解放祭 待ち人
ハルたちの泊まっている館であるブルーブレスのエントランスには二人の女性がいた。
そのうちのひとりがハルたちに声をかけてきていた。彼女は黒髪ショートの背の高い女性で、レイドの補給部隊隊長のリーナ・シェーンハイトだった。
「リーナさんどうしてここに!?」
軍にいるリーナだから、ハルたちの宿を知っていてもありえないことではなかったが、いざ突然目の前にいると驚くものだった。
「ここにハル団長たちが泊まってると軍の者から聞いたので、会えないかなと思って待ってたんです」
いつもは鋭い目つきのリーナだったが、今の彼女にはその鋭利さは全くなく穏やかな表情で嬉しそうに微笑んでいた。
「リーナ!」
ライキルがリーナの胸に飛び込んでいく、久しぶりの友人との再会を喜ぶ。
「ライキル、久しぶりだね、無事でよかった…」
「はい、ハルが守ってくれましたみんなを」
「そっか…」
ライキルを抱きしめているリーナの顔が上がってハルの顔を見た。彼は不器用に小さい笑顔を見せた。
「ライキル、ニュアも来てるんだ後ろにいる。会ってくれないか、彼女もずっと君を心配してた」
「あ、ほんとです!」
後ろの方でおとなしくたたずんでいる、もう一人の可愛らしい女の子が、小さく手を振っていた。
リーナの体を離れるとライキルは、ニュアと呼ばれた女の子の方に走っていった。
「みんなほんとに無事でよかった、ビナさん、ガルナさんまたこうしてお会いできて嬉しいです」
最初にリーナは二人に言葉を投げかけた。
「は、はい、私も嬉しいです!」
「リーナだよな、覚えてる、覚えてる私も会えて嬉しいぞ!」
二人の返答にリーナはニッコリと笑うと、ハルの方を向いた。
「ハル、本当にみんなを守ってくれてありがとう、私は大切な人たちを失わずにすんだよ…」
「はい、でも、俺……」
霧の森でのことをハルは思いだす。あそこで自分の首を斬り落としていれば確実に魔法陣から出てきた謎の巨大な白虎にみんなは殺されていた。そう言った意味ではハルはみんなを殺してしまうところだった。だからリーナのその言葉は少し胸が痛かった。
「………」
「どうしたんですか、ハル?」
「いえ、なんでもないです。俺もみんなを守り切れてほんとに良かったです」
「ええ、ほんとに素晴らしいことです」
暗い感情は表に出さなかった。今はただここにいれることを喜べばよかった。感謝されたら素直にどういたしましてと言えば良かった。それはエウスが言っていた通り今は祭りの真っ最中、限られたこの幸福な時間を暗い気持ちで無駄にするのはもったいなかった。
暗い話は時と場所と人を選ばなければならない、ハルはそう思うのだった。
そこにライキルとニュアと言われる女性が、ハルたちのもとに歩いてくるとニュアと呼ばれた女性は挨拶をした。
「ハルさん、お久しぶりです!」
薄い灰色のふわふわした肩まで伸びた髪を揺らしたニュアが頭を下げた。
「久しぶり、ニュア元気にしてた?」
「はい、私は変わらずに、あ、そのハルさん白虎討伐おめでとうございます…その、すごすぎてなんと賛辞の言葉を述べたらいいか…考えてもいい言葉が見つからなくて…」
「ハハハ!いいよ、でも、ありがとねそう思ってくれただけで嬉しいよ」
ハルは穏やかに微笑んで言った。ニュアもその言葉で安心してニッコリ笑っていた。
軽い挨拶をニュアと交わした後、ビナとガルナに彼女のことを紹介した。
「リーナさんと同じ補給部隊に所属する副隊長のニュア・テンシルです。以後よろしくお願いします!」
ニュアがビシッと起立して言った。控えめでおとなしそうな雰囲気が漂う彼女だが、しぐさや口調は以外にもはきはきしていた。
ビナとガルナとも握手を交わし挨拶を終えると彼女はライキルのもとに戻っていった。
「ハル団長、エウスが見当たらなんだが一緒じゃないのか?」
「ああ、エウスならキャミルを特等エリアに送りにいったよ」
「キャミル様ですか?」
「今日、一緒に祭りを回ってたんだ」
「なるほど、そうでしたか」
キャミルとハルたちが仲がいいことはリーナももちろん知っていた。その縁で彼女もキャミルとは面識があった。
「ハル、ちょっといいですか?」
ハルたちがリーナと話していると、ライキルがみんなから少し離れた場所でハルを呼んでいた。
「どうしたの?」
「その、明日、ニュアたちとお祭りを回りたいんですがいいですか?えっと、二人はすぐに帰らなきゃいけないらしくて…」
「そうなんだ、分かった。大丈夫だよガルナの方は俺一人で行くよ」
そこでライキルはちょっと寂しそうな顔をした。
「ごめんなさい、お願いします」
「いいよ、任せて」
ハルたちとも祭りを回りたかったが、ニュアとリーナともお祭りを回りたかった。その気持ちはどちらも同じぐらいあった。一緒に回ろうと提案しようともしたが、それでは闘技場を楽しみにしていたガルナに退屈な思いをさせてしまうし、闘技場ばかりだとニュアやリーナに気を遣わせて退屈させてしまうことになると思い、結局今回は別々に行動するのがベストだという結論に至っていた。
ライキルはハルの顔を見つめる。
「あ、あの…」
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです…」
ライキルはこの祭りの中でハルと二人だけで回りたいとも考えていたが、この時はどうしてもその誘いの言葉を出す勇気がなかった。
「戻りましょう、ハル!」
微笑むライキルだったが少しだけ自分に落ち込み、先にみんなの元に戻っていった。
それから、日が完全に落ち切る前に、館の食堂でニュアとリーナも交えて食事をとった。
しばらくすると、キャミルを無事に送り届けたエウスが館に戻ってきた。彼もリーナとニュアがいることに驚いていた。
食事の最中は相変わらず賑やかな時間が続いた。酒が入るとその賑やかさは勢いが増した。
酒に酔ったニュアはライキルに猛烈にアタックしていた。彼女もリーナ同様、ライキルのファンであり、食事中ずっとライキルにべったりだった。
食事が終わりすっかり辺りが暗くなると、リーナとニュアは自分たちの一等エリアの宿に一旦帰ることになった。二人を見送るためにハルたちは館の外に出ていた。
「それではライキル様、明日迎えにきましゅね!」
すっかり酔っぱらったニュアがリーナに支えられながら言った。
「フフ、酔いすぎですよ、ニュアでも明日楽しみにしてますね」
そういうライキルだったがハルの腕にがっしりつかまって彼女も相当酔っていた。
「それでは失礼します、みなさんおやすみなさい」
リーナが言うとニュアと一緒に、ブルーブレスが出してくれた馬車に乗り込んだ。二人を乗せた馬車はすぐに出発した。
馬車を見送ったあと、ハルたちも明日に備えて早く眠りにつくために館の中に戻っていった。
ハルたちの二日目の解放祭の幕が閉じていった。