解放祭 近くて遠い
「ルナさん、分かりましたよ!」
ギゼラが肉にかぶりつきながら、人込みの中からルナのもとに歩いてきた。
彼女はハルたちに突然接触してきた、二人の男女がハルたちとどういう関係なのか分からなかったため近づいてハルたちの会話をまじかで聞いていた。ちょうど近くで劇をやっていたため人も多く、全く怪しまれずに会話を聞くことができた。
しかし、ギゼラが近づいたときにはすでに王族直属の護衛も何人かハルたちに近づいていたことを確認して、ギゼラは彼らの仕事の速さに自分たちの出る幕は無いなと安心して戻って来ていた。
「誰だったの?」
ルナが戻って来たギゼラに尋ねた。
「あの二人はビナ・アルファの両親でした。怪しい人たちじゃありませんでしたよ」
「そう、ならいい」
「ハルさんたちの周りの警備は完璧でした。さすがは王族直属の護衛ですね。私たちほぼいりませんよ」
肉を噛み千切りながらギゼラが言った。
「彼らはハルさんたちを守ってるのではなく、キャミル王女を守ってるの、もし別行動を取ったらキャミル王女の方に全員行ってしまうでしょうね」
「なるほど、確かに」
「白魔法が使えないハルさんたちの誰かが、もし大けがをしたら助かる手段はないでしょ。だから、そのための私たちなの、ハルさんの周りの人たちを守れなければ私たちの任務は失敗したようなものよ」
「でも、もし仲間が殺されたら、ハルさん復讐のために裏社会に来てくれるかもしれませんよ」
「本気で言ってるの?」
ルナの鋭い視線と剣幕がギゼラのへらへらした顔に向けられた。そこには本気の怒気がこもっていた。
「本気で言ったと思います?」
「いいえ」
「へへへ、ルナさんは頭が柔らかいから私好きです」
ギゼラの飄々とした笑顔に、ルナは一つため息をつくとハルたちの監視に戻った。ハルたちはまだビナの両親たちと会話をしていた。
「それにしてもハルさんたちよく人に会いますよね、さっきなんてあのレイゼン卿と話してましたし」
肉を食べ終わったギゼラは次の食べ物を求めて出店を注意深く眺めていた。
「そうね、だからギゼラも集中して欲しいのだけど?」
「今は王族直属の護衛に守られているから大丈夫ですよ、それより私ちょっとあそこの出店に行ってきますね」
出店に走って行くギゼラに、ルナは呆れながらも自分の任務に集中する。
演劇を見ている客というていで、ハルたちを後ろから監視した。
ギゼラが任務に集中してないと非難したいところだったが、自分もなんだかんだ先ほどからたった一人の人しか見ていないことに気づくと彼女を責めることができなかった。普通なら怪しい人物がいないか彼らの周りを警戒しなければいけないが、ルナの目に映っているのは常にハル・シアード・レイだけだった。
「君は遠いな、あまりにも…」
見つめる先には彼がいて、もっと近づこうと思えば近づけるし、触れようと思えば触れられる。しかし、ルナには彼があまりにも遠くに感じた。それは当然であった。そもそもルナはハルとは知り合いですらなかった。ただ彼を一方的に知っているだけなのだ。
『それでも私は、あなたのことが…』
「大好き…」
ルナが小さく呟く。すると。
「お待たせしました!」
ギゼラが持参していたコップ二つとおいしそうなパンを持って出店から戻ってきた。
「はいこれ、ルナさんの分ですよ、おいしいパンと果物の飲み物です。これ最近、王都で流行ってる飲み物らしいですよ」
「あ、ありがとう、私の分まで…いくらした?」
「いいんすよ、こんくらい!」
こういうところがあるからギゼラのことを嫌いになれないな、などと思うルナでもあった。
もらったパンとジュースを食べていると、ハルたちがビナの両親たちと話し終わったのか手を振って別れを告げていた。
「終わったようね」
「そうっすね、移動するんでしょうかね?」
しばらく、ハルたちの動向を注視していると、劇の舞台では一つの演目が終り、新しい演目が始まろうとしていた。
そこで、ハルたちを見ていると。
「うおお!見てくださいルナさん!ハルさんが女子の胸の埋もれていますよ!」
