王女との再会
開かれた扉から飛び出して来たのは長い金髪の女性だった。その女性が動きづらそうな荘厳なドレスを引きずって、ハルたちのもとに全速力で駆け寄って来た。
その女性は、六大国のひとつであるレイド王国の王女キャミル・ハド―・レイド本人であり、ハル、ライキル、そしてエウスがよく知る人物であった。
「エウス!!!」
キャミルが、みんなの先頭に立っていたエウスの胸に飛び込んで、そのまま彼をぎゅっと強く抱きしめた。
「ずっと待ってた…ずっと…ひとりで…待ってた……」
キャミルが声を震わせて言った。夢だと思ったが、今、耳を当てている胸の、奥にある心臓の音を聞くと彼が実際に目の前にいることが現実だと実感した。大好きないい匂いの彼の胸の中はとても懐かしく温かかった。
「心配かけたな、キャミル…」
「ううん、いいの、今はエウスが戻って来てくれて嬉しい…ここにいてくれるのがほんとに嬉しい…」
「俺もだキャミル、こうしてまた君に会えてることが嬉しくてたまらないよ…」
「うふふ、うん…」
満足そうにキャミルはエウスの胸に顔を埋めて小さく笑った。
エウスはずっとこうしていたいと思ったが、後ろにはまだまだ彼女と会うことを待ちわびている人達がいることを忘れてはいなかった。彼女は王女なのだ自分だけの女性ではないことをエウスは自覚していた。
エウスがキャミルをそっと自分の体から離した。
「さあ、キャミルみんなにも顔を見せてあげてくれないか?」
「…あ、うん……」
キャミルはしばらくその場で固まってエウスの顔を見ていたが、彼の手が自分の肩から離れていくと、動かなければならなかった。
「待ってるよみんな」
エウスが一歩下がって言った。その言葉でキャミルはライキルの元に走って彼女の元に飛び込んで行った。
「ライキル!!!」
ライキルは飛び込んできた彼女をその鍛え抜かれた身体で受け止めた。
「ただいまです、キャミル!」
「お帰りライキル、会いたかった…」
「はい、私もずっとキャミルに会えなくて寂しかったです」
「ほんとに無事でよかった…」
王都でキャミルはずっとみんなの無事を心配していた。危険な作戦日が迫って来ると体調を崩してしまうことが多くなってしまうこともあった。しかし、こうして大好きな人達に実際に触れて話して見つめ合うと悩んでいたこともどこか遠くの空に消えてしまった。
そして。
「キャミル、会ってあげてください、ハルにも」
「うん…」
キャミルがライキルから離れてハルの目の前に来た。
「………」
キャミルは王都でひとりでずっとみんなのことを心配していた。そんな彼女はハルがひとりで白虎を討伐することは知っていた。同じ孤独だったがハルの方が何倍も辛いことはわかっていた。
『知ってるよ、私、ハルが誰よりも辛かったってこと、君は優しいからほんとは殺したくなんかなかったよね…あんなにたくさん、でもやってくれた私たちのために』
ハルには友人としてもそうだが王女としても会わなければいけない人だった。大きすぎる脅威と不安から国民を解放してくれたのだ。それはハルという人間じゃなければできないことだった。他の誰かではできないことだった。だからレイド王国の王女としてハルには礼を言わなければならなかった。
「ハル…私…えっと…」
キャミルが王女らしい言葉を探しているが、いざハルを前にするといろいろ言いたい言葉が浮かんで来て何から言えばいいか分からなくなっていた。
「ありがとう、キャミル」
「え?」
キャミルが顔を上げるとそこには優しく微笑んでいるハルがいた。
「もらった手紙からすごい元気をもらったよ、キャミルの言う通りだった。俺はひとりじゃなかった…」
そのハルの言葉を聞いたキャミルの顔にも笑顔が戻って来た。
「うん、みんながいつもそばにいることハルにも忘れて欲しくなかった」
「そっか…」
ハルの頭の中で霧の森の光景が蘇った。刀を持ち、自分を殺そうとして、みんなを忘れようとしたことが。
「………」
「どうしたの、大丈夫?」
ハルの表情が曇ると心配そうにキャミルが声をかけた。
