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解放祭 救われた人

 一等エリアには、レイド王国とアスラ帝国の特殊部隊の人たちが貸し切っている宿があった。名前をレッドブレスといい、ブルーブレスという宿の近場に立っている三階建ての館であった。

 そのレッドブレスにギゼラは、任務を終えて馬車で帰投している最中だった。

 任務の内容はハル・シアード・レイという男の監視だった。ハルという男はイルシーという組織の暗殺者の暗殺対象になっている人物だが、彼を監視する目的はこの暗殺者を捉えることではなかった。

 真の目的はその暗殺者を暗殺するであろうドミナスという組織の暗殺者の発見というおとり捜査だった。

 しかし、いざその任務が始まると当たり前だが受け身の姿勢がほとんどであった。ドミナスの人間にばれないように祭りの一般客を装っていたが、実際に暇すぎたのでついつい祭りを本気で楽しんでしまう場面も何回かあった。

 その結果、今乗っている馬車の中にはシリウスという服屋で買ったおしゃれで可愛い服があったりした。が、これは監視の対象のハルたちが入った店であったため決して監視を投げ出したわけではないのだ。


『今日は任務というよりはルナ先輩とのデートでしたな…』


 目の前には上司のルナ・ホーテン・イグニカという優秀で可愛い可愛い頼れる先輩がいた。

 彼女は窓から外の景色を眺めていた。夕日に照らされる彼女の横顔は可憐でどこかはかなさを感じた。

 そのはかなさは、見た人の庇護欲を刺激するほど彼女をもろくみせるのだった。

 女性のギゼラから見てもそう思うのだから、彼女の魅力は相当なものだった。


『ルナさんにはどうにか報われて欲しいんだよな…』


 ギゼラは監視対象のハル・シアード・レイのことを考える。歴代最強の剣聖にしてレイドの英雄、そして四大神獣の討伐者、聞いただけでどれだけ次元が離れているかわかるし、どれだけ光を浴びてきたかもわかる。


『うーん、そう考えるとルナさんは闇を浴びすぎているんだよな、でも、だからこそ私は結ばれて欲しんだけど』


 ギゼラは盗み見るようにルナを見た。変わらず窓の外を眺める彼女は息を飲むほどの美しさなのだ。


『美人で、特名持ちで、初代剣聖の子孫で、闇からレイドを支えてる人…』


 英雄に恋するなら絶対に叶わないと誰もがバカにするかもしれない。しかし、ルナも闇に染まっているという点を除けば容姿がよく十分身分が高く、貴族の社交場である舞踏会などなら異性から引っ張りだこなほどだろうと思う。実際に舞踏会などに正式な招待客として、ルナが出たところをギゼラは見たことはなかったがそうだと確信できるのだった。


『王様はハルさんを裏社会の闇と関わらせたくないって言ってたけど、だったら普通の女の子としてはどうだろう…正体がバレなければいいんじゃないか?』


 考えの軽いギゼラはそんなことを考えるが、彼女も超えてはいけないラインはわきまえていた。

 所属している特殊部隊のインフェルは、レイドの正規軍とはほとんど独立した部隊であり、インフェルの情報もほとんど遮断されている、それはもちろん国の裏の仕事をするためには必要なことだった。そのため、国を救う大きなことを成し遂げても人々からの賞賛も無ければ、組織の事情で功績が誰かにすり替えられたりと報われないことが多かった。

 そんな組織に幼いころから所属しているルナという女性には報われて欲しかったのだ。


『ルナさんには辛いことが多すぎるんだ、せめていい旦那さんぐらいいてもいいんじゃないか…?』


 ひたすら闇で生きてきたルナのことを考えていると馬車が止まった。どうやら自分たちの泊まる宿のレッドブレスの館についたようだった。


「ルナさん荷物持ちますよ」


「ほんと、ありがとう」


 二人は馬車を下りるとレッドブレスの館の中に入っていった。


「何か変わったことは無かった?」


 エントランスにつくとルナがカウンターにいた他の部下に話しかけていた。レッドブレスの宿の中は、全員インフェルとアスラ帝国の特殊部隊のグレイシアの人間で構成されているため、ルナにとっては宿の中にいる人物全員が部下だった。


