二人の王
「え?」
最初にハルの口から出た言葉はそんな気の抜けた声だった。なぜそんな間の抜けた声が出てしまったかというと、それはハルの目前で繰り広げられている光景とそこにいる人たちのせいであったことは間違いがなかった。
「おお、ハル、よく来てくれた、至急、知恵を貸してくれないか?」
そう言ったのはレイド王国の現国王ダリアス・ハド―・レイド、本人だった。
ダリアスがいることは知っていた、そもそも彼に呼ばれたのだから、それは良かった。しかしそのダリアスの目の前にいる人物にハルは驚きを隠せなかった。
「やあ、ハル君、よく来てくれたね」
そう挨拶をしてくれたのはアスラ帝国の現皇帝アドル・フューリード・アスラ、本人だった。ハルは彼のことを以前この地で開かれた剣闘際という祭りでお目にかかったことがあった。
「アドル皇帝陛下…」
そんな王たちにハルは気を取られていたが、その王たちのそばにはふたりの剣聖が立っていた。アドル皇帝の後ろに立っていたのは、フォルテ・クレール・ナキアだった。ハルが彼を見ると言葉を発しはしなかったが、目を一度深く閉じて無言の返事をして微笑んでいた。
ダリアス王の後ろに立っていたのは、レイド王国の現剣聖カイ・オルフェリア・レイの姿だった。彼はハルを一瞥するだけで、すぐに視線をもとに戻していた。彼は職務に忠実なタイプなのをハルは知っていた。
そんなふたり剣聖の存在を確認したあと、再びふたりの王に視線を戻した。
そのふたりの王たちの間で行われていたのは、ボードゲームだった。それも庶民から貴族まで幅広く遊ばれている普通のボードゲームだった。
主に交互に自分の駒を動かしていき、相手の王様の駒を取るという対戦型のゲームだった。
「ハル、頼むここから何か逆転の手はないか?」
ダリアスがボードゲームの盤面を凝視しながら急かすように言った。
「え、えっと…」
アスラの皇帝がいることにも驚いたが、ふたりがボードゲームをしていることにも驚かされ、ハルは困惑してしまうが、ダリアスに頼まれたようにゲームの盤面を見た。
ハルは即座にゲームの戦況を把握して答えを出した。
「ダリアス陛下、残念ながら五手先で詰みです」
「ほ、ほんとか?」
「はい、手遅れです…」
ハルの無情な声が虚しく部屋に響き渡った後、一瞬の静寂に包まれたが、その静寂はすぐにひとりの男の高笑いとともに崩れ去った。
「ハッハッハッ!正解だハル君、残念だったな、ダリアス、実は二手目前からこのゲームの勝敗はすでに決まっておったわ!アハハハハハハ!」
「何!?貴様、アドル、汚いぞなぜ言わなかった!?」
「ふん、おぬしが気づかないのが悪いのだ!鍛錬が足りぬのだよ!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」
ハルは苦笑いをしながら彼らを見守った。
『やっぱり、仲いいよな、この王様たち』
ふたりを見ていると、王たちの関わりの中での親しさではなく、昔ながらの友人同士としての親しみを感じた。それはハルとエウスがそうであるのと同じ雰囲気をふたりから感じることができた。
一通りふたりの言い合いが済むと彼らはハルの方を向いた。
そのとき、ハルは改めて挨拶をしようと跪こうとしたが、ダリアスがそれを止めた。
「ハル、よい、ここでは大丈夫だ、公の場ではないからな」
「ですが…」
「いいんだ、ダリアスの言う通りだ。それに頭を下げなくちゃいけないのはこちらの方だ、四大神獣討伐白虎の討伐本当にご苦労であった。アスラ帝国を代表して感謝を告げたい。ありがとう」
アドルが頭を下げると、ハルは慌てて止めさせた。
「そんな頭を上げてください、私は自分の責務を果たしただけです…」
「ハル、私からも礼を言わせてくれ、ありがとう、君は我が国の誇りだ」
「ダリアス陛下まで…」
ふたりに頭を下げられてハルも頭を下げた、それしか行動の選択が無かった。
「こちらこそ、アスラ帝国とレイド王国には多大な支援をいただき、支えになりました。白虎を討伐できたのも皆さんのおかげです。私ひとりの力ではありません」
「そうかもな、ただ、君がいなければ霧の森の霧が晴れることが無かったのもまた事実、それは変わらない、頭を低くするのもいいが、君は自分のしたことをもっと誇るべきだな、ハッハッハッ!」
