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解放祭 残り香

「ルナさん、会えてよかった」


 ハル・シアードはそう言ってルナのもとを去っていった。

 五年前突如現れた愛しの運命の人。やっと彼の世界の中に自分の存在を刻むことができたと思うとルナは歓喜のあまり泣きそうになったが、もちろん涙は流さない。歓喜の声も上げない。それはまだ彼女たちの任務は何も終わっていないからだった。

 情報には無いギル・オーソンという男とジェレドという男。二人の正体を確かめるまでは喜ぶ暇もなかった。

 ルナは隣にいるギゼラに指示を出す。


「ギゼラは、ハルさんたちの後を追って、もし、ハルさんたちが宿に戻るならあなたもレッドブレスに戻ってあの二人のことを調べて。私はあの二人を追う、明日の朝までに私が宿に戻らなかったら、あの二人の追跡はサム中心に進めさせて」


 小さく頷いたギゼラはハルたちを見失わないようにすぐに行動を開始した。


「ルナさん、無理は禁物ですよ…」


 去り際にギゼラはルナに声をかけた。


「ええ、もちろん、無理はしない、大丈夫よ」


 アリーナの南口に駆け出したギゼラを見届けたルナは視線をリングに移した。

 リングの上では、ギル・オーソンと白魔導士の女性が横たわるジェレドのそばで会話をしている最中だった。




「彼はまだ治癒したばかりなので目覚めないと思います。すぐに休憩室に運ぶので待っていてください係りの者がすぐに来ますから」


 白魔導士の女性はリングに寝そべっているジェレドに膝枕をして看病していた。どう見ても白魔導士の女性はジェレドに惚れ込んでいると見た。でなければ膝枕などする必要はないからだ。

 ギルは、寝ている間にも女を落とすジェレドの色男っぷりに呆れながらも、そばに寄って寝ている彼の腕を引っ張って強引にジェレドの上体を起こした。


「ああ、まだ動かしちゃダメですよ」


 白魔導士の女性が名残惜しそうな顔をしてギルに言うが、彼は構わずジェレドに声をかける。

 そもそも白魔法で回復された時点ですべての傷は塞がっており、寝ているだけであった。白魔法で眠ってしまうのは、身体が白魔法の回復の負荷に耐えられなくなって起こるものであった。

 そのため、身体が白魔法にも耐えられる程度のケガであるのならば。


「おい、起きてんだろ、ジェレド、もう行くぞ」


 片目を開けたジェレドがギルを見上げて立ち上がった。


「邪魔しないでくださいよ、師匠、せっかく美人さんの膝の上でいい夢が見れると思ったのに…」


「全く、あ、すみません白魔導士さん、こいつ、この通り元気なんでもう行きますね?」


 白魔導士の女性は驚いた様子で二人を見上げていた。白魔法は確かに彼を癒し、その副作用である睡眠は彼を眠りに誘った。常人なら数時間は起き上がって来れないほどのケガを彼は受けていた。それなのにも関わらず彼は平然と立ち上がっていた。


