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解放祭 リングの上の獣人 後半

「そんなんじゃ、ガルナ、君は最後には彼に捨てられるよ。役に立たないやつなんてそばにおいても意味ないからね!」


「………」


 ジェレドは爽やかな笑顔で、下を向いている無防備なガルナに言葉を浴びせる。


『やはりね、だいぶ彼女には効いたようだね…フフッ、やっぱり楽しいなぁ、人が弱るところを見るのは、後はいたぶるだけで完全に自信を無くす。こういう力しかない脳の無い単純な人間はもろいんだよな…』


 ジェレドは、ガルナの頭を狙って蹴り放った。

 ガルナはその蹴りを避けも防ぎもせずにただ呆然とうつろな表情で、飛んでくる蹴りを受け入れた。


 バキ!


 強力な蹴りがガルナの顔に直撃する。


「一応、戦闘中だからね、気をぬいちゃあいけないよ!」


 ジェレドの笑みはよりいっそう不気味さを増していた。その笑みはもはやひどく歪んでおり、爽やかな印象を与える端正な顔立ちの彼には全く似合っていなかった。


「よっと!」


 バキキ!


 立て続けにジェレドの蹴りがガルナに入る。彼女は食いしばって苦痛を耐えていた。


「もう、戦意喪失かな?ガルナ、がっかりだよ、君が戦いたいって言ってたの忘れたのかな?」


 ジェレドは語り掛ける間も彼女の身体に強烈な痛みを刻んでいく。彼の鋭い拳が、蹴りが、ガルナの腕や脚、胴体に頭部を壊し続ける。


「戦わないならリングから下りてくれ!敗者はそうするべきだろ?」


 そこで渾身の前蹴りをジェレドが放つと、ガルナは吹き飛ばされてリングの端に倒れた。


「つまらない、もう終わりか…」


 最初の印象とはうって変わってジェレドは完全に豹変していた。優しいお兄さんから、今はただ人を壊すために注力を尽くし、楽しむ、狂気をはらんだ快楽者になり果てていた。

 そして、もっと壊しがいがあると思っていたガルナ(おもちゃ)が、あっけなく壊れてしまいジェレドは落胆していた。




 *** *** ***




「あいつ…無防備のガルナさんにやりすぎだ。私、止めてきます」


 ギルが慌ててリングに向かおうとした時、ハルがそれを止めた。


「ギルさん、待ってください…」


「なぜ止めるんですか?心配じゃないんですか?彼女のこと」


「うーん、心配ですけど、なんていえばいいのかな…ガルナはあいつは戦闘が好きなんですよ…それに無防備だからといって試合を下りたわけじゃないと思うんです。彼女の場合は特に…」


「しかし…彼女、完全に戦意喪失してますよ…」


 ハルの考えはギルとは違った。それはハルがガルナと一緒にいた時間が教えてくれるものだった。


『戦意喪失はありえない…だってガルナは剣聖に食ってかかるほどなんだ。それにガルナは霧の森であの神獣を見てる…今更、獣人族の青年一人に屈しはしない、それにガルナはガルナだ。そうだろ?』