「昼頃に二人、ブルーブレスの方に訪問者がありました」


「誰だったの?」


「レイドの補給部隊隊長のリーナ・シェーンハイトと、同じく補給部隊副隊長のニュア・テンシルでした」


「そうか、じゃあ問題なしだな、サムとリオは帰って来てるかな?」


「はい、少し前に見張りの交代のために帰還してます。自室にいると言っていました」


「ありがとう」


 ルナは部下との話し合いを終えると、荷物を抱えて部屋に運ぼうとしていたギゼラを呼び止めた。


「ギゼラ、ちょっといい?」


「はい、なんですかルナさん?」


 階段の前でギゼラが止まりカウンターにいるルナの方を見た。


「サムとリオを食堂に呼んできて欲しいんだ」


「分かりました、この荷物置いてきたらすぐ呼んできますね」


 ギゼラが今日買ったものを三階にある自分の部屋とルナの部屋に置くと、同じ三階のフロアにあるサムとリオの部屋を訪ねて二人を一階の食堂に呼んだ。

 三人で階段を下りている最中にギゼラは二人に質問した。


「そちらは何か動きはありましたか?」


 サムとリオの任務はイルシーの暗殺者を監視することだった。イルシーの暗殺者はハル・シアード・レイを暗殺しようとしているため、厳重な注意が必要だった。


「何もなかったよ、あいつらずっと建物の中にいて、女の方が食料を買うのに外に出るくらいで他に変化は何も無し、だからルナさんに報告するようなこともないんだよな」


 女とはイルシーの暗殺者のティセア・マルガレーテのことを言っていた。イルシーの暗殺者の顔も居場所も人数もすでに分かっていた。

 暗殺者の人数は二人、クレマン・ダルメートという男と、ティセア・マルガレーテという女性、どちらも若く、二十歳前後であった。場所は三等エリアの宿を借りており、二人とも同じ宿の別々の部屋を借りていた。そのため、監視も楽であり、リオにとっては退屈だったといった様子だった。


「ギゼラの方はどうだったんだ?」


「こっちは楽しかったですよ、たくさん出店を回りました」


 ギゼラはお得意のへらへらした顔を披露する。


「おいおい、しっかり見張ってたんだろうな、一応、ハルさんは暗殺の対象になってるんだぞ?」


 イルシーが送った暗殺者は把握していたが、他に暗殺者がもういないと決めつけるのは愚かな考えだった。


「まあ、そうなんですけど、ハルさん、キャミル王女といたんで、守りがすっごい堅かったんですよ、周りに王族直属の護衛がぞろぞろって、正直、あの中で暗殺はほぼ不可能でしたよ」


「それでもだよ、何が起こるか分からないだろ?常に警戒を怠らないことは大事だろ?」


 リオがもっともなことを言った。


「大丈夫ですよ、ルナさんが常に熱い視線をハルさんに送ってましたからね!」


 ギゼラがニッコリ笑う。


「ああ、はいはい、そうですか…」


 リオも別にギゼラが不真面目にやっているとは思っていなかった。彼女も裏社会を生きてきたであろう人間であり、実力があることも知っていた。そうじゃなければ隊長とツーマンセルを任せられるわけがなかった。つまり、他の人たちよりはこんなんでも優秀なのだ。


 ギゼラ、サム、リオ、が食堂に着くと窓際のテーブルの椅子に、ルナが座っていた。


「ルナさん、お待たせしました」


「あ、リオにサム待ってた」


 サムとリオがルナのいるテーブルの空いてる椅子に座った。


「ギゼラ、ありがと二人を呼んできてくれて」


「いいんですよ、それより、今日の夕食は何ですか?」



 それから、四人が今日の出来事を報告し合っていると、料理が運ばれてきた。食事の間も情報交換を続けていた。しかし、報告も終わると酒も入りただの会食に切り替わっていた。

 会話の内容もドミナスやイルシーなどの任務の話しから、他愛もない雑談にすり替わっていた。


「サムさんはいつからこのグレイシアにいるんですか?特名をもらうなんて相当ですよね?」


 ギゼラが赤くなった顔をサムに向けて尋ねた。


「俺ですか?俺は小さいころからグレイシアにいましたね。家系がずっと裏組織に属してきたので俺も受け継いだって感じですかね…」


「じゃあ、ルナさんとほとんど一緒ですね」


 ギゼラがそう言うとリオがそのことに反応した。


「ルナさんも小さいころから裏組織に属してたんですか?」


 興味深そうにリオがルナの顔を覗いた。そこにはギゼラと同様に酒で顔を赤く染めたルナの姿があった。


「ええ、そうですよ小さいころから人をばらすことばかり教えられてきました…フフ、私ほんとはすっごく怖い人なんですよ!えへへ…」


 少しぐったりしてふらふらしているルナの表情は可憐だったが、口にしていることは物騒極まりなかった。


「でも、ルナさんって、その…可愛くて魅力的ですよね、なんていうか守ってあげたくなりますよ」


「うへへ、リオ、嬉しいことを言ってくれるね」


「ああ!リオ!ルナさんを口説くな生意気だぞ!」


 ギゼラがリオをギロリと睨んだ。


「ルナさんにはな、ハルさんという立派な愛する人がいるんだぞ!」


 彼女は続けて言った。


「いや、知ってるけど、でも、まだ知り合いでもなんでもないんじゃ…」


 ドサッ!


