ホテル ブルーブレス
一等エリアと二等エリアを隔てる鉄門は先ほどくぐった二等エリアの門とは違い宿直室のような小屋がついていた。
「一等エリアのゲートへようこそ、券をお持ちですか?」
門番が門に隣接しているその小屋から顔を出して、ハルたち全員の宿泊券をチェックすると、それと引き換えに金属でできたカードを手渡してきた。
「これは?」
カードを受け取ったハルが門番に尋ねた。
「この祭りでの通行許可書と身分証明みたいなものです。あと宿の場所も刻んであります。【ブルーブレス】ですね。場所はわかりますか?」
「大体の場所は知ってるよ、青い旗が立ってるとも聞いてる」
エウスが横から話に入って来た。
「そうですか、迷ったら看板にある地図か歩いている係りのものに尋ねてください、全員腕に腕章をつけているのですぐに分かります」
「それはアスラの紋章かな?」
エウスが門番の龍の紋章を見て言った。
「ええ、そうです、この解放祭はレイドとアスラの共同出資して立ち上げたお祭りですので係りの者は龍と獅子の紋章の腕章をつけています」
青色の龍の紋章はアスラ帝国の証であり、黄色の獅子の紋章はレイド王国の証だった。
みんなは門番から券と引き換えにカードを受け取るとその一等エリアの門をくぐってそこを後にした。
一等エリアも他のエリアと見た目はそれほど変わらず、石造りの建物が広がっていた。
ハルたちが一等エリアにあった掲示板を見るとそこには一等エリアだけが載った地図が張ってあった。
「俺たちが泊まる宿がある場所はここだな、特等はここだな…」
その地図には一等エリアの中に、立ち入り禁止の特等エリアも載っており、しっかり立ち入り禁止と表示されていた。エウスが地図を指を差した場所は、まだまだ奥の壁の近くであり先は長かった。
「まだ少し距離があるね」
みんなが地図を眺めるなか、ハルが呟いた。
「そうだな、みんなもう少し歩くぞ」
エウスが歩きだすとみんなが彼の後に続いた。
ハルたちが目的地の宿、ブルーブレスに向かって歩いていると、密集して場所を取り合っていた背の高い建物が次第に建っている間隔が開いていき、横に広い立派な背の低い館などの建物が増えて場所をとるようになっていった。
その館たちはどれも高級ホテルであり、お客を迎えるための馬車が出入りしていた。
ハルたちがそのような館をいくつか通りすぎ整備された石畳の道を歩いていると、青い旗が立っている館を発見した。
「ありました!ありました!」
ビナが嬉しそうにはしゃぎながら言った。そして、その館を見たビナをはじめとした女性たちが楽しそうにそこに駆け出していった。
ハルとエウスはそんな元気な彼女たちの後ろをゆったりと後を追った。
「なあ、エウスあそこが特等エリアなんじゃないか?」
これから泊まる館のブルーブレスに歩いている途中でハルがエウスに言った。
ハルの指さす方向には、立派な巨大な館がふたつあった。
「そうだな地図の場所とも一致するしあそこが王族の泊まる館と言った感じかな…」
「やっと会えるな、キャミルに」
ハルがエウスの肩を叩いた。横目で彼を一瞥すると嬉しそうに微笑んでいた。
「フフ、そうだな、楽しみだよ!」
エウスがハルの脇腹に拳を当てた。
「いてて…」
「ふたりとも早く来てくださいよ!」
先に館の入り口にいたライキル、ビナ、ガルナの三人が手を振っていた。
ブルーブレスと呼ばれるその館は、白を基調とした外装に青い屋根がのっかており、全部で三階建ての建物だった。
「いいところですね!」
ビナの感想にみんなが頷いていた。
五人が館の中に入りチェックインをした。手続きは門番から渡されたカードを見せれば簡単に済み、ひとりひとつ部屋を選ぶことができた。三階の五つの隣同士の部屋をまとめて借りて、五人はそれぞれその中から自分の泊まる部屋を決めた。
ひとつのフロアに泊れる場所が十部屋あり、ハルたちは三階の半分を占領する形になった。
ハルたちが部屋を決めると鍵を渡され実際にその部屋に案内された。
内装はあまり豪華でもなく凝ってはいなかったが清潔感のある綺麗な建物だった。
三階に着くとそれぞれみんな荷物を置くため自分の部屋に入っていった。
部屋割りはほとんど古城アイビーのときと一緒で一番左の角部屋からハル、ライキル、ガルナ、ビナ、エウスと続いた。
「バルコニーがあるのもいいね」
部屋の中は古城アイビーの部屋とだいたい同じぐらいの広さであったが、装飾品などの物は少なく本当に必要最低限の家具しか置いていなかった。そして、各部屋には小さなバルコニーまでついていた。
「こざっぱりしてていい」
ハルからしてみれば高そうなものがあちこちにあるより、この部屋のようにすっきりしている部屋の方が好印象だった。
ハルがバルコニーの扉を開けると爽やかな風が部屋の中に入って来た。そこからバルコニーに出て景色を眺めると館の裏には広い草原の庭があった。そして先ほどの特等エリアにある巨大なふたつの館がこのバルコニーからも見ることができた。
「あそこにキャミルもダリアスもいるんだよな…」
彼らは王族であり滅多に王都から出ないため他の場所で会うとなるとなんだか変な気分だとハルは思った。そんな思いにふけっているとハルの部屋の扉からノックの音がした。
バルコニーから部屋に戻ってハルがドアを開けるとそこにはライキルが立っていた。
「ハル、荷造りが終わったらみんなで朝食にしませんか?」
「もちろん、場所はどこかな?」
「それなんですがハルの部屋ではダメですか?一階の食堂に行くのもなんというか…」
ライキルが言い淀んだが、朝食は持ってきたお弁当だったのでわざわざ一階に下りて食べるのが面倒くさいだけだった。しかしそれはハルも全く同じ意見で、すぐに彼女の意図が読み取れた。
「そうだね、朝は持ってきたものを食べるからね、いいよ終わったら来てよ」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
それから荷解きをし終わった順にハルの部屋に集まって、五人全員が集まると朝食を取り始めた。
朝食は古城アイビーの使用人のヒルデ・ユライユに作ってもらったお弁当だった。中身はパンに肉や野菜を挟んだ簡単な料理だったが量がたくさんあり、なおかつおいしくて、とてもありがたかった。
みんなで朝食を食べながら、このお祭りのどこを回るかの計画を立てたり、これから会う王女様つまりキャミルの話をしたりと、朝から大いに盛り上がった。
「そうだみんな昼になったら王女様に会いに行くから準備しといてくれよ」
エウスが朝食の終わりにみんな予定を伝えた。
朝食後は全員が館の中で自由行動をすることになったが、ほとんどみんなハルの部屋に居座り、祭りの話をずっとしていた。
ハル、ライキル、ビナ、ガルナの四人が楽しく会話していると。
「みんなそろそろ出るから準備してくれ」
バルコニーにいたエウスが部屋に戻ってきて言った。
気が付けば窓の外には日が高く昇っており、穏やかな眩しい日差しが部屋の中に差し込んできていた。
「よし、みんな出発しよう!」
ハルの掛け声とともに部屋にいたみんなが返事をして準備を始めるため動き出した。