 リングの上にいるガルナを見つめる。


 信じているのではなく、ハルは知っていた。彼女がどういう人間かを。


「大丈夫です、それにガルナはあの威力と手数で倒れるほどやわじゃありません。こんな短い間で彼女を倒せることができるのは剣聖ぐらいですよ」


「そ、そうですか…」


 ハルの落ち着きとは逆に、ギルは冷や汗をかき狼狽していた。


「それより、心配した方がいいのはジェレドさんの方ですよ、言っておきますが、ああやってやられて起き上がってくるガルナ、めちゃくちゃですからね?」


「………」


 ギルは、不敵に笑うハルの顔を見て固まっていた。そのギルの様子は、帝王の機嫌をうかがう配下の者のようにびくびくしていた。




 *** *** ***




 ジェレドが勝利を確信してリングの外にいる観客に手を振ろうとしたときだった。


「おい、勝って終わらせるな!」


 振り向くと倒れたままのガルナが声を発した。


「あれ、まだそんな元気あったんだ?」


「ちょっと考えてたんだ。お前に言われたこと。私、確かに今までハルに何もしてあげれてなかったけど…」


 ガルナはゆっくりと起き上がった。体中に痛みが走っているようだったが、気にせずに上体を起こしていた。


「だったら、これからたくさんハルを支えてあげればいいってな!」


 立ち上がった彼女は、鼻と口からぼたぼたと血を流しながら笑っていた。とてもすっきりした表情だった。


「たくさんハルを助けてあげて、たくさんハルに好かれるんだ。へへへ、楽しみになってきた将来がハルはきっと私にメロメロになるぞ!」


 にやりとだらしない彼女の笑顔を見て、ジェレドは心底怒りの表情を浮かべた。それは自分がせっかく与えたアドバイスをもろともせずに勝手に自己完結していたからだった。


『俺の言うことは正しい、ガルナとハルとでは身分も何もかも違う遊ばれてるだけだろ、違うか?違うのか?』


「ガルナ…君という人間は分かってない、ハルという英雄を、あの完璧な人間を、どうやって助けるんだ?君みたいな中途半端な力しかない人間に何ができる?彼の力になれるとでも?」


「そうだな…そばにいてやるとかか?ハルは、ああ見えて寂しがりやなところがあるからな!」


 自分は正しいことを言っている、といった感じでガルナは何度も頷いていた。


「お前の代わりならいくらでもいるんだぞ?貴族の娘に、王女、見た目もお前よりいいやつがたくさんいるんだぞ?ハルはその中からお前なんか選ばないだろ!」


「ハルはモテるんだな、だったら私も頑張らなきゃなぁ…そう言えばライキルもハルのことが好きだったもんな」


 ガルナは反論もせずに自分だけの世界にまた入り込もうとしていた。


「ガルナ、聞いているのか?」


「なあ、お前の実力まだまだそんなもんじゃないだろ?本気でこい私が相手してやるよ」


 全く話しを聞こうとしない彼女に頭にきたジェレドは、次に瞬間にはガルナに向かって駆けだしていた。


「じゃあ、分からせてやるよ!」


 これはガルナの望んでいた展開だった。純粋な戦闘。技と技のぶつかり合い。

 ガルナとジェレドはそこから苛烈な試合を見せた。

 実力は拮抗して、お互いに一歩も譲らなかった。

 ジェレドがガルナに一発いれると同時にガルナが完璧な相打ちのカウンターを合わせてくるため、不用意に手を出せなかった。殴ると同時に殴られ、蹴りをくらわすと同時に蹴りが飛んでくる。隙があると思いそこに拳を叩きこむと必ず反撃が返って来た。しかし、気を抜くと必ず一方的な彼女のきれのある鋭い技が飛んできた。


『なんだ、こいつ、めちゃくちゃすぎる、俺のすべての技に正確に相打ち覚悟のカウンターを合わせてきやがる…こうなったらこっちも本気で!』


 ジェレドがそう思ったとき、視界の隅に、観客席に座っているギルの姿が映った。そしてジェレドは彼のハンドサインを見た。目を大きくしたあと何かを悟ったように彼は目を閉じた。


『なんだよ、せっかく楽しくなってきたのに…』


 バコン!!!


 直後、ガルナの旋風脚がジェレドの顎に綺麗に入った。


「え!?」


 ガルナは驚きの声を上げるとともに、倒れていくジェレドの姿を目で負った。脳を揺さぶるその蹴りは彼の意識を簡単に刈り取った。


「おい、お前、今の簡単に防げただろ…?まだまだ、戦えるだろ?まさかお前わざと当たったのか!?おい、起きろ!」


 ガルナは倒れたジェレドを揺するが、完全に意識を失い、目覚める気配はなかった。


「白魔導士はこちらへ、急いで!」


 リングに上がってきた白魔導士の女性がジェレドに治癒の光を浴びせる。すると彼は気持ちよさそうに眠るような寝息を立てていた。


「大丈夫です、彼、安定しました」


 審判は、ジェレドを介抱していた白魔導士の女性の言葉を聞くと、ガルナの手を挙げて勝者を決定した。


「勝者ガルナ!!」


「うおおおお、ガルナ!!ガルナ!!ガルナ!!」


「いいぞ!!ガルナ!!」


 会場は大歓声に包まれた。みんなが熱狂してガルナの名前を呼んで彼女を称えていた。


「なんで…」


 賞賛の真っただ中で、ガルナはつまらなそうに呟いていた。


















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