王からの招待状
エウスから招待状の存在を知らされてから数日後、みんなのもとにも招待状が届いた。
ハル、ライキル、エウス、ビナ、ガルナの五人が、天気のいい正午にいつも通り城の中庭で昼食を取っているとそこにデイラスがやってきた。
「やあ、みんな解放際への招待状が届いていたよ」
デイラスが封筒を取り出すと一人ずつ順番に配って行った。エウスはすでに招待状をエリー商会で受け取っていたため彼の分は無かった。
その中でハルの招待状の封筒だけが上質な紙が使われており、異様に立派だった。
「なんかハルのだけみんなのとは違いますね」
隣にいたライキルがハルの封筒を見て言った。
「確かに、ってあれこれ…」
ハルが招待状の封筒に押された封蝋を見るとどこかで見たことがあるものだった。
「ハル、これレイドの王が使うしるしだぞ!?」
いつの間にか近くに寄って来ていたエウスが、ハルの手もとにある招待状の封蝋見て驚いて言っていた。
その封筒の封蠟には獅子と王冠のしるしが刻まれていた。
「え、じゃあこれダリアス王から送られてきた手紙なのか?」
「そうなんですよハル剣聖。私も最初驚いて手が震えましたよ、まさかダリアス王ご本人からの直接の招待状なんですから」
他のみんなの封蝋にはレイドが発行するときに使う獅子だけのしるしでありよく見るものであった。それはレイドの祭りの実行部隊が作ったと思われるものであり、特定の誰かという要素は全く含まれていない簡素なものだったが、ハルに届いた招待状はレイドの王が送ったという特別な意味が込められたものだということが封蝋から分かった。
「なあ、ダリアス王からの手紙とか入ってるんじゃないか開けてみてくれよ」
エウスに急かされながらもハルは封筒の封を解いて、中身を確認した。
そこには三枚の紙が入っていた。
そのうちの二枚はみんなと同じく宿泊券と表彰式の特別参加枠だったが、最後の一枚はレイド王国の王様であるダリアス本人からの直筆の手紙だった。
ダリアスの手紙を開くとみんながハルの席に集まって来た。
「どれどれ?」
みんなが黙ってそれぞれのスピードで読み始めた。
『 親愛なる我が友 ハル・シアード・レイ
四大神獣の討伐本当にご苦労であった。君のおかげでレイド王国の人々が白虎というひとつの大きな脅威から解放された。これで霧の森周辺の街や村も安心して暮らすことができるようになった。民の代表として礼を言うよ。ありがとう。
本当はこの手紙には感謝の言葉と祝福の言葉で埋め尽くさなければならないが、少しだけ別の話をさせて欲しいことを先に謝っておく。
私はレイド王国という六大王国の王である。王の責務は少しでもこの国が良くなるように、多くの人や国と協力して前に進むことだと私は思っている。そのため今回、君に四大神獣の討伐を任せて本当に良かったと思っている、なぜなら多くの人々を救ったことに繋がったのだからな。
そこは王として私は正しい判断ができたと思っている。
だが、私はひとつ大きな間違いを犯していたことに気づいた。と言うよりは気づかされたことがあった。
ハルよ、ここからはひとりのただの友人からの言葉だと思って読んで欲しい。
私は王として間違ってはいなかったがハル、君の友人としては間違っていた。本来は君を止めるべきだった、それが正しい選択だった。君が無事に帰って来たから良かったものの、私は無謀な任務に君をひとり送り良き友人を失うところだった。
私は君の強さに甘えていたということだ。
だから解放祭で会うときにそのことを直接謝らせて欲しいと私は君に願う、そしてその時はただの君の友であるダリアスだと思って聞いてもらいたいのだ。
短い文だがここら辺で筆を止めさせてもらう、あとは直接会っていろいろ話したいからな。
と最後に私の娘のキャミルも解放祭には参加するので、どうかハル、エウス、ライキルにはキャミルに会って彼女を元気づけて欲しい、君たちがいなくてとても寂しがっていたのでな。
それでは解放祭で会えることを楽しみしている。
ダリアス・ハド―・レイド より 』
『やっぱり、親子なんだな…』
ダリアスからの手紙を読み終えたハルは、キャミルから受け取った手紙のことを思い出しながら心の中で思った。
「ありがたいなこう思われているのは…」
ハルが静かに呟いた。
