魔獣
ハルは悪夢を見た。
最初は、どこか懐かしく感じる森の中にハルは立っていた。
森の中を進んでいくと、開けた場所にでる。
そこには、小さな木造の家があり、その周りには多くの花壇があって、白い花が咲き乱れていた。
花壇で、ハルの知らない女性が、花に水を上げている。
彼女が、ハルに気づくと大きく手を振っている。
彼女が近づいてくるが、彼女の顔には、もやがかかっており、その素顔を見ることができなかった。
彼女に手を握られて、引っ張られながら、小さな家に招待される。
その途中で夢は、姿を変えた。
辺りは、真っ暗で、血の匂いがした。
そこで、聞いたことのある嫌な声が聞こえてきた。
『お前の命の針を進めろ』
その声は、人の心に直接、恐怖を植え付けるような声だった。
この声は、パーティーで聞いた声だ。
ハルは目が覚める。
*** *** ***
ライキルは、預けていた武器庫から持ってきた、ハルの刀を抱えて、まだ起きてこない、ハルの寝室に向かっていた。
ライキルがハルの部屋の前に来ると、部屋のドアをノックした。
その返事はなかった。
まだ寝ているのかと思ったライキルがドアを開けると。
窓辺で風に当たっているハルの姿があった。
「起きていたのですね」
「ああ、すまない、どうした」
「そろそろ、出発するとエウスが」
「そうか、もうそんな時間か、準備をするよ」
ライキルが寝巻のハルの姿を見つめる。
「また、見たのですか?」
その言葉にハルの動きが一瞬止まる。
「ん?ああ、でも今回はそんなにひどくはないから大丈夫だ」
ライキルのその観察眼の鋭さに、驚きつつもハルは平気を装った。
「先に行って、待っていてくれ、直ぐ支度する」
「分かりました、ハル」
ライキルは刀を抱えて、部屋の外に出る。振り向いて、この部屋にいるハルの心配をしたが、直ぐにビスラ砦の外に足を向けた。
ハルが急いで支度をして、砦の外に出ると、気持ちのいい日照りのもとに、みんなが準備を整えて待っていた。
馬を引き連れた兵士たちに、荷馬車の最終チェックしているビナ、ライキルもエウスの隣にいた。
レイゼン卿の姿もそこにあり、その隣にはアハテル、グレース、ハザーナも見送りのために来てくれていた。
「ハル、遅かったな」
「すまない、寝坊した」
そこにビナがやってきて、ハルに報告する。
「ハル団長、準備完了しました」
「ありがとう、ビナ」
レイゼン卿が、一歩踏み出して、ハルと握手しながら告げる。
「ハル剣聖、君の旅の無事を祈るよ、また必ず私たちの前に来ておくれ、歓迎するよ」
「はい、必ず」
ハルも力ずよく答えた。
アハテルはエウスと握手しながら言う。
「どうか、ご無事でエウスさん」
「はい、あなたの言葉忘れません」
「大丈夫、全てうまくいくわ」
アハテルは嬉しそうにほほ笑んだ。
ライキルもビナもグレースとハザーナと別れの挨拶を交わしていた。
ハル達は馬に乗り別れを告げる。
「ありがとうございました」
「また来いよ」
姿が見えなくなるまで、アルストロメリア家の人たちは手を振ってくれていた。
ハルたちは、貿易の中心都市パースにある古城アイビーに向けて部隊を進めた。
何日もかけて、国が整備した【王道】と呼ばれる道幅がとても広い街道を進んでいく。
途中小さな町を何個か通り過ぎ、平原、小さな森林、綺麗な水が流れる川を通り抜けていった。
夜になると、開けた場所に簡易的なテントを張って、野宿をする。夜は交代で見張りを立てた。
朝は早くに目覚め、食事は保存食を食べるか、狩猟をして、空腹を満たし出発する。
ハル達が行軍する途中で、多くの商人や彼らの護衛としてついているであろう冒険者などとすれ違った。
パースの都市にも冒険者ギルドがある。
冒険者ギルドは各国の都市や町にあり、基本的にどこの国も、運営の干渉が許されず独立した組織となっている。しかし、その国の規律に従うルールが組織の中でしっかり国と約束を結んでいるため、どこの国も当たり前のように設置を許している。
