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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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新兵

 レイゼン卿が目覚めると、大きな窓から差し込む、朝日の眩しさが目に染みた。


 ビスラ砦は、住みやすくするように、一部改装や改築をしており、レイゼン卿の寝室には大きな窓がついていた。


 長い間、戦争が無いため、ゆるみのようなものが出ていることは、各国でも見られる一面があった。レイゼン卿も、その例に漏れなかった。


 しかし、平和とは、心のゆるみの集合体のようなもの、たった一人が引き締め続けるのは難しい。


 神獣や魔獣といった問題もあるが、何百年も、押し寄せては引く波のように、戦争しては止み、戦争しては止み、を繰り返していた地獄の時代に比べれば、現在は天国といっても全然、過言ではなかった。


 しかし、そんな世の中でも、兵士たちという者は、訓練を怠らないものだ。


 レイゼン卿が窓の外を眺めると、砦の裏にある、兵士たちが普段訓練に使う広場で、ハル達の兵士たちが、訓練をしていた。


 そこには、兵士たちと剣を交わすエウスと、それを眺めるハルの姿もあった。


 服を着替えて、部屋の外に出る。


「おはようございます、レイゼン卿」


 使用人が挨拶した。


「おはよう、すまないが裏の広場に、私の朝食を持ってきてくれないか」


「かしこまりました」


 そういうと使用人は料理場の方に足を運んで行った。


 レイゼン卿が、他の使用人たちとあいさつを交わしながら、裏の広場に向かう。


 広場に出ると、心地のよい風が吹いており、久々の二日酔いの体に安らぎをもたらした。


 外には、簡易的な外用の椅子と小さなテーブルが置いてあり、そこにハルが座っていた。


「やあ、おはようハル剣聖」


「レイゼン卿、おはようございます、体調は大丈夫ですか?」


「ああ、久々に酒にやられたよ」


 そう言う、レイゼン卿がハルの顔を見ると、すっきりしている顔つきから、昨日の大量の酒の量でも、二日酔いになっていないことが分かった。


 レイゼン卿も椅子に座り、エウス達が剣の稽古をしているのを眺める。


「朝食はとったのかね?」


「はい、早朝に使用人さんたちに、料理場を借りて」


「すまないな、任せてしまって」


「いえ、私たちの起きる時間が早かっただけです」


「すごいな、あんなに飲んだのに…うっぷ、早く起きて訓練とは」


 そういうレイゼン卿の目線にはハルの兵士たちの姿が映っている。


「ここに来る間、訓練させただけです。獣たちは、時と場所を選んではくれませんからね」


「素晴らしいな、ところで聞きたかったのだが、なぜ若い新兵ばかり連れているんだ?」


 その質問にハルは、目が泳いでいる様子だった。


「それは、ダリアス王からのお願いというか、押し付けというか、仕方ないことではありました」


「ふむ」


 レイゼン卿は単純に、なぜハルが動揺しているのか気になった。


 ハルは、レイゼン卿の不思議そうに見つめてくる視線に耐えられず口を開く。


「実は、私は今、王国で剣術の特別指南役という役割を与えられています。それで、新兵を率いることになっているのが現状です」


「おお、それは、新兵たちは、さぞ喜んだだろう、剣聖に直々に教えてもらえるなんてな」


「はい、ですが、お恥ずかしながら私は人に教えるのが、下手なのです」


「ハッハッハッ、面白いな、あの剣聖にも弱点があったとは」


「ええ、小さいころからそうでした」


 ハルは遠くの景色を見ていた。


「ゴホン、すまない、誰にでも得手不得手はある。私も若いころは失敗だらけだったからな」


 レイゼン卿が咳ばらいをして言った。


「だが、納得した、そうか新兵の育成だったのだな」


「はい、ゆくゆくは獣狩りに特化した、騎士団を作りたいと、そのために預けられました」


 そのように、ハルとレイゼン卿が話していると、使用人がレイゼン卿の朝食を持ってきた。