ギゼラがニヤニヤしながらルナの方を向いた。悪意のある報告だが事実、押されたハルは体勢を大きく崩したところを目の前にいた女性にキャッチされていた。
「………」
ルナはその光景を見て、キャッチした女性の胸と自分の胸と見比べて絶望した。ハルを抱きしめている女性はライキル・ストライクであり、彼女のスタイルは抜群であった。
一方、ルナはというとあまり高くない身長と大きくない胸が少女らしさを醸しだしていた。ライキルのような大人の女性のような魅力はなかった。
ルナはハルの周辺の詳しい情報を今回の作戦のために知ることができていた。そこでライキルの歳を見ると十七歳と自分より六歳も年下だということをしりその時も絶望したものだった。
「私…ない……」
ルナのクールな印象は消え、そこには絶望に打ちひしがれて抜け殻のようになって自分の胸を触っていた。
「ル、ルナさん…?」
『め、めっちゃへこんでる、だ、大丈夫なのかこの任務この人がやって…』
ギゼラが言えることではなかった。
しかし、ルナのあまりの気分の落ち込みにギゼラもさすがに同情してしまいフォローに入る。
「だ、大丈夫ですよ、胸が無くても、十分その少女らしい可愛さと高貴さで戦えますって」
そういうギゼラだったが彼女の胸も背もそれなりに大きく、大人の魅力のようなものがあった。
つまり敵。
「ギゼラ、説得力が無い」
「え?」
そこで劇の幕が上がり重厚な音楽が広場に鳴り響いた。新しい演目が始まり舞台に演者が出て来ていた。
「あ、劇が始まりましたよ!」
ギゼラは落ち込んでいたルナをよそに舞台に興味が向いていた。そして、ルナも嫉妬の炎を静め、舞台の方を見た。
「我はレイド王国の騎士レイ・ホーテン、君たちを救いに来た!!」
劇の演者が名前を叫んだ。どうやら舞台に出てきた主人公はレイ・ホーテンという名の男だった。
どうやら舞台は戦場の真っただ中という設定らしく、レイ・ホーテンが味方の軍を助けに入ったという場面から始まるお話のようだった。
「これレイドの初代剣聖の物語じゃないですか、ルナさんの先祖の!」
「そうだね、私はこの話し聞きすぎて飽きたけど」
はしゃぐギゼラの隣でつまらなそうな表情のルナは、ジュースでパンを流しこんでいた。
「私、好きなんですよね初代剣聖の話し、大戦で活躍する話に、三人の女騎士との話や、裏でレイが暗躍して事件を解決した話とか。あの話って全部実話なんですよね?」
「初代剣聖の物語は全部実話だよ、家に実際の記録がある、舞台とか本だと大げさに表現されてるところはあるけど」
「さすがはレイ・ホーテンの子孫ですね!」
その言葉でルナは表情には出さないが、少し暗い気持ちになった。
『初代剣聖レイ・ホーテン。その子孫…そう、だからこそ私は裏社会の住人なんだけどね…』
ルナは舞台で上演されている退屈な演劇よりハルを見た。彼は周りの友人たちとその演劇を目を輝かせて見入っていた。
レイド王国の初代剣聖のレイ・ホーテンの演劇は進んで行く、三人の女騎士とともに過酷な戦争を無事に乗り切り幸せな最後を迎えていた。
「ありがとう、ライラ、アリア、エリザ、君たちのおかげだ、愛している!」
レイ・ホーテン役の色男の演者が最後のセリフを叫ぶと同時に、美しい音楽が流れ劇の幕が閉じていった。そのあと、周りからは大きな拍手と歓声が飛んでいた。
「うひいぃ!感動したぁ!」
劇を見たギゼラも変な規奇声を上げて、大きな拍手をしていた。
そんな大歓声でみんなが舞台に注目している中、ルナだけはハルのことを見つめていた。彼も大きな拍手を送っており、満足している様子だった。
ハルは近くにいるみんなと今見た演劇の内容で盛り上がっていた。
『いいな、羨ましい…』
ハルと笑い合っているライキルの姿をただただ眺める。しかし、いざ自分があの場所に立たされたら緊張で何も話せないかもなとも思ったが、それでも彼女の場所がルナにとってはとても魅力的だった。
『生まれが違えば私も君のそばにいれたのかな……』
くちに、ジュースを運ぶがすでに空になっていた。
『酒が飲みたい…』
心の底からルナはそう思った。