「ああ、大丈夫だよ、ありがとね」
「そっかじゃあ、ハル、お帰り!」
キャミルはハルの胸に突撃した。
「ただいま」
ハルはしっかり彼女を受け止めた。
そうして四人が再び再開を喜び終わると、ハルたちはキャミルにガルナとビナのふたりを紹介した。
「彼女がビナ・アルファ、ライラ騎士団の騎士で隊長だったんだ」
ハルがビナの隣に立って彼女を紹介した。するとビナはすぐに跪いて頭を下げた。これは騎士なら王族と話すときにする習慣として完全に染みついていた。
「び、び、ビナ・アルファです。ど、どうぞよろしくお願いしますル!!」
声が上ずり語尾が弾け飛んだが、それよりもいつも遠くから見ていた王女様が、目の前で自分に注目していることにビナは心底緊張してしまって固まっていたが。
「綺麗な赤い髪ね!」
そんなことお構いなしにキャミルはビナの赤い髪を撫で始めた。
「はひぃ!!」
積極的なキャミルにビナは戸惑い変な声を上げてしまった。
「ねえ、あなた何歳なの?」
キャミルは跪いて下を向いているビナの顔を覗きこんで来た。王女様の頭が自分より下にあることに恐怖したビナは頭をもっと下げようとしたとき、キャミルが地面に膝をついてビナの肩を両手で持ち身体を起こさせた。
「じゅ、十八です」
逃げ場がなくなったビナは質問に答えることしかできることがなくなっていた。
「ほんとに!私と同い年じゃない!!」
「そ、そうです!キャミル様と同じ歳をさせてもらってます!!」
「フフッ、ビナ、ちょっと緊張しすぎですよ」
ライキルが心配そうに声をかけた。
「そうよ、私、普通の女子なんだから遠慮しないでね」
キャミルがニコッと笑うが王女様に遠慮をしないということは騎士だったビナにとって難しいことだったが。
「ま、任せてくれぃ!!よ、よろしくキャミル様!」
あまりの緊張でビナはおかしくなっていた。
「アハハハハ!キャミルでいいよ、よろしくね!」
キャミルは面白い子だと思いビナのことが心底気に入った。
ビナの紹介が終わると次にハルはガルナの紹介をした。
「彼女はガルナ・ブルヘル、エリザ騎士団の副団長だよ、前にもちょっとだけ話したよね」
「うん、ハルたちに獣人族の友達ができたってずっと前に言ってたの覚えてる…」
「彼女がその子だよ」
「そっか、あなたがそうだったのね」
キャミルは珍しそうにガルナに近づいて彼女をまじまじと見た。
「よろしくな、キャミルちゃん!」
ガルナは近づいて来たキャミルの手を取って握手をした。その時、ガルナの尻尾は左右にぶんぶん大きく振られていた。それは喜びの表れだった。
「こちらこそ、ガルナちゃん!」
キャミルはこの時ガルナに、ハルやエウスやライキルと最初にあったときと同じような匂いを感じていた。王族である自分に友達の様に接してくれることは、キャミルにとってはとても嬉しいことだった。
『あれでもこの子…腕と足が普通の人族だ。混血なのかな?それにしてもすごい傷の数だ…』
キャミルがガルナの体を見ていると屈強な腕や足に大きな傷がいくつもついていた。
『騎士ってすごいな…』
キャミルは一歩下がってみんなを見渡した。
ガルナが友達が増えたことを嬉しそうにハルに報告していると彼も嬉しそうに良かったねと言ったいた。エウスとライキルは、まだ緊張しているビナをもとに戻そうと肩を揺すったり声をかけていた。
「楽しくなりそうだな…」
キャミルはひとり静かに呟いた。
「よし、みんな、館に行こう案内するよ!!」
その後キャミルはみんなに呼びかけた。
そうして、キャミルと合流したハルたちはレイドの館に入っていくのだった。
レイドの館の中にふたりの女性がいた。ひとりは金髪でもうひとりは黒髪だった。
「ルナさん、あれ、あれ見てください。あそこにいるのハル・シアード・レイじゃないですか!?」
金髪の女性が、隣にいた黒髪の女性に言った。
「………………ほんとだ、本物だ……」
ルナと言われた黒髪の女性は静かに呟いた。そして、ふたつの赤い瞳で館に入ってきたハルをジッと見つめていた。