「すまないな」


「もう一人分、朝食を用意しましょうか?」


 ハルは丁寧に断ると、使用人は朝食を並べていった。


「食べ終わった食器はそのままで、お願いします」


「ありがとう」


 二人はそのあとも、兵士たちの訓練が終わるまで、会話を続けた。



 *** *** ***



 エウスは、新兵たちに剣術の指導をしていた。


 お互いに模造剣を交えさせ、対人戦の実践を想定した訓練をしていた。


「目の前の相手を倒せないようじゃ、獣にも勝てないぞ」


 兵士たちは、昨日、飲みすぎたせいで、剣術の切れが全くなかった。


「お前ら、飲みすぎで二日酔いでも、相手は待ってくれないぞ、相手も飲んでるようだが」


 待機している兵士たちも、そりゃそうだと笑う者や気持ち悪くて、心地よい風に身を任せ、目を閉じてる者もいた。


 その中で、ひときわ動きのよい兵士がひとりいた。


 お互い、フラフラで、実力の差がなくなっているほど、ひどい惨状のなか、対戦相手の振る剣の動きをしっかり見極める姿があった。


 相手の振り下ろす剣を、軸をずらし、剣どうしを交えながらぎりぎりでかわし、そのまま滑るように相手との距離を詰め、振り下ろされた剣を叩き落し、首に模擬剣を押し当てる。


 その動きは、フラフラ相手と言えど、新兵の中では鮮やかな動きだった。


 模擬戦にまけた相手は、「参った」と言って、待機する兵士たちのもとに戻っていく。


 その動きのよい兵士は、次のフラフラの兵士を相手しようとしていた。


「そこの君、俺とやろう」


 そこでエウスが声をかけた。


 驚いた表情をする兵士は、すぐに返事をして、エウスの前に来た。


 近くに来ると、その兵士が小柄なことにエウスは気づく、ビナよりは大きいがそれでも同年代と比べたら、小さい身長の枠組みに入るだろうと思えた。


 さらに兵士ではあるが、どこか幼さが残る整った顔は、貴族だったら女性の引く手あまただっただろう。


「いい動きだ、フラフラのあいつらとやっても、身が入らないだろう」


「ありがとうございます、指導のほどよろしくお願いします」


「はいよ、そうだ名前は?」


「アストル・クレイジャーです」


「よし、アストル打ってこい」


 そういうと、アストルがエウスに打ち込む。


 エウスは様子を見るように、アストルの打ち込む剣に合わせて、的確に防御していく。


 アストルは、自分のペースで徐々に剣速を速めていった。


 エウスの頭、首を狙った後、アストルは足払いを心見る、たいていの新兵たちは上に意識がいき、これが通用した。


 しかし、エウスはそれを軽くジャンプしてかわし、体勢が崩れたアストルに剣を振りかざす。たまらず、防御に入るアストルだったが、その一撃は重く、体が吹き飛び、起き上がろうとした時には、エウスの模造剣がアストルの首に軽く当たっていた。


「参りました」


 エウスはにっこり笑い、アストルに手を差し出した。


 アストルは手を取って起き上がる。


「筋がいい、君いくつだい?」


 エウスが尋ねる。


「十五歳です」


「大したものだ…」


「自分の剣はどうでしたか?」


 アストルは、食い気味にエウスに指導を求めた。


「悪くない、ただ、勝負を決めるところでの足払い、そこで終わるのはよくない、相手がかわしたり、倒れながら切りかかってくる可能性もある、それが戦闘中に考えられたなら、君と俺は、まだ戦っていたね」


「はい、他には自分の至らない点はありませんか?」


 エウスはアストルの熱心な態度に感心した。


「特にないかな、あとは実戦と訓練の繰り返しだ、以上かな」


「は、はい、ご指導ありがとうございました」


 そういうと、アストルは待機する兵士たちのもとに戻っていった。


「よし、剣での訓練はここまでだ、次は槍の訓練をするぞ、お前ら用意しろ」


 兵士たちは、返事をして、次の訓練の準備をし始めた。


 訓練は昼過ぎまで行われ、その日の午後はみんな自由に過ごした。











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