「ええ、お気をつけて…」


 リングを下りて、アリーナの西口に向かう彼らをただ呆然と見つめていた。


「獣人族の方ってすごいのね…」


 白魔導士の女性はひとり、リングの上で呟いていた。




 アリーナの西口から闘技場エリアに出たギルとジェレドは、遠くの空が薄暗くなっていることに気づいた。


「そろそろ日が暮れそうですね、この後の予定はどうするんですか?」


「ん、ああ、宿に戻るだけだ」


「じゃあ、俺、自分の部屋に女の子連れ込んでいいですか?」


 ニッコリと笑い許可を願い出たジェレドに、ギルは即答する。


「この任務の間だけはやめろっていっただろ」


「やっぱりですか?」


「念のためだ、一般人を巻き込むわけにはいかない」


 それから二人はしばらく黙って歩き、闘技場エリアの西側の出口から、祭りの三等エリアの街にでた。

 三等エリアの街の人通りはまだまだ十分にあり、賑わいを見せていた。すれ違う人々の間をすり抜けて二人は歩いて行く。


「そう言えば、ハルと話してみてどうでしたか?彼という人間を見極めることできましたか?」


 騒がしい人通りの中、ジェレドが尋ねてきた。


「流石に無理だったが、ただ一つわかったことがあった」


「なんですか?」


「ハルさんはやばいってことだ…」


 普通の好青年。ギルが最初にハルに抱いた印象はその程度のものだった。

 本当に彼が元剣聖で四大神獣白虎の討伐者なんだろうかと疑うほどだったが、ギルが彼の恐ろしさを知ったのはガルナが一方的にリングの上でやられ始めた時だった。

 一瞬の殺気。死の予感。恐怖の根源。

 ギルが、感じとったものは、どろっとした重く黒い得体の知れない気だった。

 それはほんとに刹那の出来事で、感じ取れたのは自分だけだと、ギルは確信した。というよりも自分だけに向けられたものだとギルは感じていた。

 その気を発したのは紛れもなく隣にいたハルだった。完全に本人は無自覚で発したものだったのだろうが、受け取ったギルはその時、全身から嫌な汗が止まらなかった。そこからハルという人間に完全に屈してしまった瞬間だった。


「彼だけは敵に回しちゃダメだって思ったよ…」


「そっか、師匠がそういうなら、俺もガルナに手を出すのはやめるかぁ…」


 不満があるような口調だったが、ジェレドはギルの忠告に耳を貸していた。


「そうだ、そのことで言いたいことがあったんだ。お前絶対彼の周りの人に手を出すなよ、命がないのは確実だぞ」


「俺、結構本気でガルナのこと好きになってたんだけどなぁ…」


 ギルの焦った表情を見てジェレドも少しだけ自分の状況を理解したのか退屈そうな顔した。


「お前の周りにはもうたくさん女がいるだろ?」


「あいつらはすぐに壊れるんですよ、でもガルナは彼女は違ったんです。あんなに頑丈ならそう簡単には壊れないからコレクションに加えたかったんですけどね…」


「お前はやっぱりろくな死に方しないよ」


 ギルはしっかり軽蔑して吐き捨てた。


「え、でも、師匠も人のこと言えないですよね?」


「俺は事実を言ったまでだ。それに俺も自分が安らかに死ねるとは思ってねぇよ」


 ジェレドは彼の発言に、にやりと笑っていた。それはお前も俺と同類で変わりはしないんだぞという、ところからくるものなのだろう。実際にギル自身も自覚はしていた。ジェレド以上に凄惨なことをしてきたことを、ただ、それでも、ギルには自分に大義があると信じていた。自分の進む道はいつか多くの人々の力になるとそう信じていた。正義という固い信念を持ってギルは行動していた。

 だから堕落はせず、受ける仕事も選んだ。ただの破壊や虐殺ではなく、弱い人々の助けになるような仕事をギルはずっと選んで来た。たとえ手段が非道でも、ギルは自分が弱き人々を裏から守っていると自負していた。


 ギルは今回の任務であるイルシーの暗殺者の暗殺も、人々のためになると思い、組織からの依頼を受けていた。


 四大神獣の暴走。組織の幹部たちの口癖はいつもこれだった。近いうちに四大神獣は縄張りを広げるために動き出すと、最初はギルもそんなこと信じては無かったが、神獣によるレイドの襲撃などの事件を耳にするたびに信憑性は増していった。

 さらにギルの関わっている組織の息は各国の至るところにかかっているため、情報収集能力においては他の組織よりもはるか高みにいた。だからこそ情報規制が得意なのもその組織の強みであり、情報の速さと正確性は信頼ができた。

