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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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宴は終わりへ

 二階に取り残された、エウスとアハテルは、バルコニーから、そのお祭り騒ぎしている中庭を見下ろしていた。


 兵士たちに囲まれる、ハルとレイゼン卿は、その中で、勝負とその場を一番に楽しんでいた。


 二人は、互いの片腕と片腕を交差させ、がっちりと組みあって酒を飲んだり、二つのグラスを一気に飲み干して、相手に余裕を見せつけたりしていた。


 なんとも、くだらないことをする二人だったが、周りの兵士たちは、大いに盛り上がっていた。


 どちらも一向に引かない白熱した勝負は、まだまだ続く、模様だった。


 エウスは、ハルの勢いまかせな行いに、半ば呆れながらも、ハルらしいと少し微笑んだ。


「すみません、アハテルさん……」


「構いませんわ、夫も久々に楽しそうですもの」


「そうなのですか…?」


「ええ、来客は来るのですが、こんなに大勢でいらっしゃるのは久しぶりですし、それに大抵は仕事の話でしたもの」


「それは、退屈してしまうかもしれませんね」


「そうよ、それに最近は魔獣もうろついているから、外での催しものを控えていたの」


「そうだったのですか、そうでしたら、我々が息抜きにでも、なっていれば幸いなのですが」


「ふふ、それに関しては大丈夫よ、彼とても楽しそうだもの」


「よかった」


 それを聞いて安心するエウスの瞳は、ハルの姿を捉えていた。


 心の底から楽しんでるハルの姿に、今のエウスは真似できないと感じさせた。


『あそこまでマヌケ面は、ガキの頃いらい、人前でしてないかもな、四人の時はしてたが…四人のまえだけだ』


 酒を飲み干した後のハルの顔を見て、エウスはそんな感想が浮かんだ。


「あいつ…ハルは誰とでも、あのように人の中に溶け込めるんです」


 エウスは独り言のように言った。


「あら、私からみたら、あなたも、人に好かれるようにみえますけど…?」


「私の場合は、人の顔色をうかがっているだけなんです、本当に人々と分かり合えるのは、ハルのような人間なんです」


 それを聞いたアハテルは静かに質問する。


「エウスさんは、おいくつだったかしら」


「二十二歳になります」


「とても若いわね」


「そうですか?」


「ええ、私からしたら、とても若いわ、私が同じ歳の時は、三人の子供を育てていたわね」


「素晴らしいです」


「ありがとう、それで、そんなもう、おばさんの私からのアドバイスよ」


「そんなことありません」


「ふふ、あなたと話すと気持ちがいいわ」


 エウスがアハテルの方を見ると、自分の夫を眺めているようだった。


「私が言いたいのは、一つだけ、最後まで、人とはわからないものということよ」


「………」


 エウスは少し言葉を失う。


「しかし、私には…」


 エウスは、一瞬、言葉に詰まる。


「多くの人から見られる人は、印象を良く保つために、自分の本心をさらけ出せないときもあるのです」


「あなたが言うとかなりの説得力がありますわ」


 余裕そうな笑顔に、エウスは自分の言っていることに自信がなくなる。


 商人を経験しているエウスは、敵も多く作ってきた。


 そのため、疑うということに、エウスは磨きをかけすぎてしまった。


 その疑いから、エウスは人という者を心のそこから信じれなくなっていた。


 薄っぺらく、表面的な、関係しか作りだせなくなってしまったと、エウス自身は思い込んでいた。


 だからハルの誰とでも、気を許して楽しめる、ハルの純粋な心に嫉妬する部分がエウスにはあった。


 そしてエウスはそんな純粋なハルの見る目だけは、盲目的に信じることができた。


「人は永遠に同じじゃないわ、だからエウスさん、あなたがしたいようにすればいいわ、あなたの立場では難しい場面があると思うけど、なんてったって、エリー商会の会長さんなんですものね」


