閑話 早朝のティータイム
時は遡り、ハルたちが四大神獣討伐のため王都を出発して、古城アイビーに到着した次の日の早朝の出来事。
ハルが目を覚ますとそこは古城アイビーの中にある自分に割り当てられた一室のベットの上だった。
「夢…か…」
どこか喪失感が残るハルだったがベットから見える窓を眺めて外の様子を確認した。外はまだ星の明かりが強く輝いており、朝とは言えないような明るさだった。
それでもハルは起きてベットから降り、最低限の身支度を整えると自分の部屋から出た。
「喉乾いた…何かあるかな…?」
そのままハルは昨日デイラスから説明を受けて知った西館のキッチンに向かった。普通の魔法が使えないハルは喉を潤すにも一苦労必要だった。
そして城の西館のキッチンに着いたハルだったが、そこは真っ暗でしんと静まり返っていた。
「まあ、誰もいないよね」
ハルはキッチンの扉の前で中に入ろうか迷っていた。
「勝手に入っちゃまずいよな…」
扉の前でハルがあぐねいていると。
「おはようございます」
ハルが後ろを向くとそこにはひとりの使用人が立っていた。
「あ、おはようございます…」
ハルがその使用人に挨拶を返した。
その使用人は綺麗な長い黒髪をまとめており、白い肌で、つり目に薄い青色の瞳が宝石の様に輝いていた。彼女からはどこかクールな感じがして鋭く冷たい視線はハルの眠気を吹き飛ばした。
「ここに何か用ですか?」
「ああ、少し喉が渇いたから何か飲みたいなって思ったんだけど誰もいなくてね…」
「そうでしたか、でしたら私が何か用意いたしますよ」
「本当にいいの?」
「はい、私このキッチンで働いている使用人なので」
「そうか、そしたら紅茶がいいかな…」
ハルは頭の中に浮かんできた飲み物を呟いた。
「かしこまりました」
古城アイビーの東館に泊っている者はほとんどが身分の高い人物であったり、お偉い軍人のため、使用人は城の中にいる者に対してはかなりの注意を払っていた。
そのためこんな朝早く誰もいない時間に知らない人物がいたとしても、それはお客さん以外ほとんどありえなかった。軍事拠点として知られているこの場所に侵入してくるまぬけな泥棒や犯罪者などいるはずがなく、その点でいえば中にいる人はある程度信用できた。
ハルはその使用人にどこで飲むか尋ねられると中庭と答えた。ここに来たときお茶をするならここだと思っていた。
ハルが先にエントランスに向かい中庭につながる扉を開けると、緑の芝生の絨毯が広がっていた。しっかりと手入れされた中庭は見ていて気持ちが良かった。
『広いしいい庭だな、ここでみんなで食事とかしたいな…』
ハルが中庭を歩き回って、しばらくすると使用人が手押し車を押して紅茶を持ってきた。その手押し車をエントランスから出す前に、エントランスにある小さな部屋にしまってあるテーブルと椅子を出し始めると、ハルがそれらを中庭まで運んだ。
「あの、待っていてください私が…」
「いいよ、俺にも手伝わせてよ」
ハルは笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます…」
それからハルがテーブルと椅子をエントランス近くの芝生の上に置くと、使用人が手押し車を押して紅茶セットを運んできた。
そして、その使用人がハルに紅茶を注ぎ、お茶する用意が終わるとハルが彼女にある提案をしてきた。
「もしよかったら一緒に飲みませんか?」
「え!?」
意外な答えにその使用人は困惑してしまった。
「私は使用人なので…」
「話し相手が欲しいんだけどダメかな…?」
その使用人は少し冷静になって考えたあと小さく頷いた。彼女には朝食の支度があったがいつも早起きしているため時間の余裕があった。それに目の前の青年がいったいどんな人物なのか気になってしまっていた。
「本当に!?ありがとうじゃあもう一つ椅子持ってくるね」