 その言葉を聞くとルナはいきなりテーブルに突っ伏した。飲酒による睡魔ではなく完全に精神的なダメージだった。


「ほら、リオ、謝ってください、ルナさんのこと傷ついちゃいましたよ」


 サムが愉快に微笑みながら言った。


「す、すみません、ルナさんこれからですよね?」


 リオも慌ててルナに謝った。すると、ギゼラが突然立ちあがって叫んだ。


「何がこれからだ!ルナさんはもう五年も片思いしてるんだぞ!これから発展することなんかあるかぁぁ!」


 ドサササッ!!


 ルナは地面に倒れ込んで動かなくなった。


「ギゼラ、お前はどうしたいんだよ…」


 彼女のでたらめ具合にリオも困惑していた。


「私はルナさんに飴と鞭をですね…」などとギゼラが言ってる間にルナは椅子に座り直して戻ってきたが、再び力の抜けた身体を倒してテーブルに突っ伏した。


「でもルナさんはどうしてそんなにハルさんのことが好きなんですか?」


 リオは理由が聞きたかった単純にそこまでほれ込んでしまう理由が、確かに英雄などと聞くとみんなに愛される存在だが、クールな女性をこうも狂わせてしまうには何かきっかけがあると思ったのだ。

 ルナは顔を上げてグラスにワインを注ぐと一気に飲み干した。そして、少し俯いて口を開いた。


「救われた…死ぬ直前にハルさんに救われたの……」


「へえー、それはいつですか?」


「ギゼラが言ってたように五年前、レイドの王都で」


「ああ、五年前って一回目の神獣レイドの王都襲撃があった年ですよね?」


「そう、その時、私もひとりで戦ってたんだけど、神獣に殺されそうになったの、とっても怖かった…人なんかとは比にならないくらい…」


「なるほど、そこで助けられて恋に落ちたわけですね…」


「う、うん…」


 あらためて言われるとなんだか恥ずかしくなって顔をさらに赤く染めていたルナだった。が、彼女にとって五年前に起きた出来事は彼女自身の中で軽いものではなかった。


 神獣に対峙して殺されそうになった時、実際にルナは全てをあきらめていた。人を殺し続けた自分の最後は神の天罰である神獣に殺されるのならそれでいいと、それが運命だと。しかし、ハルが現れ、自分の闇にまみれた人生に光が差してくれた。こんな自分でも助けてくれるのかと他者の血にまみれたこんな自分を救ってくれるのかと。

 だから、ルナにとってまさにハルは救世主で神だった。神書に出てくる神などその時からただの偽物だった。それよりも目の前で奇跡を起こしてくれた彼こそがルナにとっての救世主であり神なのだ。


 しかし、それでもちゃんと彼が人間だということも知っている。助けられたときに向けられた優しい笑顔はただの青年の笑顔であり、その時の笑顔は今でも忘れられなかった。


 誰にもわからない自分だけの感覚。それを恋に落ちたと言われればそうなのだろうと思うのだが、ルナはこの思いを愛と言いたかった。一方的な愛、そして、それはどこか信仰じみていると思ってしまう部分もあったが…。


「でも、ルナさんやっぱりハルさんは少し難しいんじゃないんですか?俺なんてどうですかあなたをそばで守れますよ!」


「あ、てめえやっぱり口説いてるな!」


 ギゼラが憤りをあらわにしながら叫んだが、本気というよりは、酔いによる勢いみたいなところがあった。


「だってこんな美人さん放っておいたらもったいねぇよ」


「確かに分かる!だが、リオ、じゃ残念ながら身分が足りないぜ!」


「ぐ、確かに…」


 ギゼラとリオが言い合っているのをルナとサムは静かに笑っていた。


「そうか、でもルナさんの気持ちわかるな、死にそうなときに助けてくれる人ってほんとに素敵だよね」


 サムが酒を飲みながらニコニコして言った。


「サムさんも誰かに助けてもらったことあるんですか?」


 ルナが真正面にいるサムに言った。


「あるよ、僕の場合は帝国の第一剣聖のシエルさんだね」


「あの氷姫ですね、へえー」


「二人は無いの?救われたこと」


 サムが言い争っているギゼラとリオに尋ねた。

 すると、ギゼラはルナと言い、リオはサムというと四人は一瞬静かになった後、一斉に笑い合っていた。



 夜が訪れると四人は食堂を出てそれぞれ自室に帰っていった。

 身支度を整えてあとは寝るだけになったルナは自分の部屋のベランダに出て少しだけ涼むことにした。

 目の前には相変わらずブルーブレスの宿があった。


「明日も会えるんだよな…」


 夜風がルナの頬を優しく撫でる。


「フフッ…」


 ルナは部屋に戻るとすぐにベットに入っていい夢を見た。













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