解放祭へいこう
解放祭の会場はリーベ平野にあった。
リーベ平野はレイド王国のパースの街の北に広がる平野だった。その平野には気持ちのいい草原が緑の絨毯のように一面に広がっており、風が吹くとどこまでもまっすぐ何にもぶつからずに飛んでいった。
そんな何もない草原の中に突如小さな街が短期間で出現したことは驚くべきことだったが、それはリーベ平野に局地的に漂うマナのおかげであった。
リーベ平野にはかなり限定された区画にマナがあり、魔法を使うことができた。
祭りのために造られた街規模の会場が、なぜそこまで早く建設できたかというとそれは土魔法による希少な魔法と特殊魔法による組み合わせのおかげだった。
土魔法は建物の建築に特化した魔法と言っても良かった。と言うよりは人類が土魔法を使う用途で一番建築などに優れていたため、優先的にそこを発展させてきたと言った方が正しい。
土魔法は戦闘にも活用することができたが、その魔法を自在に扱えるほどの土魔法の魔法適性を持った人間がそもそも少ないため、扱える者はかなり重宝され、大事にされた。
ちなみに魔法には、その魔法を扱うための生まれ持っての才能のようなものがあり、使う魔法の適性が高いほどその魔法を巧みに扱うことができた。ただし各魔法の魔法適性には相互関係はなく、炎魔法の適性が高いからといって水魔法の適性が低くなるということは無かった。しかしもちろんこの適正には例外や一定の法則があることも知られていた。
そんなこともあり、土魔法が使えれば一生食べるのに困らないと言わしめるほど貴重な魔法だった。
そんな土魔法は一般魔法、またの名を属性魔法といわれる部類に属していた。その一般魔法は炎、水、風、土の四つの属性から成り立っている。中でも炎と水は人々の暮らしを支える身近な魔法として二大魔法ともいわれた。
そして、それら一般魔法以外から外れたものは全て特殊魔法というものに属することになる。
特殊魔法は一つの魔法に一つの能力と決まっており、これまた適性があれば誰でも好きな魔法を習得できた。それに特殊魔法は一般魔法に比べたら膨大にあるため自分の好みの魔法を選ぶことができた。しかし、特殊魔法に関しては一般魔法に比べて数が多く、さらに適性の幅が狭いため、習得は困難といえた。
魔法に関しては他にも例外は数多く存在するが、基本的に魔法という物を構築しているものは一般魔法と特殊魔法その二つが全てだった。
早朝に一台の馬車が草原の中整備された王道を走っていた。王道とは国が整えた大きな道であり馬車の走行をスムーズにした。この道は各国が協力して整備したものであった。
その王道を走っている馬車は、大きく外装は豪華なつくりで、馬車の車体の後ろにはエリー商会のマークが入った丸い装飾品が取り付けられていた。
その馬車の中でハル・シアード・レイは窓に取り付けられていた赤い上質な生地のカーテンをどけて外の様子を窺っていた。
朝の光を反射する緑の草原は美しく風に吹かれ、一糸乱れず次々となびいていた。
空には丸い雲の塊がぽつぽつとあるだけであり、天気は悪くなかった。それから視線を下に向けて辺りを見渡すと他にも馬車や馬を走らせる者たちがいた。
「こんな時間でも他にも人がいるんだね、まだ日が昇ったばかりだよ」
ハルがカーテンを閉めて馬車の中に振り返った。六人分の席がある馬車の中にハルを含めて五人が乗っていた。窓際のハルの正面にはエウスが座っており、その隣にはビナ、ガルナと続いた。そしてハルの隣にはライキルが座っていた。
「早めに店を開いてる場所もあるからそれが目当てか、日帰り組と言った感じじゃないか?」
エウスもハルが見ていた窓から外の様子を覗きこんだ。
「じゃあ、もう祭りは始まってるのか?」
「そう言うことになるな」
外を見るのに満足したのかエウスは窓を見るのをやめた。
「そう言えば、エリー商会はお店出さないんですか?」
対角線上にいたライキルがエウスに尋ねた。
「出してるよ、小規模だけど装飾品売ってる店とかレストランとか、あ、あとこの馬車とか」
エリー商会が会場まで送る送迎の馬車を出しているという意味であった。そしてハル達もその馬車を利用して解放祭の会場に向かっていた。もちろんエウスがいたため料金はタダとのことだった。
「他にどんな店があるか知ってますか?」
ビナがこの祭りの出店事情が気になって仕方ないという様子だった。
解放祭の情報はたくさん出回っていたがどれも噂程度のもので信憑性は低かった。しかし、エウスはエリー商会会長であり、今回の祭りにも出店するほどなので、ある程度祭りの内部の事情には詳しかった。
「そうだな、三等エリアだと屋台とか酒屋が多くなるな、あと闘技場とか舞踏会場もあったな、二等エリアだとやっぱり高級レストランが…」
「待ってください、なんですか、その三等とか二等とかっていうのは?」
エウスの話しを遮ってビナが質問した。
「ああ、今回の祭りは三つのエリアに分かれてるんだ。一番広いエリアが三等級エリアだな、ここが無料で公開される場所だ、そんで二等級エリアが入るのに入場料がかかる場所だな、一等級エリアは招待状を受け取った人しか入れなくて、特等級エリアが立ち入り禁止の場所だ。まあ、ほとんど三等エリアだけどな」
「特等級エリアには何があるんですか?もしかしてこの祭りで何か秘密の儀式なんか…」
ビナが興奮気味になったところで、エウスがその熱に冷水をかけるようにぴしゃりと言った。
「王様たちの泊まるところだ」
「ああ、そうですか…」
しょぼくれたビナは、つまらなそうにふわふわの座席にだらしなく寄りかかった。
「そうだ新兵のみんなはどうした?」
ハルが気になっていたことを尋ねた。彼らの指導はエウスやビナがしてくれていたが、そこの団長は一応ハルだった。完全に形だけの団長になっていたが。
「あいつらには休暇をやったよ、そしたらみんな解放祭にぶっ飛んで行ったよ、まったく愉快な奴らだよ」
「そっか、それは元気がいいことだ…」
ハルは新兵たちに何もしてあげられていなかったことを気にしていた面があった。実際にまだ四大神獣討伐から帰って来て、一度しか新兵のみんなに顔を合わせていなかった。
『俺は団長でもなんでもないな、解放祭が終わったら、いや、新兵だけじゃないなみんなにも団長というか指導者らしいところを…』
バン!
そこで物思いに浸っていると大きな音がしてハルの肩がびくっと上がった。
物音の先には反対側の窓に張り付いていたガルナの姿があった。
「みんな、見えてきたぞ!」
その言葉で馬車の中にいたみんながガルナの方に詰め寄って来た。
「おいおい、みんな一斉に動くなよ」
エウスが文句を言うが彼も興味津々で窓に移動していたため説得力がなかった。
「せ、狭い」
ガルナの背中にみんなが乗っかって来て窓の下の方に彼女が落ちていくとそこから、ビナ、ライキル、ハルが顔を覗かせた。
「おい、俺にも見せてくれよ…」
エウスが三人の後ろでぶつぶつ文句を言っていた。
そこで三人は解放祭の会場を目の当たりにした。
「すごい…」
三人の口から同じ言葉がこぼれた。
だだっ広い草原の中に巨大な建物がいくつも立ち並んでいた。