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解放祭 隣にいたるまで

 闘技が行われているアリーナの真ん中のリングでは、ガルナが八連勝目を決したところだった。

 どの試合も二、三発で相手を沈めるガルナの猛烈さに、観客たちは度肝を抜かれるばかりだった。

 歓声は絶えず鳴りやまず全員が十連勝する彼女の姿を期待していた。祭りが開かれていまだに十連勝した人物が現れていないということは祭りが始まってこの闘技場に毎日通っている客たちが知っていることだったが、もちろんリングに立っているガルナ本人はそのことを知らなかった。

 参加条件が甘く、選手の選別もない、勝っても地位も名誉も特に無いこの闘技では参加者の質が低いのは当然であった。

 中堅の冒険者、村や町で腕に自信のある者、はたまたどこか貴族の私兵といった者たちだったが、みな実力ともに精鋭騎士であるガルナを相手にするには力不足であった。



 そんなガルナの試合をルナ・ホーテン・イグニカは、斜面状の観客席の後列に座って観戦していた。

 後列ともなるといささかアリーナ全体が見渡せて景色がよいものだったが、リングの中にいる選手の細かい動きを目で追うのは難儀になってしまうのが残念なところだった。ただ、ガルナの試合は二、三発で終わってしまうので、離れていても近くてもさして変わらなかった。


「彼女強いですね、相手の方を二、三発のパンチで倒しちゃうなんて!」


 ルナの隣に座っていたギゼラがまるで先頭に無知の様に演じていた。


「そうね…すごいパンチでしたね、それに女性の方なのにあんなに強いなんて…」


 ギゼラよりは演技力にかけるルナだったが、自分も物騒なことには無知だと周りにアピールをする。

 何より二人はこう見えても戦闘のプロ。国を裏から支える特殊部隊の戦士。それがこうも演技を重ねるのは、隣にハル・シアード・レイという人物が座っていたからだった。

 ルナとギゼラは、任務上、彼に素性をばらしてはいけなかった。

 では、なぜ、二人がこうも彼に接近してしまったのかというと。


 それは数時間前にさかのぼる。




 *** *** ***




「ルナさん、ガルナさんがリングに上がったらハルさんの隣に行きますよ」


「え?」


 ハルの監視役として彼を尾行していたルナとギゼラは、アリーナに入ったハルとガルナのさらに後方斜め後ろの離れた席に座っていた。


「だから、ハルさんがひとりになったら隣に行くと言ったんです」


 ギゼラの言っていることが、ルナには意味がよく分からなかった。


『もしかして私のためか…でも…』


 任務中の自分たちは、尾行している対象者つまりハル・シアード・レイに自分たちの正体がばれてはいけないのだ。


 その理由は、ハル・シアード・レイを裏社会の闇に関わらせてはいけないということがあった。


 物事に表と裏がある様に、軍にも表と裏があった。


 軍でハルたちが所属している騎士団を表の光とするならば、ルナたちがいる特殊部隊などは裏の闇だった。


 軍の光である騎士団や剣聖が、魔獣退治や街の警備といった表から人々の命や生活を守る存在だとしたら。

 軍の闇は、諜報、拷問、暗殺、処刑、破壊、殺戮、排除など、光の当たらない部分を全て担う、汚れ役のような存在だった。国の裏切り者、敵対組織、反逆者、国にあだなす存在にならば誰にでも闇は牙をむいた。

 そんな二つの存在は決してどちらが偉いでもなく、国や組織にとってはどちらも生き残っていくために必要不可欠なものだった。

 ただ、役割が違うだけで本質のところは自分たちの共同体を守り、繫栄させ、持続させていくという最終目標が一緒だった。

 そのため、戦争があった時代では、光の部分も闇の部分も混ざり合って、その境目が酷く曖昧だった。

 しかし、現在は魔獣たちの台頭により戦争がなくなり互いの立場は、はっきりしていた。


 光は光、闇は闇と。


 そして、そんな二つの側面を持つ軍の中で、問題となっているのがハル・シアード・レイだった。彼の存在は常軌を逸していた。

 彼の存在は光だった。表から人々や国を支える光。しかし、その光はあまりにも強すぎた。

 彼は以前、大規模な神獣の襲撃を二回退けていた。その時点で彼は各国から注目が集まっていたが、今回四大神獣の一角の白虎を討伐してしまったことで各国は確信していた。ハル・シアード・レイはあまりにも強大すぎる力だと。

 ハルの持つ力は、一国が所有者していい力ではなかった。この大陸を支配しかねない神獣の群れを単身で討伐するなど、それはハルひとりでこの大陸のすべての国々を滅亡させることが可能ということとほぼ同義だった。

