解放祭 レイゼン卿
「レイゼン卿…?」
ハルは武器エリアを出ようとしていたレイゼン・アルストロメリアと思われる人物に声をかけた。
声をかけられた男が振り向いた。
「ぬっ!!ハルさん!?」
ハルが声をかけた人物は間違えなくレイド王国のダナフィルク地方を治めるダナフィルク辺境伯のレイゼン・アルストロメリア本人だった。
「お久しぶりです、レイゼン卿、まさかこの祭りに来られているとは」
ハルが手を差し出すとレイゼン卿もがっしりと握り返してくれた。
「まさかこんなところでハルさんに会えるとはな、ガッハハハハハ!」
レイゼン卿はド派手に笑った。
「ハルさん、白虎の討伐おめでとう、本当に素晴らしすぎる功績だ、まさに英雄だよ君は」
「ありがとうございます…元剣聖としての役目を少しだけ果たせたと思っております…」
謙虚というよりは素直に自分のしたことを受け入れるには、ハルにはまだ時間が必要だった。だから、自分のことよりもレイゼン卿が、霧の森に使役魔獣を送ってくれたことに感謝する方向に話を無意識にそらしていた。
送られた使役魔獣は霧の森で大いに活躍していた。ただの軍馬では被害が出ていた場面もあった。が使役魔獣だったために被害が出ずに済んだという状況はいくつもあった。
「レイゼン卿、白虎討伐のときに使役魔獣を貸していただきありがとうございました」
「ああ、いいのだ、いいのだ、私はずっと君たちに何かできないか考えていた。だが、あの程度のことしかできずに、すまなかったな…」
レイゼン卿は申し訳なさそうな顔をしたが、作戦に直接関わっておらず、何も権限がなかった彼があの時できることはとても少なかった。そんな中、自分たちを手助けしてくれたことをハルは知っていた。
「そんなことありません、貴重な使役魔獣をたくさん送ってもらって本当に助かりましたよ」
しかし、レイゼン卿にも恩を返す理由はしっかりあった。
「何、それもこれも我々の領地を潤わせてくれたくれたおかげなのだ、その恩返しといったところなのだ、前にも言ったが感謝は私がしたいくらいなんだ」
レイゼン卿の笑顔が眩しく輝く、ハルはそのことを聞いてエウスのことをつくづくすごい奴だと尊敬した。
『エウスがいなければこういった繋がりもなかったな』
ハルが自分の親友を誇らしく思っていると、そこにハルと一緒にいた面々も歩いて来た。
「え!レイゼン卿!」
エウスが第一声で驚くとライキルとビナもまんま同じく驚いていた。ガルナはもちろん彼のことを知らないため首をかしげていた。
「やあ、皆さんどうも久しぶりだね、ビスラ砦以来だ」
エウス、ライキル、ビナの三人にレイゼン卿が挨拶すると、三人は頭を下げて挨拶を返していた。
次にレイゼン卿がハルたちと一緒にいた残った二人にも挨拶をしようと思った時だった。片方の金髪の女の子にどこか見覚えがあった。
「あれ、どこかで…」
しかし、次の瞬間にはレイゼン卿はその金髪の女の子が誰なのか理解していた。それは彼女の瞳の色を見てのことだった。虹色に輝く瞳はあまりに珍しく一度見たら忘れられないそれも王女様の瞳ともなるとだった。
「ぬおおおお!!これはキャミル王女殿下でしたか!ご無礼をお許しください!」
レイゼン卿はすぐに跪いて頭を下げた。
「レイゼン卿、どうか立ってください、ここでは私はただの普通の女の子でしかありません」
「しかし…」
レイゼン卿は騎士でもあるがそれ以前に爵位を受け持っている貴族でもある。階級社会である以上、下手に王族に無礼なまねはできなかった。
「ほら、立ってください、人の視線が集まる前に」
「すみません、ですが驚きました。護衛も無しに」
レイゼン卿が、キャミルの周りにいつもいる王族直属の護衛がいないことを気にやんだ。
「護衛ならこの人込みのなかにいくらでもいます、それにここにはハルがいます」
「た、確かにおっしゃる通りです、節穴でした」
四大神獣の白虎を討伐した人間がレイゼン卿の目の前にはいた。そんな彼がいるここは現在世界一安全と言っても過言ではなかった。
レイゼン卿がキャミルと話し終わった後、ガルナとも挨拶を交わした。
「獣人族、ガルナ…あなたもしかしてあなたエリザ騎士団の副団長ではないですか?」
「そうだ、私はエリザ騎士団副団長のガルナ・ブルヘルだ、よく知っているな、ふふん」
知られていることが嬉しかったのかガルナは得意げな顔をしていた。
「知ってるのですか?」
ハルがレイゼン卿に尋ねた。
「ああ、私はデイラスとはちょっとした知り合いでな、聞いたことがあったんだ、エリザ騎士団にはじゃじゃ馬の副団長が居るって」
「そうだったんですね」
ハルの裾を引っ張ってガルナがじゃじゃ馬ってなんだ?と尋ねていた。
それから、レイゼン卿と少し立ち話をしたあと別れることになった。
「すまないな、せっかく会えたのに、私が武器に夢中になっていたら妻や子供が先に行ってしまってな追いかけなくてはいけないんだ」
ハルなんかは、どこからの店で酒盛りでもしたかったが、レイゼン卿は急いでいる様子だった。しかしそこでハルは四日後に王たちと会食があることを思い出した。
「キャミル、四日後の会食って誰を呼んでもいいのかな?」
「ああ、誰でもいいよ、特にレイゼン卿なんてレイドの貴族で軍人だからね一発で許可が下りるわ」
「そっか、ありがとう」
それからハルはレイゼン卿に四日後にある王たちとの会食に彼を招待した。
「もしよければ、連れて来られる家族全員で」
「本当ですか!?ぜひ行かせていただきたい、ありがとうハルさん、それにキャミル様感謝します」
レイゼン卿は一つ礼をした。
「そうだ、泊まっているエリアと宿の名前を聞いておかなくちゃ招待状を送れないわ」
キャミルが行ってしまおうとしていたレイゼン卿を止めた。
解放祭には祭りの中で手紙を配達してくれる施設があった。その施設は各エリアにそれぞれ一つずつ建てられていた。エリアをまたぐ手紙は伝鳥が他のエリアの手紙を配達してくれる施設まで運び、そこから実際に場所や人に届ける時は人間が運んでいた。そのため、ちょくちょく、人込みの中に大きな特定のカバンを持った配達人の人が歩いていた。
「それでは私はここで失礼させていただきます」
レイゼン卿は自分の泊まっている宿とエリアを伝えると人込みかき分けて先に進んで行った。
「また、あえて良かったな」
エウスがハルの肩をバシバシ叩いた。
「レイゼン卿、エウスに感謝してたぞ」
「ほんとか、それはこっちのせりふなんだがな、霧の森でのあの使役魔獣たちは助かった」
「だよな、ほんと感謝しかない」
ハルとエウスは、レイゼン卿の背中を見えなくなるまで見送った。