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解放祭 絡まれて

「なあ、あんた調子に乗ってるんじゃないか?」


「え?」


 ハルに声をかけてきたのはガラの悪い男たちだった。五人で徒党を組んでるその男たちは、だいたいハルと同い年ぐらいの二十代前半の人族の青年たちで、あからさまに敵意をこちらに向けていた。


「お前に言ってんだよ、可愛い獣人族の姉ちゃんを連れたお前になぁ!」


 不良の青年たちの中のひとりが口汚く叫んだ。


『か、絡まれたのか…』


 そこでハルは自分の置かれている状況に気づいた。


「何か気に障ることでも…?」


 ハルはあまり刺激しないように慎重に不良たちに尋ねた。


「気に障るじゃねぇよ、お前ここに女なんか連れていい御身分じゃないか?なめてるのか?」


「こいつきっと女の前でいい格好しようと必死なんですよ」


「ハハッ、ちがいねぇ、てか見ろどっちかって言うとこっちの可愛い子ちゃんの方がよっぽど強そうだぞ」


「ほんとだ、姉ちゃんいい体してるな」


「なあ、姉ちゃんこんなひょろひょろの奴なんかより俺らの方がよっぽどいいぜ、こっちに来ないか?楽しいぜ?」


 五人の不良はハルを無視して言いたい放題勝手に騒ぎ始めた。

 闘技場となるとこういった血の気の多い輩が増えるのはごく自然のことで何ら不思議なことじゃなかった。それも急遽行われた解放祭のような誰にでも開かれている敷居の低い闘技場となると参加者の質の低さが顕著に表れるのは知れたことだった。

 そんな治安の悪い場所も警備の騎士である運営の人が周りにいるはずなのだが、自ら仕事が増えるこの場所に進んで赴く警備の騎士はいないようだった。彼らは主にお客さんが来る観客席の方に力を注いでいるため、試合参加者のテントの前などわざわざ見回りなどしない。そもそも屈強な強面の男たちのトラブルなど避けたいに決まっていた。


『どうしたもんかね…逃げるのが一番かそれか……』


 いくらガラの悪い連中でもハルにとっては守るべき大切な民だった。ボコボコにするわけにはいかない。


『それにしても彼らなかなか身なりがいいな』


 見たとこ彼らは裕福なことがうかがえた。所持しているロングソードやショートソードには見事な装飾がほどこされており、服も良い生地のものを身に着けており、数人は魔獣の皮を使った高価な服を身につけていた。


『貴族の出か、冒険者といったところかな?』


 大抵の軍の騎士は腰から下げる剣に装飾は求めない、そもそも騎士にとって剣は消耗品であった。これは魔獣との戦闘が頻発しているのが起因しているためだった。装飾された華やかな剣よりも、できるだけ折れず曲がらず切れ味が落ちない剣を欲するほどだった。そのため、装飾をつけた剣を装備している者はある程度どのような人物か絞れてしまう。


 貴族はよく自らの威光や財力を誇示するために身に着ける物に装飾を施すことが多い。貴族にとって外見の華やかさは社会的地位の誇示するためにある程度重要であった。それに剣を消耗してもお金があるため新しい高価な剣を購入することが容易だった。


 冒険者もまたそうだ、彼らは冒険者ギルドで装備品などの豪奢さや高価さで周りに自分の力を誇示する傾向がある。ほとんどの冒険者がそうだと言える。もちろんそうすることによって実力を示す指標になるからだ。貧相な装備では仕事をこなせていないと思われて、仕事仲間を集めることなどが困難になるというデメリットがあるため、冒険者も装備品は比較的華やかな者が多い印象があった。


 そして、そのような世界で生きている者たちからするとハルとガルナは残念ながら闘技場では場違いと思われても仕方がないと言えた。


 二人は剣もろくに持たず、身なりもハルに至っては誰もが手に入れられる安い生地のものを着ていた。これではなめていると言われてもしかたがなかった。


 しかし、決して不良たちが正しいわけでもない、なめていようが何だろうが、ハルとガルナはしっかりお金を払って参加条件も満たしたうえでここにいるのだ。


「おい、てめえ、いつまで彼女と手繋いでいちゃついてんだよ、ぶん殴られたいのか?」


 不良の男のひとりがハルに向けて、そんな理不尽なことを言った。


 刺激しないようにハルがゆっくり手の力を抜いて離そうとしたが途中でやめた。そのことで言いなりになるのはハルの癪に障った。


「あなた達も試合に参加するんですか?」


 しかしハルは怒りを全く表に出さずに、話題を変えて五人に語りかけた。


「おい、無視すんな彼女から手を離せや…!」ひとりは妙にガルナのことに執着してたが、五人の不良たちのうちのひとりがハルの質問に答えてくれた。


「ああ、そうだ、そうじゃなければこんなとこにいねえよ」


「うちのガルナが参加するんでよろしくお願いしますね」


「はぁ?お前は参加しないのか?」


「ええ、今日は彼女のこと応援しにきただけなんで」


 穏やかな笑顔でハルは答えた。


「とんだ腰抜け野郎だな、お前…」


 さんざんな言われようだったが、見に来ただけなのは事実だったのでそう言われても仕方がなかった。


 それにハルはどんなに悪態をつかれても職業柄慣れているということがあった。最強の剣聖とは尊敬され賞賛を浴びる分、それと反対にハルを危険視する人や国から多くの非難や罵倒も飛んでくるというものだった。


