解放祭 祭りで服屋?
広場で演劇を見終わったハルたちは、その余韻に浸りながら三等エリアの残りの大通りを歩いていた。
相変わらず人が途切れない賑やかな大通りで、ハルたちは再び出店を見て回って祭りを楽しんでいた。
「あれ見てください、あそこのお店!」
突然何かに気づいたライキルがある建物の方を指さした。
「なにか見つけた?」
ハルが指さされた方向を見ると、そこには【シリウス】と書かれた看板があった。
「あ、シリウスってあの服屋のお店ですよね!」
「へー、この祭りに店を出してたんだな知らなかった」
ビナとエウスも行ったことのあるお店に親近感が湧いていた。
「服屋か、この祭りなんでもあるのね…」
キャミルが意外そうに言った。
「それより、行ってみませんか?シロンさんにも挨拶してなかったですし」
「シロンさんがいるかはわからないぞ、あの人シリウスの支配人だから従業員に任せてるかもしれない」
ライキルの発言に、エウスが商人という視点から助言していると。
「待って、待って、シロンって誰なの?」
キャミルが自分だけ知らない人物がいるのがなんだか嫌で二人の会話を遮って質問した。
「シロンさんは、パースの街で大きな服屋を開いてる人なんだ。一度お店にお邪魔した時に知り合ったんだ」
「ふーん、そうなんだ、なんかいいねそういうの…」
ハルの説明にキャミルはすねた感じで答えた。
「ハハ、大丈夫だよ、もしお店にいたらキャミルにも紹介するよ」
ハルたちはシリウスと書かれた看板の建物の目の前に来た。シリウスの建物だけ周りの建物とはつくりが違った。他の建物は似たようなものばっかりなのに対して、シリウスの建物だけパースの街にあった建物と同じようなつくりをしていた。
目の前にあるシリウスの建物は一回り小さかったがそれでも周りのどの建物より立派だった。
建物の中に入ると内装も似たようなつくりであり、服の森が広がっていた。さらには二階までしっかりあった。
「あ、いますよシロンさんが、シロンさん!」
ライキルがカウンターにいたルフシロンに声をかけるとすぐに気づいてこちらに歩いて来た。
「おや、おや、これはこれは、皆さんお揃いでお久しぶりですね」
ルフシロンの穏やかで紳士的な態度が辺りの空気を一瞬で包み込んだ。エルフという種族もあり歳は全く読めない彼だったが、しぐさや動作から普通の人族よりは歳をとっていることは分かった。
「皆さんのご活躍は聞いております、ご無事でほんとに良かったです」
「ありがとうございます、シロンさんもお元気そうで」
軽い挨拶をハルが終えるとキャミルのことを彼に紹介した。
「キャミルです、その…」
キャミルは周りに自分たち以外誰もいないか確認した。それは本名を聞かれないかの注意のためだったが。
「あなた様のことは存じておりますよ、王女様」
ルフシロンがきょろきょろしているキャミルに優しく笑いかけた。
「そ、そうなの、でもなんで?」
「ええ、顔を見ればキャミル様だとすぐに分かります。王城に服を送る際に何度かキャミル様を見かけていたので」
「うちと関わりがあったの?」
「はい、キャミル様のドレスなどは私たちが作らせていただいたことが何度もあるんですよ」
「そうだったのね、ハル、私、シロンさんと知り合いだったわ」
「え、それは知り合いといえるの?」
どや顔のキャミルにハルは疑問を示すと後ろでエウスが「いや、それは知り合いじゃねえよ」と冷静につっこんでいた。
「改めて私は【ルフシロン・アイオラート】と申します。キャミル様、もしよければシロンとお呼びください。親しくして頂いている皆様にはそう呼んでいただいてます」
「わかったわ、じゃあ私のこともキャミルって呼んで」
「はい、かしこまりました、キャミル」
「むふふ」
シロンの素直な呼び方にキャミルは満足した。キャミルを王女と知る人は無礼を恐れて遠慮をしたりするのだが、シロンには全くその気配がなくキャミルにとっては好印象だった。
「さあ、皆様どうですか、服でも見ていきませんか?お祭りに合わせて新しい素敵な服を用意してますよ」
「さすがは商売人抜け目がないね」
エウスはシロンの商売人としての姿勢に感心していた。
