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解放祭 暗殺者

 レイド王国とアスラ帝国が共同で開いた祭事である解放祭。広大なリーベ平野に突如として現れた、美しい石造りの街並みの会場。

 祭りの中の建物のほとんどが宿舎であり、各国から訪れる観光客を一斉に受け入れていた。

 その中の一棟にクレマン・ダルメートが、椅子に腰かけて、朝食を取っていた。彼が口にしているのは、祭りの出店で出回っている流行のパンだった。

 カーテンを閉め切った部屋では朝の光も遮られ、部屋全体に薄暗さが蔓延していた。

 しかし、そんな生活を数日間続けているクレマンにとっては薄暗い部屋も日常と化していた。むしろクレマンからしても明るい場所よりは、何かと暗い場所の方が好ましかった。

 それは彼が暗殺者であり、暗夜に活動することが多いからなのだろうか?理由は色々あるが、クレマンは自分が祭りなどという賑やかで明るい場所にいるのは場違いだとは感じていた。


「やっぱり上手いなこのパン…」


 場違いだろうとクレマンは口に頬張るパンの味には感心していた。


「全くよ、私にお使い頼むなんてお前は贅沢な奴だよ、私を何だと思ってるんだ?」


 テーブルを挟んだ向こう側でクレマンを睨みつけるのは、同じ暗殺組織イルシーに所属するティセア・マルガレーテだった。

 濃い茶色の長髪に、まるで常に虚無を見つめているような真っ黒な瞳が、クレマンを捉えていた。

 普段はどこか人形ぽっさを感じさせる無表情で整った顔つきをしているが、一度話してみると彼女の人柄は粗暴で横柄で、無口な人形からは、かけ離れていた。黙っていた方が彼女は得をするクレマンのティセアに対する印象はそのようなものだった。そのことを告げたら怒り狂うことは目に見えているため口が裂けても言わないが…。


「何って俺の手伝いをしてくれるんじゃなかったのか?」


「ああ、そう言ったけどよ、まさかお買い物だとは思ってもなかったんだよ、クソが」


 ティセアもテーブル上に上がっている自分で買って来たパンを掴んでかぶりついた。


「感謝してるよ、ティセアにはこの任務に力を貸してくれたのもそうだし…」


「感謝より、お前、約束は守れよ?」


 パンをかじりながら彼女はクレマンの感謝の言葉を遮り、睥睨しながら言った。


「もちろん、ティセアが八割で俺が二割ちゃんと約束は守るよ」


「けっ、それならいいんだよ」


 成功報酬の分配の話だった。

 クレマンはイルシーから今回のハル・シアード・レイの暗殺を受けた唯一ただひとりの男だった。それもそのはず、誰もが四大神獣討伐した化け物の暗殺など請け負うはずがない。

 イルシーの暗殺者たちはプロではなかった。組織のための忠誠があるわけでもない。彼らは自分の欲望を満たすため、金のためなど、様々な理由でイルシーと契約をしていた。

 クレマンも大金欲しさに今回の暗殺の依頼を受けていた。先ほど二割などと言ったが成功すれば二割でも一生稼がなくても暮らしていけるほどの報酬だった。

 そして、クレマンがなぜティセアに八割も分け前を与えるのかと言うと、それは不必要だったからだ。大金は欲しいが、人生を何回も遊んで暮らせるほどの多すぎる大金はクレマンには必要なかった。彼は身動きが取りやすいほどのお金さえあればよかった。莫大な報酬をもらいすぎるとイルシーという組織に深く根を下ろさなければいけなかったからだ…。


 ガチャ


「おや、お姫様のお目覚めだぞ、クレマン」


 ティセアの呼びかけで、クレマンは寝室の扉の方を見た。

 寝室から出てきたのは十歳くらいの少女だった。


「おはようジュキよく眠れたかな…?」


「はい、クレマン」


 ジュキと言われた少女はまっすぐクレマンの隣の席に座るとおとなしくしていた。黒髪で深緑色の瞳の彼女は愛らしい顔立ちをしていた。しかし、同じ十歳の同年代の子供たちと比べたら、おとなしすぎるというよりは、漂う雰囲気は大人びたものだった。