 四大神獣の一角でも暴走すれば、多くの国に甚大な被害が出ることは目に見えていた。ギルはその悲劇を何としても止めたかったが、自分の力だけではどうすることもできなかった。

 しかし、そこで現れたのがハル・シアード・レイという男だった。神獣の群れの襲撃を退けた歴代最強の剣聖。レイドの英雄。四大神獣白虎の討伐者。

 ギルは彼がどんな人物なのか直接その目で見ておきたかった。

 結果は、ハルに怯えてしまった自分によって、彼の本心どころか、ろくに相手の話を聞くことはできなかったが、あの異常さがあれば、必ず他の四大神獣も討伐してくれるとギルは信じるだけの圧をハルは感じさせてくれた。


『彼を守る価値は十分にある。それどころか、組織の奴らは彼に目を付けられないように努力するべきだし、存分に彼を利用すべきだ…』


 ハルと接触してギルはそう思った。ハルが大陸にいる以上、組織が大きく動くのはリスクしかないと思った。そうするとギルの今日の彼との接触も危険と言えば危険だったのだが…。


『ドミナス…』


 自分の所属している組織の名前をギルは心の中で呟く。ギルが長年関わってきた組織だが、彼もまたドミナスのことは何も知らないに等しかった。ドミナスは得意の情報操作で自分たちの組織を隠すことに特化していた。そのため、組織が立てた作戦の実行者であるギル自身も知らされていないことが多い。外で活動する以上、当然の配慮とも言えた。ギルからしても自分の成し遂げたいことをできる環境だったので特に不満もなかった。


「師匠そう言えばハルの近くにターゲットや怪しい奴はいましたか?」


「いや、いなかった」


「やっぱり、狙ってくるなら表彰式ですかね?」


「そうだろうな、表彰式の会場に俺たち以外の印があった。あれを使える奴はかなり限られてる。そして管理されてるからな、噂のイルシーに逃げ込んだ脱走者の仕業だろうな。それ以外ありえない、天然で使える奴なんてそういないからな…」


「そうなると厄介ですね」


「いや、逆だろ?むしろありがたい、簡単にターゲットに手が届く、今日ハルさんが殺されなかったんだ。俺の予想が確信に変わったようなもんだ。だから、後は待つだけ、そうだろ?」


「まあ、そうなんですけど、そう上手くいきますかね?」


「人は力に頼りがちだ。それも強力な力となるとそれを切り札にしたがる。そう言う奴ほど動きは読みやすいんだよ」


 自信満々にギルは言った。今日ハルが殺されなかったことを彼は心の中で神に感謝していた。



 ギルとジェレドは、三等エリアの大通りから比較的人通りの少ない脇道に入って行った。少ないと言ってもまだまだ人はおり、人気のない道というには家族連れやカップルが何グループか歩いていた。小国の治安の悪い脇道とはほど遠い場所だった。


「師匠やっぱり今日俺の部屋に女の子呼んじゃダメですか?」


「ダメだって言ってんだろ?全部終わってからにしろよ」


 ギルは繰り返し否定した。


「待ってる時間暇なんですよ…」


「確かにそうだが、ダメなものはダメだ…」


 ジェレドの女癖の悪さには勘弁して欲しいものだったが、彼が優秀であるためそばに置いていた。


「じゃあ、俺たちの後ろをついて来てる奴、殺してもいいですか?」


 突然物騒なことを流れるようにジェレドは、ギルだけ聞こえる声量で言った。


「ダメだ、後ろの奴はきっと無関係だ」


 ギルも先ほどから誰かの嫌な視線には気づいていた。それも相当手慣れた技量の高い人間だということも、それでも、殺すことはしたくなかった。ギルにとって今回暗殺するのはターゲットだけだった。


