解放祭 好敵手
いま思うとギゼラの言ってたことはでたらめでよく考えればハルのことを知る必要など、この任務に何の意味もないことが分かった。むしろ、この行為はただ、ただ、目立つだけでリスクでしかなかった。
しかし。
『うはぁ、ハルさんいい匂いがする、やばい、ずっと嗅いでたい、というよりもっとお話がしたいな…』
緩み切った顔はリスクのことなど眼中になく、ただルナは憧れの人のそばで、闘技を見るふりをしては、彼のことを盗み見て、深呼吸を繰り返してるだけの残念なお姉さんになっていた。そんな彼女の頭の中は、すでに任務のことなど、少しも詰まってなかった。
その時、会場の歓声が今まで一番盛り上がった。
「ガルナ!ガルナ!ガルナ!」
会場全体がリングの上にいる女性の名前を叫んで賞賛していた。どうやら無事に十連勝を達成したことによる大歓声だった。
「すごいですね、あの方、十連勝ですって…!」
ルナの隣では、一般人の演技してるギゼラがいた。
二人はずっと見ていたから分かったが、ガルナという女性の前では他の挑戦者は赤子も同然だった。
ハルの監視をするに当たって彼の情報だけではなく、彼の身の回りの人物の詳細な情報もインフェルの者なら全員頭の中に入っていた。その中でガルナという女性が戦闘好きだということもすでに知っていた。
『彼女、相当強いですね、格下とはいってもみんな鍛え上げられてる人ばっかなのに、ああも数発で沈めるとは…』
リングの上で堂々と立って次の挑戦者を待っているガルナの堂々とした様に、ギゼラは感心して彼女を見つめていると、リングにいた彼女と目が合った。
「!?」
ガルナのギゼラに向ける表情は、戦士の顔から次第に無垢な少女が見せる無邪気な笑顔に変わりこちらに手を振っていた。
『ああ、そうか、ハルさんがいるからか』
ギゼラが、ルナ越しにハルを見ると、彼も朗らかな微笑とともに彼女に向かって手を振り返していた。
『なんか、仲よさそうっすねあの二人。通じ合ってるっていうか、なんていうか……彼女も強敵ですよルナさん、分かってるんですか?』
そんな思念をギゼラが、隣で彼の匂いを満喫している残念な先輩にぶつけるが、当たり前の様に彼女には一切届かなかった。
『全く、それじゃあいつまで経っても進展しませんよ…ここはひとつ私がアドバイスでも…』
興奮しているルナの肩を叩く。
ルナが、ギゼラの方を向くと、彼女が何か言いたげだったので耳を貸した。するとギゼラは小声で話し始めた。
「ルナさん、このままじゃ何も進展が無いまま終わっちゃいますよ」
「で、でもどうしたらいい、私たち別に友達になったわけじゃないのに」
「いいんですよ、隣に座った時点で知り合いのようなものなんです。だから自然に声をかけてください」
「で、でも…」
「大丈夫です、ルナさんみたいな美人に声をかけられて嬉しくない男なんかいません。ハルさんも一緒ですよ、というか案外ハルさんちょろそうですよ」
へらへらしたギゼラは、むすっとした顔のルナを見た。
「ハルさんの侮辱は許さない」
「ハハッ、すみません、冗談ですよ、でもルナさん今なら自然にいけます、ガルナさんのことを持ち出しましょう彼女のことは今ルナさんとハルさんの間で共通の話題のはずです」
打ち合わせを終えた二人はさっと元の姿勢に戻る。隣にいたハルはさほど気にしていなかった。それも当然、彼からしたら二人は、たまたま隣に居合わせて少し会話した人、程度の認識でほぼ他人だ。二人がこそこそ話しててもさして気にしないし気にする必要もないのだ。
しかし、ルナはそんな彼をせめて知り合いぐらいにまで持って行きたかった。
自分の存在を認識してほしかった。
「か、か彼女とお知り合いなんですか?て、手を振っていたみたいですが…」
ルナが全身の勇気を振り絞って隣にいるハルに向かって話しかけた。このルナの言い出しは彼らの関係を知っていて確信のあるものだったが、会話のきっかけにはちょうど良かった。
「え!?」
急に話しかけられた彼は焦っていたが普通に優しく答えてくれた。
