明日に備えて今日はお休み
ハルたちは、レイド王国の王様ダリアスに、王女キャミルの祭りへの外室を直接頼みに行ったが、その許可が下りることは無かった。
なんでも、まだ、軍はいろいろ準備の途中でキャミルの警護をできないとのことだった。
『外出は明日にしてくれないか、頼む、キャミル』など、ダリアスのお願いもあり、キャミルは不服そうな顔をしていたが、いつものことかと思い、みんなだけでも祭りに行ってくることを勧めた。が、誰もキャミルを置いて祭りに行くことは無く、その日、ハルたちはレイドの館で過ごした。
それから、日も暮れて夜になるとハルたちは自分たちのブルーブレスという宿に帰ることになった。
「明日、迎えに来るから待っててくれ、お姫様!」
レイドの館の前で、帰り際の馬車に乗り込むエウスが言った。
「ええ、そうしてもらうと助かるけど、お姫様はやめて」
「ハハッ!はい、はい、それじゃあな」
「うん、気をつけて」
キャミルは少し寂しい気持ちになったが、馬車の窓からみんながぎゅうぎゅうになって顔を見せ、手を振っているのを見て、途端に彼女の顔に笑顔が戻った。
「すみません!!」
そのとき、レイドの館の中から一人の騎士が走ってキャミルと馬車の方に走って来た。
「あら、どうしたのかしら?」
「すみません、ダリアス陛下からこの手紙をハルさんに渡されるように頼まれて」
「わかったわ、ありがとう」
キャミルがその騎士から手紙を受け取ると、馬車の扉を開けた。
「あれ、どうしたの?」
扉の近くにいたハルが尋ねた。
「これお父様がハルにって」
ハルはキャミルから手紙を受け取った。その手紙の内容はなんとなく想像はついた。
「ああ、ありがとう、多分、表彰式とか会食の予定が書かれた手紙だ。後で渡すとか言ってたから」
「そっか、会食か…」
「今度、キャミルもみんなとしよう!」
「え、ああ、うん、もちろん、楽しみにしている!」
それから、ハルたちの乗った馬車はレイドの館を出発した。キャミルはみんなの乗った馬車が見えなくなるまで手を振っていた。
馬車がブルーブレスに進む途中でハルは受け取った手紙の中身を見た。
「なんて書いてあった?」
「表彰式の日程と王様たちとの会食の予定だな」
エウスが気になって声をかけるとハルは手紙を彼に渡した。
「どっちも五日後か…」
「会食は誰でも連れて来ていいって書いてあったから、みんなも来てくれないかな?」
ハルがみんな顔を見渡して言った。ライキルとガルナはもちろんといった感じで返事をしたが、ビナだけはびくびくして戸惑っていた。
「王様たちとですか…」
前から偉い人が苦手なビナだったが。
「おいしい食べ物がたくさん出ると思うんだけどなぁ」
ハルのその甘い言葉に屈したビナはすぐに「行きます!絶対行きます!」と言うと馬車の中はみんなの笑い声に包まれた。
レイドの館の前にある軍の縦長の長方形の施設に向かって、ギゼラ・メローアは走っていた。
その軍の施設の中の一つの部屋の扉を開けた。
「ハルさんたちの馬車が出ましたよ!」
「そうか、馬の準備をしろ、後を追う」
レイドの特殊部隊インフェルの隊長のルナ・ホーテン・イグニカがそう言うと、部屋の中にいた何人かの彼女の部下が慌ただしく動き始めた。
「ルナさん行くんですか?」
アスラの特殊部隊所属のリオ・バランが椅子に座って足を机の上に乗っけ、退屈そうにしながら言った。
「ああ、サムにも言っておいてくれ」
「了解です」
結局、あの後ハルたちの秘密裏の警護は、ルナとギゼラがすることに決まり、リオとサムがイルシーの暗殺者の監視をすることに決まっていた。
最終目標はドミナスという組織の人間の発見。イルシーの暗殺者の方に彼らが接触してくる可能性の方が高いが、ハルを殺されたくないドミナスの人間が、ハルたちに接触して近くで守ろうとする可能性も十分にあった。見ず知らずの人の暗殺を防ぐのは容易なことではないからだった。
ルナとギゼラが、軍の施設の外に出ると馬に乗り込んだ。