「ハルのことを大切に想っている人はたくさんいるんです」
読み終わったライキルが言った。
「ライキルの言うとおりだな、それにしてもダリアス王、俺たちの名前まで出してくれるとはなんだか嬉しいな…」
エウスが嬉しそうな表情で微笑んだ。それはキャミルが来るということも書いてあったことも相まっての表情だった。
三人が王様からの手紙を見てしみじみと感想を呟いていると、デイラスとビナは驚きのあまり口をぽっかりと開けて固まっていた。
「……うんん…」
みんなが読み終わる中、ガルナはまだ真剣に文字を追っていた。ガルナは分からない言葉をハルに尋ねると彼は丁寧に寄り添って彼女に説明してあげていた。
「三人はダリアス王とどれくらい親しいんだい?」
そこにデイラスが驚いた表情を維持したまま尋ねてきた。その表情を作り出したのは紛れもなく王から送られて来た手紙の内容によるものだった。
「そうそう、そういう意味だよガルナ…。ああ、そうですね、ダリアス王とは暇なときに一緒に酒を飲んだり、食事するぐらいの仲ですね」
ハルがガルナに手紙の中の言葉を説明している途中、デイラスの質問にも答えた。
「ダリアス王と…さすがは元剣聖だ…」
デイラスですら今まで個人的な付き合いで王族と食事をとったことなどなかったが、むしろそっちの方が普通で当たり前だった。
「いや、そこまでダリアス王と親しくなれたのはキャミルと仲良かったおかげですね……あ、その言葉はね…」
ハルはガルナに向き直って言葉を教えることに戻っていた。
「そうだったね、キャミル王女ともハル剣聖たちは仲がいいと言っていたね…」
デイラスはまだ驚きを隠せない表情でひとり静かに呟いていた。彼もハルたちがキャミル王女と親しいということは知っていたがその父親でもあるダリアスとも友人の様に親しいとはパースの街にずっといた彼が知るはずもないことだった。
「ライキルとエウスの名前もありましたよ…」
その手紙を見たビナもデイラスと同じように開いた口がふさがらない様子だった。彼女はそもそも王様か手紙をもらうということ自体に驚いていた。そこに友人たちの名前も書いてあればそれは驚かないわけがなかった。
「そうですね、私たちも何度かダリアス王とは会食させてもらいました。ハルとキャミルのおかげですけどね」
「す、すごい…」
「ビナもそのうち会食することになりますよ、きっと」
「え!?わ、私は遠慮しておきます、無礼を働いたら大変ですから!」
「ダリアス王は信頼してる人にはとても優しい方ですから、ライラにいたビナなら絶対大丈夫ですよ」
「う、うん…」
とても自信なさげにビナは返事をしていた。
エウスがビナとライキルの会話を聞いていると、呆然としていたデイラスが気をしっかり持ち直してエウスに話しかけて来た。
「やっぱりすごいな、君たちは王族に気軽に会えるのなんて三大貴族やルドルフ大団長ぐらいじゃないかそういうことができるのは………」
「ええ、そうかもしれません…俺たちは結構恵まれていましたね……」
エウスはデイラスの話を半分ぐらい聞いていたが、途中からほとんど意識はハルと彼の隣にいるガルナの方に移っていた。
そこでハルは熱心にガルナに言葉や文字を教えていた。
「そう、そういうことだよ、できるじゃんすごいよ、ガルナ」
「フフ、理解できたぞ!ハルは天才だったんだな…!」
「ハハハ、ありがとう」
仲睦まじい様子のハルとガルナの姿がそこにあった。
「…………」
エウスはそれからライキルを見た。彼女はビナと楽しそうに話していた。
そこにエウスは少し違和感を覚えていたが、その違和感はきっと自分には関係なくて深く考えて入っていく問題でもないと思った。それに今、エウスが抱いた考えはとてもお節介で彼らの気持ちを何も考えていないものだった。つまり彼らの問題を勝手に考え心配しているだけだった。しかもそれを問題と捉えるのもなんだか見当違いのような気がした。
『早く、キャミルに会いたいな…』
エウスは不意にそう思うのだった。しかし、そのような思いが急に湧き上がってきたのは、きっとハルとガルナのふたりが仲良くしている姿を見てしまったためだったのかもしれなかった。
それから招待状を受け取ったハルたちはおよそ一週間後、古城アイビーから解放祭が開かれるリーベ平野に出発することになった。