ハルたちは店内を見て回り始めた。
以前貸し切った状態のお店の中の静かで落ち着いた雰囲気とは違い、他の客もたくさんおり、賑やかな店内だったのは新鮮だった。
それからみんなは服を選び合ったり、着せ替えをしたりして、服屋シリウスで充実した時間を過ごした。女性たちはみんな服に夢中でエウスはキャミルと一緒に回っていた。
ガルナが服に興味なさそうにボケっと店の窓の外を眺めているのと、ハルも特に今買いたい服が無かったため、二階から服の森を見下ろして、みんなが楽しそうに服を選んでいるのを眺めていた。
「ハル、そろそろ帰りますよ」
みんなの買い物が終ったのか、一階にいたライキルに呼びに来てくれた。
「分かった、すぐ行くよ」
ライキルに返事をするとハルも一階に下りて服の森の中を歩いた。色とりどりの服が木製の柱に飾られており、まさに辺りは服の森と言うにふさわしかった。
「これ絶対に似合いますって、なんなら買ってあげます」
「いいよ、それに私はもっと暗めのものがいいんだけど…」
「たまには可愛い系もいいじゃないですか」
仲のよさそうな二人の女性のお客さんを通り過ぎて、ハルは服の森の中を抜けた。その先で買い物を終えたみんなが出口の前で待っていた。
ハルがみんなに合流するとルフシロンが別れの挨拶を告げた。
「皆さま、どうか今後もシリウスをよろしくお願いします」
「今度はまた本店の方にお邪魔させてもらいます」
「はい、楽しみにお待ちしております」
深くお辞儀をしたルフシロンに、ハルたちも別れの挨拶を告げ、店を後にした。
外に出るとすっかり辺りは夕焼けの空が広がっていた。今日、祭りで買ったものをみんな手にたくさん持って帰路についていた。
大通りを抜けると再び三等エリアと二等エリアの間にある場所に出た。その近くには巨大な円形状の建物があり、今いる場所が祭りの中央辺りだということが分かった。
ハルたちは一等エリアにある自分たちの宿のブルーブレスまで帰るために馬車を探しつつ歩いていた。
「やっぱり、今日、一日じゃ、全部は回りきれませんでしたね」
ビナが少し肩を落として言った。終わっていく今日という一日が名残惜しかった。
「そうね、でもまだまだ祭りは続くから大丈夫よ!」
キャミルがビナに肩を軽くぶつけて言った。ビナもすっかり彼女に気を許しており、落ち込んだ気分はどこかにいってしまったかのように、彼女もキャミルに肩をぶつけ返してお互い笑い合っていた。
「明日はみんなどこに行くのかな?」
ハルがみんなに尋ねた。
「明日は自由行動だから、みんなそれぞれお好きにどうぞって感じかな、個人で行きたい場所もあるだろうからな」
エウスが言った。これは以前から決まっていたことだった。最初はみんなで回って、後は個人の自由で好きな人などと、みんなそれぞれプライベートがあるだろうとの配慮だった。
「私は予定通り明日は家族とこの祭りを回ります」
「私は闘技場に行くぞ!!血を求めて!」
「私は決めてませんね…」
「ふむ、私は明日エウスと祭りを回るからこの男は借りるわね」
キャミルはエウスの腕を掴んで言った。
「そうなのか?」
エウスが突然のことに驚きを示しつつ言った。予想外だったようだ。
「今、決めたわ!」
「だそうです、ハルさん」
気取った様子を装っていたエウスだったが内心はかなり嬉しそうだった。
「そっかじゃあ、ライキル、明日一緒にガルナの闘技場に付き添わない?」
「もちろん、いいですよ!」
「ほんと!二人とも来てくれるのか、嬉し!」
明日の予定を話し合っていると、ちょうど空いている馬車があったのでそれに乗り込み、一等エリアの宿に帰宅した。
「みんなは先に戻っててくれ俺はキャミルを送ってくから」
ブルーブレスの館の前に着くと、そこでエウスがキャミルを送るために他のみんなだけを先に降ろした。再び馬車を出発させて、エウスとキャミルの二人だけで特等エリアに向かっていった。
そして、宿についたハルたちが、ブルーブレスの館のエントランスに入った時だった。
「みんな待ってましたよ!!」
ハルたちに呼びかける人がいた。
エントランスには待ち人がいたのだった。