二人の服装はこの祭りで警備の騎士たちが着ているものと同じだった。しっかりと腕章までつけて完全にこの祭りの警備員に成りすましていた。しかし、ハルたちの乗る馬車には後ろに窓がついていないため、尾行は容易いものだった。わざわざ、着替える必要もなかったか?とルナは馬を走らせているときに思った。
「私たちが泊まるところってブルーブレスの近くですよね?」
ハルたちの馬車と距離をとるように馬を走れせながらギゼラが言った。
「そうよ、レッドブレスって宿よ」
同じく隣で馬を走らせるルナが答えた。
「どっちの宿も押さえてるんですよね?」
「もちろん、ブルーブレスもレッドブレスも特殊部隊の人間しかいない。使用人から管理人まで全て」
「すごいっすね…」
「あらかじめ招待状を送った人の宿を指定したのはそのためなの」
「なるほど、考えましたね…」
夕日が眩しく輝く中、ルナとギゼラは馬を走らせ続けた。そして、ハルたちの馬車がブルーブレスに入ったことを確認すると、すぐ近くにある自分たちの宿であるレッドブレスに二人は入っていった。
このふたつの宿だけは他の館たちと比べると比較的距離が近かった。それはレッドブレスの部屋から、向かいのブルーブレスの出入り口がはっきり監視できるほどには近かった。もちろん、これも事前に計画して建てられたものだった。
ルナの部下たちが交代交代で出入り口を監視することで、ハルたちの行動を把握することができた。そして、ハルたちが動き出したらすぐにルナに報告が入るようになっていた。
ルナたちは食事や身支度を終えるとあとは寝るだけの状態になった。
「ギゼラ、明日に備えて今日は早く寝てください、あと酒は控えてくださいね」
そこでルナは部屋に入る前のギゼラに声をかけた。
「え!?ああ、はい!もちろんっすよ!」
そういうギゼラの腰には小型の銀の水筒がぶら下がっていた。その中には決まって度数の高い酒が入っているものだった。
『まあ、いいか任務に支障が出る量でもないし、ギゼラお酒強いし』
ルナはそう思うと同時に呆れた表情で彼女を見ると。
「お、おやすみなさい、ルナさん!」
逃げるようにギゼラは自分の部屋に駆けこんでいった。
その様子を最後まで見送ったあと、ルナも自分の部屋のドアを開けて中に入った。
ルナは警備の騎士と同じ鎧を脱ぐと、動きやすい目立たない色の服装に着替えた。寝巻ではないのは緊急時に対応するためであった。
ルナは、自室のベランダに出ると、向かいにあるブルーブレスの館を眺めた。月明かりと向こうの館の中の明かりが、ぼんやりと輝いている以外は真っ暗だった。ブルーブレスの館の入り口は常にたいまつの明かりが灯されており、誰が出るか確認することができた。
「ハルさん、向こうにいるんだもんね…」
ルナは、今日、レイドの館で遠くからだが、彼の姿を久しぶりに見ることができた。そのことを思い出すと自然と顔がにやけてしまった。が、それと同時に庭園でハルたちとすれ違ったときのことも思い出した。
「相変わらず、仲よさそうだったな…」
ルナは、ライキルのことも知っていた。面識はもちろんなかったが、彼女が軍の中で人気だったのもあり、その噂が特殊部隊のインフェルにまで流れて来ていたからだった。
「羨ましい…」
隣にいられるライキルという女性に嫉妬して呟いたが、そもそも、ハルの近くにいられる人全員を羨んだが、それが意味の無いことだというのもちゃんとわかっていたし、彼女自身、自分が裏社会の人間だということもしっかり自覚していた。しかし、それでも、ルナはハルに特別な感情を抱いていた。
「ああ、今、お酒、飲みたかったな…」
ルナはこの時やけ酒でもしたい気分になり、ギゼラに言ったことをちょっと後悔した。下の食堂に行けば酒はあるのだろうが、明日の任務のこともあるため、ルナは部屋に戻り自分のベットで眠ることにした。
『いい夢を見れるといいな…』
「おやすみなさい」
ベットの中でルナは呟いた。