アドル皇帝のその言葉はハルにとって、とても耳障りのいい言葉だった。四大神獣白虎という大きな脅威を退けて、多くの人々を救った。誰もが彼をほめたたえるだろうが、ハル自身、素直にその言葉を受け入れるわけにはいかなかった。
『ただ、殺しただけなんだ、でもそれは単純なことじゃないんだ…』
ハルは自分に言い聞かせるように心の中で思ったがちゃんとハルは立つべき場所は分かっていた。
「アドル皇帝陛下の言う通り、自分はもっと褒められるべきかもしれませんね!」
ハルは冗談を言った。心の中では微塵も思っていなかったが。
「ハハハハ!そうそうその調子だハル君!」
アドル皇帝はその冗談を笑ってくれた。
『忘れちゃダメなんだ、絶対…』
人のために、それでも生命という大きな枠組みを考えることを忘れないように、そして、それはハルの中でアザリアを忘れないことにも繋がるとなんとなく思った。思うだけだったが、大切なことだった。
ハルはそれからなぜ自分が呼び出されたのか聞くとアドル皇帝とダリアスは笑顔になった。
「私たちは早くハルに感謝を伝えたかったそれだけなんだ」
ダリアスの笑顔が友人として接してくれるときの表情でハルは安心した。
「表彰式という公の場では、我々の気持ちが伝わらないと思ってね、こうして私的な場所で会っておきたかったんだ」
アドル皇帝の表情もとても穏やかだった。
「そうだったんですね、ありがとうございます。とても光栄です」
ハルが頭を下げると、ふたりはニコニコした笑顔で深く頷いていた。そこからアドルは一歩前に出てハルの肩に手を置いた。
「ところでハル君、私には今年で十七歳と十八歳になったふたりの娘がいるのだが…」
アドルが小声で語りかけようとした時ダリアスがそれを遮るように割って入って来た。
「おい、アドル、ハルを勝手に帝国に迎え入れようとするな、国際問題だぞ!」
「フフ、冗談、冗談だがもし機会があれば帝国にも顔を出して欲しいね、その時は大いに歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます…」
このときのハルの笑顔は少しだけ不格好だった。
それからハルは、ダリアスから表彰式などの予定が書かれたものを送ると言われた。
「その予定を書いたものに私たちとの会食の予定も入れておくから空けておいてくれないか?」
「もちろんです、ダリアス陛下」
「ハハ、ありがとう、まだまだ私は話し足りないからな…」
「それは私もだけどな」
アドルが横から入って来て言った。
「ハルは絶対に譲らんからな」
「それはハル君、次第だがね」
アドルとダリアスは再び睨み合うが、アドルが自分の手首についていた腕時計を見た。
「おっと、もうこんな時間か」
「ん?ああ、そうか、ハル、すまないねこれから大事な会議があるんだ」
「分かりました、それでは私はこれで下がらせてもらいます」
ハルは深く頭を下げたところで、ダリアスがハルに声をかけた。
「うむ、ああ、そうだ、キャミルには会ったかな?」
「はい、お会いしました」
「良かった、いつも通り娘と仲良くしてもらえると助かるよ」
「こちらこそ、キャミル王女と親しくさせてもらって感謝しております」
「うむ、エウスとライキルにもよろしく言っておいてくれ」
「はい、ふたりも喜びます」
そして、ハルは最後にもう一度頭を下げると部屋から出て行った。
ハルが部屋から出て行くとアドル皇帝とダリアスはお互いもといたソファに座った。
「さて、カイ、それにフォルテ君、きみたちに少し話しておかなければならないことがある」
フォルテとカイは自分たちに声がかかるとは思っておらず、少しだけ驚いた。
「なんでしょうか、ダリアス陛下?」
カイが尋ねた。
「うむ、この解放祭が開かれた目的についてだ…」
「四大神獣白虎が討伐されたことを祝うことではないのですか?」
フォルテがそれ以外何もないのではといった感じで言った。カイもフォルテと全く同じ意見であり、ダリアスの次の言葉を待っていた。
「それもそうなのだが、実はこの祭りの裏であることが起きようとしているのだ」
「あることとは何でしょうか?」
フォルテが我慢できずに尋ねた。
ダリアスは深く息を吸った後、口を開いた。
「レイド王国元剣聖ハル・シアード・レイの暗殺だ…」
「………!?」
フォルテとカイは言葉を失ってしまった。