 そういいながら、アハテルは小さく笑った。


「でも、思い出して、ハルさんだって剣聖という重い責務を担っていたわ、大丈夫よ」


「………!?」


 当たり前のことを言われたエウスはその場に固まってしまう。


 剣聖が多くの人の命を預かっているということを。その責任の重さを。


『そうだ、忘れていた、あまりにもハルが身近で、強すぎて、簡単に人を救うから。それは当たり前のことで………俺たちの知らない場所でハルもこういった感じの悩みをもっていたかもしれないな』


「すごいな、あいつは、本当に……」


 小さくエウスは呟いた。


 大人になっても純粋でいられることは難しいのかもしれない、それでも。


「なんだか、心の霧が晴れたようなきがします」


「それは、良かったわ」


 エウスの瞳の中に小さな緑色の光が走る。


「アハテルさん」


「なにかしら?」


「実は私、人の感情がわかるのです」


「あらそれは、素敵ね」


「ええ、彼ら、とても楽しんでますよ」


「フフッ、ええ、私にもわかるわ、本当に楽しそう」



 そういうと下の中庭では、勝負がついたのか、大きな歓声が兵士や使用人たちの間であがった。


「もう、限界だぁ!参った、降参だ!」


 そう言っていたのはレイゼン卿だった。


「くー、久しぶりに負けてしまったわい!」


 体が熱く、ポカポカしているレイゼン卿は言った。


「さすがですよレイゼン卿、俺の見た中で一番の酒豪でした」


 レイゼン卿は使用人から水の入った大きなグラスを受け取り、口に運ぶ。


「ふう、次はどうすのだ、ハルよ?」


「もちろん決まっています」


 そういうとハルとエウスの目が合った。


「おい、エウスお前全然飲んでないだろ、こっちこーい!」


 そういわれたエウスの顔は笑っていた。


 そこに、おしゃべりとごちそうに区切りがついた、ライキルとビナ、グレースとハザーナも、エウスとアハテルの隣にそれぞれ来ていた。


「エウス、久々ですねハルとの勝負は、たまには勝ってみてくださいよ」


「無茶言うなライキル、あいつは底なしだぞ」


「知ってます、それでもですよ、エウス」


 ライキルの相変わらずの無茶振りに、エウスはなんだかうれしく感じてしまった。


「エウスは勝てませんよ、ハル団長は最強ですから」


 ビナが自信満々に言った。


 そのビナのお腹は大食いによって、大きく膨れていた。


「ビナ、食いすぎだろ」


 エウスが愕然としながら膨れた腹を見つめている。


「うるさいですね、さあ、早くエウス、ボコボコにされてきてください」


「あははははは、任せとけ」


 アハテルとエウスは目が合う。


「エウスさん、あなたのしたいように」


「ありがとうございます」


 エウスの最初に見せた笑顔とは、全く違う、完璧とはほど遠い、優しさにあふれたくしゃくしゃのエウスの笑顔は、アハテルも一瞬、うっとりしてしまった。


 エウスはバルコニーから飛び降り、ハルのもとまで行き、席に着く。


「来たな、エウス」


 ハルはラスボスのように、腕を組んで構えて言った。


「エウスよ、私の無念を晴らしてくれ」


 挑戦者の隣に座っている、レイゼン卿が気持ちよさそうに酔っ払いながら言う。


「レイゼン卿もさすがに酔ってますね」


 エウスが、これから自分が飲む、酒の香りを嗅ぎながら言った。


「私はまだ酔ってないぞ」


「酔ってる人はみんなそう言いますよ、レイゼン卿」


「ガハハハハ!」


 ハルはエウスが来てくれたことが嬉しいのかニヤニヤしていた。


「さあ、始めようか、わが永遠の友、エウスよ!」


「ハル、俺はなんだか、今日はお前に勝てる気がするぜ!」


 そして、ハルとエウスの飲み比べが始まり、下の中庭の歓声に再び熱が入った。



 二階にいる女性たちは、中庭を眺めている。


「男性はいくつになっても、男の子だった時の心を忘れてはいけないわ」


 アハテルが彼らを眺めながら、独り言のようにつぶやく。


「そうかもしれませんね、エウスがあんなに楽しそうに笑うの、久しぶりに見た気がします」


 ライキルもそれが、なんだかうれしくて、笑みがこぼれた。


 夜が更けていく。














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