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解放祭 隣に

 闘技参加者が集うテント周辺から、少し離れた場所でルナとギゼラは出店のパンを食べながら、そこら中に設置されているベンチに腰を下ろしていた。

 ベンチに座るルナたちのそばには、試合会場である、壁も天井もない外にむき出しになったアリーナがあった。しかし、階段状の観客席がまるで壁のようにそそり立っており、外側からでは試合の様子を見ることはできなかった。


「ハルさんたち戻ってきませんね」


 ギゼラは自分の膝の上に置かれている、かごの中のおいしそうなパンを次々と口の中に放り込んでいた。


「そうね、でも、ここにいればいずれまた姿を現すわ、焦らず待ちましょう」


 監視対象であるハルを追わなければいけないルナたちだったが、どうにもハルが向かった場所は闘技に参加するための受付テントだった。

 そのテントの周りには強面の屈強な男たちがわんさかいた。外から見てもそこだけ異常に治安が悪く見えた。

 ルナたちからしたらそのような場所、怖くもなんともなかったが、若い女性二人でそこに入って行くのはさすがに目立ちすぎるため、こうして離れたベンチでパンを食べながら、ハルたちが戻って来るのを待っていた。


『でも確かに少し時間が掛かってるな、何か問題でもあったのかな?』


 ルナが視線を闘技参加者たちのいるエリアに向けるがハルの姿は依然として見えなかった。本来なら彼の姿が見える場所で見守っていたかったが、状況が状況であり、そういったわけにもいかなかった。


『変に目立つと監視どころではなくなるからな…でも、ここに座っていれば会場の出口もアリーナへの入り口もどちらも視界に入る、ハルさんを逃すことは無いだろう…』


 今、ハルの動向が一切分からず、ルナはそのことが気がかりだったが、ここは冷静に努めて待つことに徹していた。

 変に目立って計画をダメにするわけにはいかない、そんな思いがルナの彼のそばにいたい衝動を押さえつける。


『落ち着け、ちょっと離れただけだ、心配するほどじゃない、そもそもハルさんは私なんかよりよっぽど強いんだ、大丈夫、冷静になろう…』


 ルナは心配で騒ぎ立つ心を静めると、落ち着いた凛々しい女性がそこにはいた。


 しかし。


「あ、ハルさんたち戻ってきましたよ」


「うええ!?どこどこ?どこどこ?」


 ギゼラの一言で、一瞬にしてルナに纏っていた冷静さと凛々しさのベールは剥がれていった。





 いざこざから抜け出して来たハルとガルナはアリーナに足を運んでいた。アリーナの入り口の前に着くと、入場券を係りの者に見せ会場の中に入った。

 二人が足を踏み入れると中は大きな歓声に包まれており賑わいを見せていた。

 アリーナは、真ん中に四角いリングがあり、その周りを観客席が囲んでいるという簡単なつくりのものだった。そして、ここのアリーナには壁も天井もないため、会場には常に温かい日差しが差し込み、気持ちのいい風が吹きこんでいた。

 観客席は斜面状に何段もの座席が用意されており、自由に座り観戦を楽しむことができた。特に最前列などは人気で前から順番に座席が埋まっていた。

 すでに観客席には多くの人々が集まってきており、熱い試合に熱狂していた。

 闘技とは特に目的が無くても人々を熱くさせるもので娯楽としてしっかり機能していた。



 ハルはガルナを連れて人がまばらな後ろの方の席を選んだ。後ろの座席でも特に試合を見るのに支障をきたすことはなく、リングの中の試合がよく見えた。それに後ろだとあまり人目にもつかない分、先ほどのようなトラブルに、巻き込まれる心配も少ないと考えてのことだった。


「ガルナ、ここらへんでいいかな?」


「どこでもいいぞ、それより私の出番はいつなんだ?」


 アリーナに入ってからガルナは早くリングの上に立ちたいのかずっとそわそわしていた。


「もうちょっと先かな、今日の参加者はまだ少なかったから、早く回って来ると思うけど、あ、でも試合の流れによっては早くリングに立てるようになるって受付の人が言ってたから、ちょっとの間、我慢ってところかな」


