ルナ
宮殿を出たルナ、サム、それに彼らの部下の男女ふたりは、レイドの館に繋がる庭園を歩いていた。
「ルナさん、このあと、どうするんですか?」
ルナの部下の【ギゼラ・メローア】が、ルナの後ろから声をかけた。
彼女は黒い瞳に、美しい長い金髪をしており、その髪はやや波打つようにウェーブがかかっていた。彼女はいつもへらへらとしており、軽薄そうな印象を人に与えた。
「一旦、帰る、明日の予定を立てなきゃいけないから」
ルナは後ろを振り向かないで、そのまま話した。
ルナ・ホーテン・イグニカという女性はとても軍人には見えなかった。その顔立ちは気品あふれる高貴さを漂わせていた。それは長い黒髪に色白の肌、真紅の瞳が輝きどこか人間離れした美しさが、彼女の気高さという雰囲気を形成していた。
「明日ってやっぱりハルさんたちの警護になるんですか?」
サムの部下の【リオ・バラン】がルナに尋ねた。
リオは、さっぱりとした短い黒髪に、深い茶色の瞳であり、彼の整った顔立ちの中には、野性味を感じさせる部分があったが、どこか頼もしいお兄さんのような雰囲気を持っていた。さらに彼は筋骨隆々で背も高い青年であった。
「うん、多分そうなると思う、それかイルシーの暗殺者の監視になるかな…?」
ルナが少し空を見上げ他に明日することが何かないかと考えているが、いい案は思いつかなかった。今回の作戦は主に相手のアクションを待つしかないのだ。
「そうですよね…」
『監視よりは警護の方がいいな、監視は暇そうだからな…』
リオは心の中でそう思った。
イルシーの暗殺者の監視は暇だった。祭りが始まった数週間前から彼らは三等エリアに宿を取り、そこから動かないからだった。だからリオはできれば警護の方が良かった。彼は体を動かす方が好きなのだ。
「リオはどっちがいい?」
ルナはイルシーの監視かハルたちを陰から警護するか、どちらをしたいかを聞いた。
「はい!はい!じゃあ、私とルナさんで、明日のハルさんたちの警護やりまーす!」
ギゼラが手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら話に割り込んできた。
「なんだ、どうした急に?」
リオが、妙なテンションのギゼラを不気味に思った。
「いいですよね?ふたりも異論はないですよね?」
ふたりの顔を交互に覗き込みながらギゼラは確認する。
「な、何か理由でもあるんですか…?別に俺はどっちでもいいですけど…」
そう、オドオドした様子で尋ねたのはサムだった。
サム・フェルト・アサインは、目にかかるくらいの黒髪で灰色の瞳をしていた。リオの野性味あふれる荒々しさとは対照的に、落ち着いた雰囲気を持ったおとなしい青年といった感じだった。
「サムさん、それがあるんですよ、私たちじゃないとダメな重要な理由が…」
ギゼラがサムの隣に流れてきた。
「え、本当ですか!?それはぜひ聞かせて欲しいです」
サムが興味を示す中、リオの興味は冷めていた。まだ短い付き合いだが彼女のことは何となくわかってきていた。
『どうせ重要なことじゃないぞ、相手にするだけ時間の無駄だ…』
「ええ、実はルナさん、かなりハルさんに惚れ込んでいてですね…」
「え?」
その答えにサムはキョトンとした。
『やっぱりな…』
リオからしたら案の定といったところだった。
「おい…」
ルナは話すのをやめさせようと、ギゼラに声をかけたが、彼女は話すのをやめなかった。
「ハルさんってマジでレイド王国では人気なんですよ、特に王都での人気はやばいです。王都でハルさんを知らない人はいないんです、なんてったって国を救った英雄ですからね!そんな彼のこと当然みんな好きなんですよ、でもですよ。ルナさんはそんなみんなの好きって感情じゃなくて真剣なんですよ。愛してるんです、彼のこと…!」
それを聞いていたサムとリオの顔が、ルナの方を向いた。そのふたりの視線は無理だろという無言の圧でもあったが…。
「な、なに…いいじゃない、好きな人がいても…」
ルナの顔は火が出るんじゃないかと思うほど熱くなり、顔を真っ赤にしたあと、うつむいてしまった。
ふたりは思った。
『真剣だぁ!!!』
サムとリオは目の前に雷が落ちたかのように固まって驚愕した。
剣聖とは自分たちとは住む世界が違うのだ。それも英雄と呼ばれるハルと裏組織の人間ではあまりにも住む世界が違った。
昔は剣聖も戦争に駆り出されていたが、今は戦争はほとんどなくなり魔獣退治が中心になっている。そのため剣聖が人の血を見る機会はうんと減ったのだった。
「でもー、ハルさんを裏社会に引き込んじゃダメって、ダリアス国王陛下が言ってなかったけ?ルナちゃんは【インフェル】っていう、裏組織の住人だよね?それはどう考えているのかな?」
ギゼラがニヤニヤしながら感情を煽るように言った。
「し、知ってる!そんなこと知ってるよ!でも、だったら私【インフェル】抜けるもん!」
ルナが拳を握りしめて必死に叫んでいた。そこには先ほどの高貴な姿は全くなかった。そこからわかるのは彼女が本気ということだけがひしひしと伝わるだけだった。
裏社会の住人は普通にはなれないのだ。サムとリオは彼女を見ていて少し悲しい気持ちになった。
みんなから一歩下がった後ろで、ギゼラはひとりで大笑いしていた。
「ギャハハハハハハハハハハ!」
「ギゼラ、お前悪魔だな…」
リオが呆れながら呟いていた。
そこにレイドの館の方から、庭園に数人の人影が現れた。
「ん?あれ、噂をすればってやつじゃないか?」
背の高いリオが一番にその近づいてくる人たちに気づいた。
「うわ、ほんとです、ルナさん、ハルさんたち来ましたよ」
ギゼラがルナの肩を揺すって前を向かせた。
「ど、どうしよう…」
ルナが前を向くとそこにはハルがいてこちらに近づいてきていた。心の準備ができていないルナは慌てていた。
彼の周りには数人の友人たちがいた。今回の作戦に参加している、ルナ、ギゼラ、サム、リオの特殊部隊の人はハルたちの周りの情報は頭の中に入っているため、誰が誰であるか見分けることができた。
「みなさん、早く並んで頭を下げてください」
サムがみんなに声をかけると四人は急いで横に並んで頭を下げた。理由はふたつあった。それは顔を覚えられないためと、王族のキャミル王女がいたからだった。
彼らとすれ違うとき相手のハルたちもみんな、軽く頭を下げて挨拶を返してくれた。
そして、その後にルナは、ハルとライキルの会話を少しだけ聞いた。
「ハルはどこに行きたいんですか?」
「そうだな、おいしい紅茶が飲めるお店かな?」
「フフ、あるといいですね」
仲睦まじく話し合うふたりの後ろ姿をルナは見つめていた。ただ、じっと見つめいた。
「ルナさん、守ってあげましょう、彼らを…」
「うん」
ギゼラが、ルナの隣で優しくつぶやくと、彼女は静かに頷いた。