組織の基本的な仕事内容は、依頼人が解決してほしい仕事の依頼内容と対価を冒険者ギルドに申請して、冒険者ギルドが、冒険者などにその仕事を発注するのが主な仕事である。
冒険者の中には国の軍隊よりも腕の立つものも数多くいる。
冒険者は国同士の戦争介入が禁止されているが、過去には陰で戦争に利用されることも多かった。
そんな冒険者は今の時代は主に、魔獣の討伐や護衛などの仕事が主になっていた。
そのため、ハルたちは商人とセットで武器を携帯した集団をよく目にした。
ハルたちが行軍を続けていると、パースの前にある森の中に入ったそこを進んでいくと。
遠くにパースの街並みを見ることができた。
「お、見えてきたな、古城アイビーが」
エウスが一番にその目印を見つける。
「久しぶりだな、あの街に行くのも」
ハルも同じ城のような形をしたものを見つけて呟いた。
兵士たちも同じものを見たのか、小さい声がザワザワと後ろから聞こえてきた。
「大きな都市だから来たことない新兵は、みんな驚くだろうな」
エウスが後ろの兵士たちを見ながら言った。
「でしょうね」
ライキルが小さく言った。
「お前の好きな、甘い菓子でも有名な街だしな」
「ふふ、楽しみです」
ライキルは不敵な笑みを浮かべ、これから出会う甘菓子のことを考えていた。
「でもライキル、あっち行っても、食いすぎるなよ、太るぞ」
「エウス、それは人の勝手です」
エウスの発言にライキルはぎろりとにらみつけ言った。
「ひい、こわい、こわい」
ハルはそんな二人の会話に耳を立てていると。
『ガサ、ガサ、ガサ』
「とまれ!!」
そのハルの叫び声に、兵士全体が前方にいるハルに注目した。
ハルの真剣な表情から、エウスは緊急事態だと悟る。
「ハル、魔獣か?」
「分からない、だが」
ハルが音を聞くのに集中している。
「どこから来るかわかるか」
エウスもハルから情報を聞く間、緊張感と冷静さを保つため、呼吸を落ち着かせる。
「前と後ろからだ、だがこれは全体を囲まれていると思った方がいい」
ハルは、目を閉じ、さらに耳に意識を集中させる。
「まだ遠くにいる、陣を敷く時間はある」
「わかった、陣を組ませる」
「ビナには後方の荷馬車の守備につかせろ」
「りょうかい」
エウスは軍の先頭から中央にいるビナの元に向かう、その最中に兵士たちに叫びかける。
「全員馬から降り、槍を持て!守りの陣を敷く、馬守の陣形だ!」
「馬守の陣形!」
馬守の陣は、対魔獣用の陣形で、機動力として重要な馬や使役魔獣を魔獣から守り抜くための陣形である。
命令を後方に伝えるため、兵士たちは後ろに行くまで、陣形の名前を叫び後ろに伝えていく。
兵士たちは、馬から素早くおりる、後方付近の兵士は荷馬車から槍を取り出して兵士たちに配っていく。
手の空いてる兵士たちは、馬を三頭と四頭を交互に縦に綺麗に並べ、さらにその馬隊列の横を兵士たちが囲みこみ、馬を背にして槍を立てて持った。
中央にいるビナの元にエウスが到着する。
前方が止まって、ビナは不安そうな顔をしていた。
「エウス、どうした、何があった?」
「ハルが、何か近づいてくると言っている、たぶん魔獣だ」
「魔獣か、わかった、私はどこを守ればいい?」
「後ろの荷馬車と馬車を頼む」
「分かったエウス気をつけろよ」
「ああ、そっちもな、従者は馬車から出るんじゃねぇぞ」
馬車の周りにも兵士たちが陣を敷いていく。
エウスはハルに報告するために先頭に馬を駆けさせる。
陣はほとんど完成していて、槍を立てて持っているその光景は、壁のように感じさせるほどだった。
エウスが先頭に戻ってくる。
「構えろ!!!」
「かまええええ!」
「かまえええ!」
エウスの叫びと同時に、兵士たちも呼応するように叫んだ。
前方から順に槍が横に構えられる。
それは、波のように後方まで続いていく。
そして、陣の後方の叫び声がやむとあたりに静寂が訪れた。
ハルがもう一度、耳を澄ませた。
しかし音が聞こえてこない。
「まずい、奴ら魔法で音を消したかもしれない、エウス、ライキル、警戒しろ」
ハル、エウス、ライキルは馬から降り、陣の中に馬を入れた。
エウスは緊張する、毎度この瞬間は慣れないものだった。