「うう、早く戦いたい…」


 隣でうずうずしているガルナの横顔を眺めたハルの表情は微笑に変わった。


「ほんとガルナって戦うのが好きだよね」


「ああ、戦っているときが一番楽しい!」


 現在、繰り広げられている試合に夢中になっているガルナの視線はずっとリングに注がれていた。


「そっか、だったらここに来れて良かったね、勝ち続けたらずっと戦っていられるよ」


「ああ、ここに来れて良かった!」


 心の底から楽しんでいるガルナの笑顔が見れてハルも満足そうに笑った。


「でも、ほんとは私、ハルと戦いたかったなぁ」


 ガルナが首をかしげてハルの顔を覗き込み、おねだりするような甘えた声を出した。

 その問いにハルは気持ちよく答える。


「大丈夫、この祭りが終ったらみんなには俺が稽古をつけるから楽しみにしてて」


「え!!?」


 ガルナは、ハルに顔をグイッと近づけた。彼女の表情は信じられないといった様子で固まっていた。

 それもそのはず、ハルは人とのあらゆる戦闘行為を極端に避ける傾向があった。どんな時も何かしら理由をつけては断って逃げ続けていた。そのためガルナもハルと手合わせしたのはもう数年前と昔のことだった。そのため、以前にアスラ帝国剣聖のフォルテが、ハルと戦闘しているとき、ガルナは羨ましいと思っていたのだった。


「やったー!嬉しい!でもなんで急に?」


「そうだね、いろいろ考えて、やっぱりみんなにはもっと強くなってもらわなくちゃって思ってね!」


 ハルは明るい表情と明るい口調で言った。


「そうか分かった、じゃあ、私もっと強くなるように頑張るね!」


「うん、俺も手伝うよ」


 ガルナの無邪気な笑顔をハルは愛おしく見つめた。


 試合会場では、次に戦う選手の名前が審判から叫ばれると、その選手の名前を会場にいるみんなが叫んで呼び出す仕組みになっていた。つまり闘技参加者は観客席に常にいなければならなかった。

 ガルナの番はなかなか回ってこないため、ハルは一度出店で彼女のために昼食を買ってくるなどの時間があった。

 二人が昼食を取ってしばらくしてからのことだった。


「次の選手はガルナ・ブルヘルだ、皆さんこの会場全体に聞こえるようにガルナとお呼びください!」


 審判の掛け声で会場中がガルナという声でいっぱいになった。


「ハル、行ってくるな!」


「うん、楽しんできな、それとやりすぎないように」


「わかった!」


 ガルナは満面の笑みで中央のリングの方に走って行った。彼女がリングにたどり着くと、少ない女性だからか歓声は一段と盛り上がっていた。

 ハルがそんなガルナを目で追っていると。


「すみません、ちょっといいですか?」


 突然ハルに声をかけてくる人物がいた。ハルは再び『また何かトラブルか!?』と思い恐る恐る声のする方を見ると、そこには金髪の女性と黒髪の女性が二人立っていた。


「な、なんでしょう?」


「ここの席って空いてますか?」


 金髪の女性がハルの隣の空いている席ふたつを指さしていた。


「え、ええ、空いていますが…」


「お隣いいですか?」


「構いませんよ…」


 自分の座っていた区画は全て自由席でさらにハルは今ひとりだったため拒否権などなかった。

 するとハルの隣に黒髪の気品あふれる背の低い女性が腰を下ろした。顔は見えなかったが座るとき小さくこちらに会釈をしていた。

 そして金髪の女性が黒髪の女性の隣に座ると再び黒髪の女性越しに話しかけてきた。


「すみません、こういうところに来るの初めてで、かってが分からなくて、お兄さん優しそうだったのでつい話しかけちゃいました」


 金髪の女性がへらへらと笑っていたがそこに嫌味は無くむしろ少し可愛げがあると感じさせた。しかしハルはそんなことよりも、彼女たちが話しかけてきた動機がはっきりして安堵した。