「このパン食べていいよ、ティセアが買って来てくれたんだ」


「ありがとう、ティセア」


 ジュキに見つめられたティセアは彼女から視線を外して悪態をついた。


「ガキは嫌いなんだよ、吐き気がするぜ」


「ジュキ。ティセアみたいな人間になっちゃダメだよ、彼女はかなり悪い例だ。いや最悪な例だ」


 パンを小さな口で食べるジュキにクレマンは優しく語りかけた。


「おーい、クレマン、お前、死にたいらしいなぁ?」


 暗殺組織イルシーに所属している人間にまともな人間はいない。

 そもそも、イルシーは突如現れた裏社会の組織であった。結成理由は裏社会の凝り固まった既得権益を所持している組織の破壊と略奪を信条に掲げていた。

 そのため、イルシーは裏社会では、多く者から恨みを買う反面、利用しようとする組織によって保護されるなど、混沌を極めた組織といえた。

 そんな危険で泥船のような潰される寸前の組織の人間にまともな人間がいるはずがなかった。ティセアがそのいい例と言えた。

 クレマンの目の前にいる彼女は言ってしまえば快楽殺人者であり、お尋ねものだった。彼女がイルシーに入った理由は金が入るからであり、暗殺や殺害という依頼をこなしながら金銭がもらえるイルシーと彼女の相性は良かった。

 イルシーにはそのように危険人物で溢れかえっており、まともな人間はほぼいなかった。

 しかし、そんな異常者を大勢束ねているため、悪目立ちもするが、組織が大きくなるのも他の裏社会のどの組織よりも早かったといえた。

 そんな異常な組織の中でクレマンは足掻きもがいていた。すべてはこの目の前のジュキという女の子のために…。


「それより、ティセア、外の様子はどうだった?」


「あん!?ああ、いつもとかわらねぇよ、ちゃんと監視されてたよ」


「そうか、良かった…」


「それより、あっちの方はもう大丈夫なのか?表彰式は明後日だぞ?」


 ティセアは部屋の隅にある、全長四メートルほどの大きな筒状の物に目をやった。クレマンが言うには【大型魔導狙撃銃】という代物らしくティセアは全く意味が不明なものだったが、彼が言うにはこれでハル・シアード・レイを暗殺する計画であった。


「問題ないよ、魔力の装填も終わってる。後は明後日まで待つだけだ」


 埃避けの布が覆いかぶさっている狙撃銃を眺める。すべては目の前にあるその狙撃銃にかかっていた。そして、もうひとつこの暗殺を成功させるのに欠かせない存在のジュキに声をかける。


「あ、それと、ジュキ、その…明後日はよろしくな…」


「はい、クレマン」


 表情の変化の乏しいジュキだったが、彼女からは確かに信頼の眼差しを受けていた。


「悪いなジュキお前を巻き込んじまって…」


「いえ、クレマン」


 クレマンは行儀よくパンを食べるジュキの頭を軽く撫でると、彼女はクレマンの顔を見上げた。彼女の表情は撫でられても無表情のまま変わらなかったが、嫌というわけではないらしく、彼女の目元からは喜悦の色が浮かんでいた。


「気持ちわる、善人かよ…」


 クレマンを睨んでティセアは吐き捨てるように言っていた。


「ハハ、そうかもね…でも、ティセアも当日は気を付けてくれよ、監視してる奴ら普通の騎士じゃないから。きっと国の特殊部隊だと思うから手強いよ」


 ティセアの罵倒をクレマンは否定はせずに素直に受け入れ微笑ながら、彼女にも優しく助言した。


「うっせえな、分かってるよ…」


 挑発に乗らないクレマンのまっすぐな瞳に、ティセアは調子悪そうに目を伏せた。

 朝食を食べ終わると、ティセアは立ち上がって、部屋の扉に向かった。


「おい、私は自分の部屋に戻るからな、買い出しは夕方でいいよな?」


「うん、それでいいよ、ありがとう」


「ちっ」


 ティセアは舌打ちをすると扉を開けて部屋を出て行った。

 クレマンも立ち上がってジュキの頭を軽く一回なでると、部屋の隅にある狙撃銃の前に座って点検を始めた。

 ジュキもパンを食べ終わるとクレマンの隣に行き、彼の作業を熱心に眺めていた。


『こんな人殺しの道具もうジュキには見せたくないんだけどな…』


 それでも熱中している彼女の姿を見ると止める気にクレマンはなれなかった。

 二人は退屈な時間を一緒に過ごしていく、それは数日前から続けていることだった。そんな退屈な時間が過ぎていくごとに、確実に暗殺の実行日は近づいていた。


 ハル・シアード・レイを暗殺する表彰式は二日後に迫っていた。













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