった。


「さあ、一緒に行こう?」


「あ、はい…」


 三人はハルを真ん中に離れないように手を繋ぎ、その広い空間をまっすぐ歩いていく、途中で深い霧の中に入ったが、お互いに手を握っていたため、はぐれることは無かった。


『ハルの手、あったかい…』


 深い底に落ちていた、ライキルの心を救い取り、温めてくれるような、大きな手。そんな包容力のある彼の手をぎゅっと握る。どうかこのまま離れませんようにと祈りを込めて。


 霧を抜けると、白い大きな扉が現れた。三人が扉の前で止まると、その扉は勝手に開いた。中は光に包まれており、何も見えなかった。

 三人はその扉の中に何の抵抗もなく進んでいった。三人が扉の中に姿を消すとゆっくりと扉は閉じっていった。



 アザリアは三人が扉に入ったのを確認するとひとつ優しい微笑を浮かべた。


「あっちでは何も変わってないけど、せめて夢の中だけでは笑ってなきゃ、前を向けないよ…」


 扉に背を向けたアザリアは霧の中に姿を消していった。




 *** *** ***




 ライキルが目を覚ますと自分の泊まるブルーブレスの自室の中だった。

 目をこすりながらベットを下りて窓から外を眺める。太陽がすでに空の真上に昇り燦々と輝いており、現在が真昼だと教えてくれていた。


「お昼…ずっと寝てた…?」


 そこでライキルは昨夜の会食で酔いつぶれたことを思い出した。

 酒が回ったことで要所要所、会食のときの出来事を覚えていない部分があったが、確かに昨日はみんなで飲み食いを楽しんでいたことを断片的に思い出していく。


「二日酔いかな…頭が重い…」


 ライキルは頭を手で押さえながら、とりあえず、外に出れる様に身支度を整えることにした。

 着替えや髪をとかしている間に、何か忘れていることにライキルは気が付く。


「あれ、私、何か忘れてるような…」


 姿見の前に椅子を置いて座り、金色の美しい髪にくしを入れているときだった。

 ライキルは姿見に映った自分自身の姿を見る。ずっと見てきた自分の外見。金色の髪に、透き通った肌、黄色の瞳、鍛えられた体。みんなはよく自分のこの外見を褒めてくれる。それはもちろん自分を毎日磨いているライキルにとっても、その努力が報われるのは嬉しかった。

 ただ、それでもライキルはこの姿見に映る自分を見た時に何か足りないと感じてしまった。


「醜い…」


 外見の美しさとは反対に自分の欲にまみれた内面を見てライキルは吐き捨てた。

 ライキルはしばらく動きを止めてその醜い自分と向き合っていた。


「なんで私ってこんなに…」


 トントン!


 暗い感情が背後に忍び寄ったとき、ライキルの部屋の扉にノックの音が鳴り響いた。


「…………」


 トントントントン!


 ライキルに忍び寄っていた暗い感情はノックの音がするたびに霧散していった。


「はい、今開けます」


 身支度の途中だったが、椅子から立ち上がって、部屋の扉を開けた。


「やっほー、ライキル、おはよう!」


 扉の前に立っていたのはキャミルだった。


「おはようございます、キャミル、って言ってももうお昼ですが…」


「そうだよ、だから起こしに来たんだけど、起きててよかった」


 キャミルは私服ではなく、美しい装飾がされたドレスを身につけており、服装に気合が入っていた。

 そこでライキルも今日がどういう日か思い出した。


「今日って、みんなで舞踏会に行くって予定でしたよね?」


「そうだよ、昼にお祭りをぶらぶらして、夜に舞踏会に行ってみんなで踊る!」


 その場でくるくる回りながら話し、ライキルの前でピタッと止まったキャミルは満面の笑みで続けた。


「楽しみだね、ライキル!」


 そのキャミルの笑顔を見ると自然と心が浄化されていく気がした。

 自分の見え隠れする醜悪な感情は誰かといる時、確かに紛れているのを感じた。


「はい、そうですね!」


 ライキルも笑顔をでキャミルに応えた。



 それからキャミルと別れたライキルは身支度を整えるために再び自室に戻った。


『そうだ、さっきまで夢見てたんだ……あれ、でもどんな夢だっけ……』


 先ほどまで自分が眠っていたベットをライキルは見つめた。


「忘れちゃった…」


 ベットにはただ温かい日差しが差し込んでいた。







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