「はい、実はそうなんです。彼女、俺の友人なんです」
「やっぱり、そうだったんですね、び、びっくりしました。彼女こっちに手を振っていたので…それにしてもすごいですね、彼女あんなにお強いなんて」
「彼女、騎士なので、毎日鍛えてるんです。強いのはそれが理由ですね。でも彼女あまり騎士らしくなくてなんていうか、戦闘好きなんです彼女」
「へ、へえ、な、なるほど、あ、もしかしてあなたも騎士なのですか?」
既知の事実だったが、ルナは話しの流れで尋ねていた。
「え、ああ…」
正体を隠しているハルにとって慎重になるべき問が飛んできたと思った。
しかし。
ちょうどその時、アリーナの中心から人々の大きな合唱が響き渡ってきた。
「ジェレド!!ジェレド!!ジェレド!!」
それは次の挑戦者をリングに召喚するための合唱だった。
「あの人、さっきの…!」
「え?」
ルナとの会話の途中であったが、ハルはリングから目が離せなくなっていた。
リングに上がっていたのは、先ほどハルとガルナが不良に絡まれた際に、割って入って来た獣人族の青年だった。
*** *** ***
十連勝を遂げたガルナは次の挑戦者をリングの上で待っていた。
「ジェレド!!ジェレド!!ジェレド!!」
次の挑戦者の名前がアリーナ中に響き渡り始めた。そこでガルナもジェレドという人物が次の対戦相手だと知った。
『強い奴だといいな…』
「やあ、ガルナ、また会えて嬉しいよ!」
ひとりの獣人族の男がリングに上がって来ると、ガルナにグイグイっと近づいて挨拶をした。
「ん?」
ガルナは目の前の男に見覚えは無かった。しかし、彼の金色の被毛を見ると段々と先ほどの記憶が蘇ってきた。
「ああ、さっきの奴か…」
「覚えててくれたんだね、嬉しいよ!」
ジェレドの端正な顔立ちから放たれる眩しい笑顔は、異性ならば誰もがうっとりしてしまいそうなほどだったが、ガルナの表情は不動だった。
「僕さ、君にすっかり虜になっちゃったよ。強くて可愛いくておまけに獣人族!そして僕も獣人族!どうかな僕たちお似合いだと思わないかな?」
「いや、別にそうは思わないなぁ…」
人懐っこく容姿のいい男に褒められても特にガルナの感情が動くことは無かった。まるで心ここにあらずといった感じだった。
「なあ、もう私は始めたいんだがいいか?」
ガルナは戦闘態勢に入ろうとしていた。興味の無い人物との会話よりかは彼女は血の滾るような戦闘を望んでいた。もちろんガルナは一目見て彼がかなりの手練れであることも察していた。
明らかに今まで対面してきた人たちとは雰囲気と鍛え方が違った。だからそう言った点では彼に好感が持てた。
「待って、待って、じゃあ、最後にひとつだけ、僕が勝ったら付き合ってくれないかな?」
「ダメだ、私には心に決めた人がいるからな」
意外な告白を受けたガルナだったが顔色ひとつ変えず冷静に即答した。
彼女の頭の中にはくすんだ青髪の青年が優しく笑っている姿が浮かんでいた。
「えー、じゃあ、普通に付き合ってくれない?」
ガルナの明瞭な発言でもうその話には決着がついたもののようだったが、ジェレドは無駄な食い下がりを見せていた。
「無理だ」
だから再び即答される。
「そんな…」
落ち込んでるようにジェレドが見えたが。
「でも、そっか、まあ、いいや…」
ジェレドは小さく笑った。彼のその笑みはどこか邪悪さを感じさせていた。何かよからぬことを考えている彼の思考がその笑みに表れているようで薄気味悪かった。彼には明るい印象を受けていたぶん、ガルナにとって彼のその笑みは不釣り合いで不気味だった。
「審判、試合を始めてくれ、彼女も観客もそれを望んでるらしいからね」
その笑みを見て、動揺の中にいたガルナだったが、ジェレドの掛け声で、審判が試合を始めようとするとすぐにガルナは切り替えて戦闘態勢に入った。
「ガルナ、まずは戦闘を始めようじゃないか」
「ああ、そのつもりだ…」
一抹の不安を抱えたガルナだったが。
「はじめ!」
審判の掛け声とともに、ガルナは駆け出し目の前の闘争に身を投じていた。
*** *** ***