それとは、違い隣のライキルは冷静に周囲を警戒している。
風が吹く音だけが聞こえてくる、もしかして、陣を敷くときの兵士たちの叫び声で、逃げてくれたかもしれない。
そんなエウスの淡い希望を砕くように、静寂が破られる。
「うああああああああああああああああ」
後ろからの悲鳴のような絶叫が聞こえてきた。
全員が後方に注目する。
ハル、エウス、ライキルがその悲鳴で同時に後ろを振り向いた瞬間だった。
後ろを向いている先頭にいた三人それぞれに、三匹の魔獣が音を殺してとびかかってきた。
その姿は体長四メートルはある巨体の白い毛並みに黒い線の毛並みが入った縞模様の虎の姿があった。
獲物の不意をとった魔獣たちは、対象の首を嚙み千切るために、大きな口を開く。
しかし二匹はその対象を噛み千切ることはなかった。
エウスとライキルは、振り向かずに殺気を感じ取り、その最初の一撃をかわす。
ハルは振り向くと、とびかかって来る魔獣の首を蹴り上げる。
そうすると、魔獣の頭と胴体は簡単に離れ離れになり、胴体からは血が吹きあがった。
ライキルとエウスは避けた後、魔獣の姿を確認する。
「ここで見るには、でかいな」
「ええ、こんな人里の近くまで」
ハルが魔獣の頭を調べながら言った。
「後ろの様子を見てくる、二人とも援護はいらないな」
「もちろん」
二人は声をそろえて言った。
そういうと、ハルは地面をけり、その場からいなくなった。
「はぁあああああ!」
ライキルは素早い動きで魔獣の片足に深く剣を突き立てる。
それは魔獣の足を貫通して地面に深く突き刺さる。
魔獣の動きを封じると、隠していた短剣で滑るように移動しながら、腹を掻っ捌いた。
魔獣の動きが鈍ると、背中に乗り、そこから魔獣の首を短剣で一気に下から上にかきあげ、絶命させた。
ライキルが一息ついてエウスの方を見ると、エウスの目の前にも首が切り落とされた魔獣の姿があった。
「片付いたな」
「ええ」
そこに、エウスとライキルの耳に悲鳴が飛び込んできた。
「うああああああああああああああ」
「ライキルは、ここで前を守れ」
そう言い残し、エウスは悲鳴の方に駆けつける。
その悲鳴が聞こえた方向では、一匹の魔獣が兵士たちに飛びかかっていた。
しかし、兵士たちは密集して魔獣に向けて、槍を突きたてているため、魔獣の牙も爪も兵士たちに届くことはなかった。
負傷した魔獣は、刺さる槍を振り払い、逃げるようにして、森の中に逃げて行く。
そのあとを一人の兵士がとどめを刺すために飛び出して行った。
「おい、バカ!お前危ないぞ!」
陣を構成していた兵士の一人が飛び出した兵士に向けて言った。
それと同時にエウスと陣の反対にハルが来た。
ハルの手元には後ろの荷馬車から持ってきたであろう、ハルの愛刀『弐枚刃』と呼ばれる、二本の大太刀のうちの一振りの『首落とし』を持っていた。
「ハル!兵士の一人が陣を崩した、俺は追う」
エウスはそう言いながら、その兵士を追いかけるために森に走っていく。
走っていると、前方に一人の兵士がとどめを刺すため、剣をとりだし、魔獣の後ろ脚を切りつけていた。
「あの背丈、アストルか!?」
そのまま、首を狙い、短剣を取り出し、首をかききった。
「やったぞ!」
その時だった。
「危ない!」
兵士を囲むように同時に六方向から、魔獣が現れ、とびかかる。
『間に合っても、六匹はさばききれねぇ』
それでもエウスの足が彼を助けることに躊躇はなかった。
あと少しで、彼に届くといったそのとき。
「しゃがめ!エウス!」
エウスは彼を押し倒し、その場に伏せる。
次の瞬間には血の雨が降り注いだ。
ハルの振りかざした大太刀の首落としが六匹の魔獣の体を水平に真っ二つにしていた。
エウスの下にいた兵士アストルの目には、そのハルの鮮やかな剣技が目に焼き付いていた。
矛盾があったので修正しました。修正内容は、エウス以外パースの街に訪れたことが無いと書いたのですが、修正して、ハル、エウス、ライキル、ビナはパースの街に何回か過去に訪れたことになっています。2021/7/11