「でも、俺たちの顔見られたかもしれませんよ?」


「生きてれば顔ぐらい見られるだろ、あほか」


 金色の毛並みに身を包んでいる隣の獣人をギルは一瞥する。


「えぇ、師匠ってよく裏社会でやって来れましたね…」


 ジェレドは不安そうにしていたが、逆に闇の中にずっといた貫禄がギルを堂々とさせていた。


「まあ、俺も組織と関わって長いからな。それより、正体がばれても条件はそろってんだ任務は遂行できるだろ?印の場所は分かってるし、今日ハルさんが殺されなかったわけだし、おお、なんか今日はいいことだらけだな」


「師匠って結構楽観的ですよね…」


「ジェレドお前は慎重すぎる、重要なことは任務の遂行だ。自分の身ばかりを気にしてたら、この世界ではそれこそ命が無い、わかるだろ?こっちに大きすぎる後ろだてがあるんだ。胸張ってればいい」


 ギルはジェレドの背中をバシっと叩いた。


「いったぁ!!ちょっと師匠手加減してください」


「ハハハ、すまんすまん、さて、ジェレド、あそこの曲がり角を曲がったらあれをやるからな」


「…分かりました」


 二人は脇道の曲がり角を曲がった。




 ルナは、怪しい二人組の男である。ギルとジェレドという男たちの後ろを追っていた。気づかれないように必ず人込みに中に隠れて一定の距離をとって尾行していた。


『脇道に入ったか…別の道を使うか…』


 今回の作戦するにあたって、ルナを含めた特殊部隊の隊員の頭の中には、祭りの会場の地図が全て暗記されていた。すべての会場の場所に部隊内の人間にだけ伝わる番号がエリアごとに細かく振られており、どこで何があったかすぐに伝達することができた。

 ルナからしたら、この祭りの会場は自分の庭のようなものだった。

 二人の男が脇道に入って行くとルナは後を追わずに遠回りしてさらに距離をとって尾行した。脇道は大通りよりは人もまばらなため隠れるのは難しいが、ルナからすればたとえ脇道に入っても頭の中に地図が入ってるため、どこを通るかある程度予想はついた。


『曲がるときに距離を詰めれば問題ない…それに待ち伏せされてたら…』


 服の内側には巧妙に忍ばせた短剣に手をかける。

 殺せばいいというのは物騒だが、ルナは先手必勝で二人に致命傷を与える準備はできていた。そうじゃなくてもここではマナがあり、魔法が使えた。


『最悪一人は殺してもいい、無関係だったら…もう一人も…』


 ルナの心にどろっとした闇のようなものが流れ込んでくる。どんな犠牲もいとわない非道で無駄のない思考回路に切り替わる。ルナを何度も窮地から救ってくれた徹底された闇の思考。

 ただ、それはあくまで最悪の選択であり、ルナは致命傷を与えたあと白魔法で傷を癒し捕らえるという選択を第一に考えていた。


『曲がるか!?』


 二人の男が脇道からさらに外側の蜘蛛の巣の様に入り組んだ路地に入ろうとしていた。


『そっちに入るか…やるしかないな…』


 ルナは尾行から二人を捕らえる考えに移行した。脇道の外側の入り組んだ道は一気に人気がなくなる。

 そこはひとりで尾行するには困難な場所だった。ひとりで尾行している以上見失う確率が跳ね上がり、見失ったときに追うための選択肢が増えすぎてしまうからだった。

 それだったら、捕らえて問いただした方が手っ取り早かった。


 二人の男が曲がり角を曲がった。

 ルナは曲がったのを確認すると全速力で走り後を追った。ルナの目算では、曲がったときには二人の男の背中が見るはずだった。


「なんで…?」


 しかし、そこには誰もいない石畳の道がただ続いてるだけだった。唯一、可能性があるとしたら、空だったが、後ろ姿も、飛んだ時の風圧も何もなかった。


「………」


 ルナは人気のない脇道の路地でしばらく途方に暮れてひとり佇んでいた。


 ただ、確かに残り香だけは辺りに漂っていた。

















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