 そんなハルをレイド王国は慎重に扱っていた。一歩間違えればハルを危険視した国々と戦争になってしまうからだ。

 戦争とはたとえ最初から勝ち負けが決まっていても、起こるときは起こるものであった。国のトップが国民を扇動してしまえば状況を理解していない庶民は自国の正義のもとに立ち上がってしまうだろう。実際にハルの強さ、ましては剣聖たちの強さなど庶民が知るはずもないのだ。

 そして、戦争とはどこまでも無益なものなのだ。レイド王国はハルがいるため必ず戦争に勝てるだろうだが、勝ってレイド王国が何かを得るものはない。あるのは次にハルを危険視した国との戦争だけである。

 そのような背景があるため、レイド王国はハルをなるべくこの大陸にとって素晴らしい人物に仕立て上げたかった。誰から見ても彼は危険ではなくこの国を守ってくれる英雄だと。


 だから、ハルを闇に関わらせてはいけなかった。


「だ、ダメだ、それはダメだ、私たちは任務の途中だし、それにハルさんを私たちに関わらせてはいけない…」


 自分で言っていてその言葉はルナに深く突き刺さる。自分は彼に関わってはいけない存在だと、住む世界が違うと。決して届かない夜空に浮かぶ星なのだと、彼は。


「そうですけど、じゃあ、ルナさんこのまま一生、ハルさんを影から覗いてるつもりですか?」


「………」


 その場で俯いてしまったルナは、ギゼラのその言葉に即答したかった。『そんなの絶対に嫌だ』と、だがルナは闇の人間、それもかなり深く浸っている。

 レイド王国の裏の顔、特殊部隊インフェル。その実行部隊の隊長。実行部隊これが意味するのはあらゆる汚れ仕事を担ってきたことに他ならない。自分の手を見れば常に血に染まっている感覚に襲われる時もあった。

 そんな人間が、絶対的な平和の象徴でなければならない彼に、関わっていいはずがなかった。そもそも、上層からもハルとの接触は避けるように言われていた。


「うん、もしかしたら私はこうして後ろから覗いてる方がいいのかもしれない…」


 自分でそう言っておきながら、しなしなとルナの心はしなびていった。


「………」


 弱気な彼女にギゼラは驚くことは無かった。実際に彼を目の前にして怯んでいるのが見てわかった。


『まあ、私たちにもいろいろ事情があるから、ルナさんもそう簡単に決断はできないよなぁ。でも、正直、私はルナさんの幸せのためならなんだってしたい…それにルナさん日ごろからあんなに好き好き言ってるのに…よし、ここはやっぱり私の出番ですな!』


 ギゼラは、一生懸命ハルに会わない方がいい理由を呟いているルナの姿を見てそんなことを思った。


「だって、私はあそこにいるガルナさんみたいに背が高くないし、それに大人っぽくないし…」


 つぶやきがいつの間にか変な方向にそれているルナの口をギゼラは一度止めた。


「ルナさん!」


「な、何!?」


 上目づかいでルナがギゼラを見上げた。


「ほんとはハルさんの隣に行ってみたいんですよね?ほんとは!彼と会話してどんな人間か確かめたいんですよね?」


「……うん…でも……」


 再びルナは俯いていた。


「でも、じゃないです、これはむしろ重要任務ですよ」


「ど、どういうこと?」


「分からないんですか?ハルさんを知るということでより彼の詳細な情報を手に入れるんです。もっとこう、人柄を調べるんです!なんてたって、私たちのトップなんてハルさんのこと資料の数字でしか知らないんですよ?そんなのダメじゃないですか?いろいろぉ!?」


 めちゃくちゃで薄っぺらなギゼラの嘘が出た。まるでそれが真実かのようにまくしたてる。

 よく考えてみればハル達は王族のキャミルやダリアス王と深い仲にある。そのことを二人はおろか特殊部隊のインフェルの人間は全員が知識として知っていた。

 レイド王国の国防を裏から担っているインフェルのトップが、ダリアス王と繋がっていないわけがなかった。


『ルナさん、あなたに足りないのは上手くやるということだけなんですよ。私たちみたいな人間は普通の人よりも他者と繋がるという点では人一倍上手くやらなきゃダメなんですから…』


 闇の底で遠くに見える光に恋するルナのもがきをギゼラは不憫に思う。きっと普通の庶民としてルナが生まれてきたなら、ここまで込み入った恋などしなかったと。


「そっかそうだよ、ある程度ハルさんのこと知っておくのも私たちの組織にとっては大事だよね、なんでそんなこと今まで気づかなかったんだろう…!フフフッ!」


 その時のルナといえば、ハルとの接触の口実ができて歓喜に湧いていた。


「よし、そうと決まれば、ルナさんいいですね、ハルさんがひとりになったら行きますよ、作戦はこうです………」


 ギゼラは、ルナに耳打ちするのであった。




 *** *** ***

















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