「すみませんそろそろ失礼しますね…」


 相手の呆れた顔を見たところで、ハルはチャンスだと思い一言告げて、その場をガルナと一緒に後にしようとした時だった。


「おい、待てや、お前試合に出ないってどういうことだよ!?」


 不良の中のひとりがものすごい剣幕で怒鳴った。彼はさっきガルナに執着していた男だった。


「おいおい、もういいじゃねえかこんな腰抜け放っておこうぜ、俺らが関わるほどじゃなかったんだよ、それに参加する女の方もただの素人ってわけじゃなさそうだ」


 不良のひとりが執着する仲間の男をなだめるように言った。


「気に食わねえんだよ?こんな軟弱な奴が彼女みたいないい女連れてるのがよぉ!おい、お前今ここで俺と決闘しろ決闘!」


 執着している男が剣を抜こうとすると仲間の男がそれを慌てて止めた。


「無茶いうな相手は剣も持ってないんだぞ?」


「うるせえだったら拳でもいいからかってこい!」


 執着する男はすっかり興奮して仲間の声もろくに聞こえない様子だった。


 ハルもどうしたものかと思い悩んでいると、隣でずっと黙っていたガルナが口を開いた。


「なあ、ハル、私は早く観客席に行ってハルと一緒に試合が見たんだが?ダメか?」


 まるで最初から不良たちが眼中に入ってないようにガルナは話し始めた。


「ごめんガルナもう少し待っててくれないか?あと少しだけ、いいかな…?」


「うん、分かった」


 ガルナは握ってるハルの手を軽く前後に振り始めて再びおとなしく待ち始めた。その間彼女の視線はハルに釘付けだった。


「………」


 ガルナに執着していた男は、二人のやり取りを見て我慢できずに、ハルに殴りかかってきた。


「てめえ!俺をコケにするのもたいがいにしろよ!!」


「うええ!?」


 突然の急展開にハルは変な奇声を上げてしまった。

 ハルに、八つ当たりしてきたのは当然と言えば当然だった。ガルナに執着する以上男の怒りの矛先はハルにしか向かない。


『傷つけるわけにはいかないから天性魔法で少し不思議な体験をしてもらうか…』


 ハルは迫ってくる彼に自分の天性魔法を使おうとした。



 その時だった。



「ああ!師匠見てください!あんなところに美人の獣人族の女性がいますよ!!」


 そう叫ぶ男がひとり、この揉め事の中に割り込んで来た。


 割り込んで来た男の見た目は純粋な獣人族の青年で、彼の腕、脚にはちゃんと獣人族特有の被毛があり、綺麗な金色の毛並みが輝いているのが見て取れた。ハルより少し低いぐらいの高身長でガタイがよく、ハルも鍛えていたがそれよりも圧倒的に彼の方が研ぎ澄まされた筋肉をしており美しかった。

 さらにその獣人族の男の顔立ちはかなり整っており女性ならばすぐに虜になってしまうような甘いマスクの持ち主だった。そんな彼の金髪の髪の奥では暗い黄色い瞳が怪しく輝きガルナを捉えていた。


「おい、ジェレド迷惑かかるだろ、戻ってこい、面倒ごとを増やすんじゃないぞ…」


 そう言って獣人族の後ろから現れたのは、くすんだ金髪のさえない三十代くらいのおっさんだった。気怠そうな雰囲気を常時纏っているそのおっさんは、獣人族の男をジェレドと呼んでいた。


「師匠でもこの子、獣人族のハーフですよ、ちゃんと獣人族の特性が出てる子なんて滅多にいません、見てください耳もフサフサそして尻尾もあります!すごい可愛い!」


 ジェレドという青年は獣人族にはもちろんある金色の尻尾を左右に大きく振って耳をパタパタと動かしていた。

 それを見たハルは、ガルナが喜んでるときと一緒だなと思った。


「おいおい、お前ら途中から割り込んで来て…」


 ガルナに執着していた不良の男はそこでジェレドという男に睨まれると一瞬凍りついた様に動けなくなった。


「君たちは誰?このこの知り合い?」


 ジェレドが不良たちに尋ねた。彼は笑顔だったがその笑顔からは何か威圧的なものを感じた。


「い、いま、知り合ったばっかりだがお前らこそ誰なんだよ?」


 少し震えた声で不良は返していた。


 ハルは不良の言うことももっともだと思った。『誰なんだこの二人は?』それが率直な感想だった。


「俺はこの闘技場に参加しに来た参加者さ、君たち彼女にしつこく関わっていたようだがな…!」


 不良たちとジェレドが言い争いをしている横で、くすんだ金髪の男がハルに声をかけた。


「ここはあいつに任せていってください」


「え、でも…」


「いいんですよ、あいつに関わると長いし面倒ですよ。そんなことに彼女さんとの二人の大切な時間無駄にするのはもったいないです」


「しかし…」


 ハルは申し訳なさでいっぱいになった。確かに見たところあの獣人族の青年が、不良たちに負けるわけがないことをハルは一目でわかった。だが自分たちが蒔いた種をこの二人に処理してもらう理由もなかった。


「ハルさん、任せてください、俺たちはあなたに借りがある、救ってもらった大きな借りが…」


 気怠そうに言う彼だったが言葉にはしっかり温かみがあり、心がこもっていた。


「なんで俺の名前を!?」


 くすんだ金髪の男の口からまだ教えてもない自分の名前が飛び出てきてハルは驚いた。しかし、答えは単純だった。


「ハハ、簡単ことですよ、レイドの英雄、元剣聖、四大神獣白虎の討伐者、あなた超有名人じゃないですか?」


 くすんだ金髪の男はぎこちない笑顔を向けた。その笑顔はほんとに笑い慣れていない者の笑顔だった。



 それから、ハルとガルナはくすんだ金髪の男に礼を言って頭を下げると、不良たちと、ジェレドという獣人族の男に、気づかれないようにそっとその場を後にした。



























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