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解放祭 あなたは誰?

 ここはどこなのだろう、意識はあるが身体は動かせず、ただ目の前に映る光景を眺めることしかできなかった。


「どこだろうここ…」


 周囲には何もないただ明るく途方もなく広い場所にライキル・ストライクは立っていた。

 どこかで誰かの話し声がした。


「誰、誰かいるの?」


 声のする場所に勝手に自分の身体が動きだした。そのことに特に問題はなかった。なぜならライキルの意思もその声のする方向に行きたいと望んでいたからだ。

 その誰かの話し声はライキルにとって心地よく、ずっとそばで聞いていたい声音だった。


「ハル?そこにいるの?」


 声のする方に勝手に目に映る景色が進んで行くと、周囲に霧が立ち込めた場所が現れる。ライキルの身体は臆することなくその霧の中を進んでいく。

 しばらく歩いていると、霧は晴れて、少し離れた場所に、声の主が姿を現した。

 くすんだ青い髪に、綺麗な青い瞳、すらっとした高い背に、優しい笑顔を浮かべて立っている男性がいた。


「ハル!!」


 そこにいたのはライキルがよく知る、ハル・シアード・レイという男だった。

 彼は誰かと話しているようだったが、相手の姿は濃い霧で隠れておりよく見えなかった。


「ハル!私です、ライキルです、誰と話しているんですか?」


 ライキルの声がハルには聞こえていないのか、はたまた自分の声が実際には出ていないのか、分からなかったが、彼に気づいてもらうためにライキルはもう一度呼びかけた。


「ハル!私もそっちに…」


 その時、ハルの右隣の霧が晴れ、彼と話している人物の姿があらわになった。


「ガルナ…?」


 ハルと話しているのはガルナ・ブルヘルという女性だった。もちろん、ライキルは彼女のことを知っている。ライキルの友人で、戦闘が大好きで、レイド王国エリザ騎士団の副団長。

 基本的に戦うことしか頭にない好戦的な女性だ。

 ライキルにとっては戦闘の面では頼れる年上のお姉さんの様であり、生活の面では年下の妹の様に手間のかかる愛らしい不思議な女性だった。話せば明るく常に親し気に接してくれて、稽古を頼めば進んで手ほどきをしてくれた。

 そんなガルナのことがライキルも大好きだった。

 ただ、ひとつだけ、ライキルが悩ましく思う点があるとすれば、ガルナもハルに好意を寄せていることだった。

 人が誰を愛するかは自由。相手に愛されるかどうかはまた別の話しだが、誰かを愛する権利は誰にだってある。そんなことはライキルも口に出すまでもなく理解しているた。

 ライキルの眼前では、ハルとガルナが仲睦まじく話していた。

 二人のもとまでライキルも走り出そうとして、自分の意思で身体を動かそうとした。


「!?」


 するとずっと動かせなかった身体がライキルの意思もとで自由に動かせるようになっていた。


「身体が動く…」


 目指す場所は当然、ハルとガルナ、二人のいる場所だったが…。


「………」


 駆け出そうとした足が止まった。走れば数秒で二人のもとにたどり着ける。そんな短い距離だった。

 足を止めると頭は自然と俯いた。


「邪魔かな…私……」


 今は二人の邪魔をしてはいけない、ハルとガルナが作り出す二人だけの近寄りがたい見えない何かが、ライキルの足を鈍らせ、彼女自身の優しさという人間の美徳であるものが、彼女の足を完全に静止させた。

 その優しさは、ガルナとハルに、二人だけの幸せで濃密な時間を与える。そうすればハルは間違いなくその幸福に夢中になるだろう。

 ライキルはそれをよしとするか?否それはあり得なかった。だが、どうすることもできないのまた事実だった。

 奪われるという感覚がライキルの心を闇に落とす。それは思い込みなのに、ライキルはハルを手にしたことなどないのに…。

 正面から思いを伝えたことは無い。それでも長く一緒にいると勝手に信じてしまう。彼は私のものなのだと、ずっと付き合いが長い私が彼の一番の理解者なのだと、周りの人間は何も彼のことを分かっていないのだと…。


『ハルは私のもの…私だけのもの…』


 人間の誰しもが持つ毒気にさらされ、心が腐っていくのをライキルは自覚していく。しかし、それでも欲しかった。彼からの愛を自分だけが一身に浴びたかった。


『あの時のことは綺麗ごとだった。私はあの時だけ自分を納得させることができた。でもただの時間稼ぎだった。今の私は耐えられない…私はガルナみたいに綺麗じゃない…』


 霧の森で魅せられたガルナの純粋な心の在り方に、感化されたライキルは、ハルのことを好きでさえいれば、愛してさえいれば、いいと考えていた。ただし、その考えには『ハルが必ず私を選ぶから何も問題ない』という絶対的な自信の下地があっての考えだった。

 だから、いざハルとガルナが親密な関係になると不安な気持ちが込み上げてきていた。

 その不安な気持ちは自分を知らず知らずのうちに醜くしていく。


「私、最低だな……」


 俯いた顔を少しあげて呟く。二人が楽しそうに会話する光景を眺めることしかできないライキルは飲まれていく、彼女の心が深い闇に飲まれていく。

 すると、ライキルの視点から二人が遠ざかっていく感覚に襲われた。どちらも一歩も動いていない、ただ、感覚としては、ライキルと二人の間の空間が無限に膨張して、自分だけを切り離そうとしていた。


「いやだ…待って…おいてかないで…」


 走り出そうとしたが何故か今になって足が動かなくなっていた。ライキルは体勢を崩し膝をついてしまった。


「待って!!」


 悲痛な叫び声をあげたときだった。


「あ!もしかして、君、ライキルだね!?」


「え!?」


 ふと聞きなれぬ女性の声がしてライキルは後ろを振り向いた。


 そこには、肩にかかる程度の白い髪をなびかせた、褐色の肌の女性が立っていた。

 今まで見たことの無いピンク色の双眸をこちらに向けていた。











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