『よかった、そう言うことかまた何か絡まれたらどうしようかと思った…』


 心労が去った後のハルの心は軽く開かれていた。


「そうだったんですね、何か困ったことがあったら言ってください!」


 ハルは笑顔で親切に対応した。


「ほんとですか、ありがとうございます!」


「いえいえ」


 金髪の女性と軽い挨拶を終えると、ハルはリングに向き直った。

 ガルナが防具をはめてリングに立ち今まさに試合が始まろうとしていた。


『さて、ガルナ相手に、対戦相手は何発持つかな…二発かな?いや、三発か?』


 ハルがすでにガルナが勝つことを決めつけ、何発で相手が沈むか予想を立て始めたときだった。


「あ、ありがとうございます……」


 それはハルの隣にいた黒髪の女性から発せられた声だった。彼女は少しハルの方に顔を向けており、ハルに向かって言っているのがわかるようにしていた。その時やはり黒髪の彼女の顔を見ることはできなかった。


「ああ!」


 ハルは、最初なぜ感謝されたのか分からなかったが、先ほど自分が彼女たちに言った『困ったことがあったら言って』ということに対しての感謝なのかなと思った。


「いいんですよ、困ったときはお互い様ですから!」


 優しい笑顔でハルは黒髪の女性に言った。


「………はい…」


 そのとき、ようやく黒髪の女性がこちらに顔を向けて彼女の素顔をみることができた。


「!?」


 艶やかな白い肌に真紅の瞳が輝いておりその人間離れした美貌にハルは一瞬息を飲んだ。少女かと思ったが成熟された色気は十代が出せるものではなかった。着ている服は庶民でも着そうなものだったが、身に着けている装飾品はどれも一級品のものばかりで貴族の出なのは間違えないのではとハルは思った。


『もしかしてこの子たちもお忍びなのかな?どこかの国のお姫様とか…?でもそしたら野暮な詮索はやめといたほうがいいな、国家間の問題になったら大変だ、さっきの不良たちとは比べ物にならない…』


 そう思うとさっき割って入って来てくれた獣人族の兄ちゃんと、逃がしてくれた、くすんだ金髪のおっちゃんは大丈夫なのだろうかとハルは心配になった。


『いや、でもあの二人想像以上に強かったから、まず、あの不良たちじゃ手も足も出ないだろう、ああ、どっちかがガルナの相手になってくれたら、ガルナも歯ごたえのある試合ができるんだろうな…』


 ハルはそんなことをいつの間にか考えていると、隣から熱い視線を感じた。


「…?」


 黒髪の女性がまだずっとがハルのことを見つめていた。


『え、やばい、なんだ、俺、何かしたか?め、めっちゃ見られてる…』


「ど、どうかしましたか?」


 ハルはかなり動揺していたができる限り丁寧に笑顔で接した。

 すると黒髪の女性はその顔を真っ赤にすると一言「いえ」と短く区切って下を向いた。


『あれ?彼女試合を見に来たのでは?』


 ハルは下を向いた彼女にそんな疑問を浮かべたが、深入りはしないように、リングに向き直り試合の様子を見た。


「終わってる…」


 ガルナはすでに一人目の対戦相手を沈めて観客から賞賛をもらっていた。





『やばい…死ぬ、助けて、死んでしまう…!』


 ハルの隣にいたルナは必死に自分の高鳴る鼓動を抑えるのに必死になっていた。


「………フフッ…」


 ギゼラはそんなルナを横目で盗み見てずっとニヤニヤしていた。


『ルナさん、恋してんなぁ!全く可愛い先輩よぉ!しっかし、ハル・シアード・レイ、こうしてみると普通の好青年って感じで逆に好感が持てるな、貴族らしくないっていうか、偉そうじゃないっていうか…』


 ギゼラが、ルナの隣にいるハルのことを盗み見る。彼は俯いて苦しそうにしているルナに声をかけていた。


「あ、あの大丈夫ですか?息が上がってますが…」


「だ、大丈夫れす、ちょ、ちょっと試合見て興奮しただけでふから!」


 ギゼラは二人のやり取りを見て笑いをこらえきれなかった。


『ああ、いいね、ルナさん幸せそうだ、やっぱり、無理してくっつけて良かった。ルナさんは闇じゃなくてただの恋する乙女の方が似合ってるんだよな…』


 二人を愛おしそうに見つめるギゼラにもハルから声が飛んできた。


「あ、あの、お連れのかた大丈夫なんでしょうか…?」


「ああ、大丈夫ですよ、彼女、人が多いといつもこうなんです!」


 ギゼラはいつものへらへらした顔で自然に流れるように答えていた。





















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