「ああ、だったら私が自分で…」
「いいよ、いいよ、そこで待ってて!」
「………」
彼女は走っていくその青年を見つめることしかできなかった。
それからその青年が椅子を持って来て彼女を座らせると、手押し車からカップをもう一つ取り出して紅茶を注いで上げた。
「そんな自分でやりますよ」
「話し相手になってもらうんだこれぐらいしなきゃね」
「そ、そんな…」
彼女はここにいて初めての扱いに戸惑っていた。
しかし、いざ準備が整うと。
「それじゃあいただきます!」
「いただきます」
さっそく二人は紅茶を飲み始めた。
「おいしいです、自分で言うのもなんですが…」
「うん、とってもおいしいよ、この紅茶…」
使用人がその青年を見るとどこか寂しそうな表情をしていたが、彼はすぐに幸せそうに紅茶を堪能し始めた。
そして彼がカップに入った紅茶を半分飲むと顔を上げた。
「そうだ君の名前を聞いてもいいのかな?」
「はい、ヒルデ・ユライユと申します」
その使用人が自分の名前をその青年に告げた。するとすぐに彼も名乗った。
「俺はハル・シアード・レイです」
「………」
ヒルデは固まってしまった。ハル・シアード・レイと言ったらレイド王国の剣聖しか頭によぎらなかったからだった。そんな大物が目の前にいて自分とお茶をしているはずがないと思ったがヒルデは確認するしかなかった。
「ハル・シアード・レイってあの…剣聖の…」
彼女のクールな表情に焦りが見え始めた。
「元だけどね、今はちょっといろいろあって普通の騎士だけど…」
『本物だ…絶対そうだ、背が高いし青みがかった髪に青い瞳だし…』
ヒルデが彼をなめるように見回すと噂で聞いていた容姿と姿形が次々と合致していった。
「すみません、そうとは知らず無礼な態度を」
「いや、君は一度も無礼な態度はとってないよ、それよりさヒルデさんって呼んでいい?」
「はい、シアード様」
「ハルでいいよ」
「そうは絶対に呼べません」
ヒルデはそこだけは固い意志をもって言えた。
「じゃあ、ハルさんでお願いしたい」
「シアード様がそうおっしゃるなら」
「ハルさんこれでよろしいですか?」
「うん、ありがとう!」
それから二人は話をした。
「そういえばヒルデさんはいつもこんなに朝早くに起きてるの?」
「ええ、まあ」
「すごいね」
「自分が好きでやってるので苦ではありません」
「いつから料理に興味持ったの?」
「そうですね、気づいたときには祖母から料理の仕方を教わってましたから、正確な年数は覚えてません」
「そっか、俺も小さいとき料理とか作ってたんだけどやっぱり料理って大変だよね」
「ハルさんほどの方が料理してたんですか」
「ハハハ、そうだよ、俺、道場で育ったんだけど、そこで何十人分もの料理を作ってたときあったんだ。人数が多いから大量に作らなきゃいけなくて味とかいつも不安定で、まずいとか言われた時もあったけど、みんなそれでも残さずに食べてたんだよな…」
「素敵な方たちですね」
「いや、単純にあいつら、いつも腹すかせてるだけなんだけどね」
「それでも残さず食べるのは素晴らしいことです」
「そうだね」
二人は話しを続ける。
「そうだもしかしてヒルデさんってケーキも作れる?」
「ええ、お菓子を作るのも好きですから」
「それだったら、昨日のパーティーに出てきたケーキってヒルデさんが作ってくれたの?」
「あ、そうですね、私が作りました」
「あのケーキ、とってもおいしかったよ!」
「ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです!」
二人は話しを続ける。
「ヒルデさんは夢とか見る?」
「ええ、たまに見ます」
「どんな夢?」
「友人と話してる夢とか平凡な夢しか見ませんね」
「そっか、俺も夢を見るけど、その内容がいつも思い出せなかったり曖昧なんだ…」
「でも夢を見たことは分かるんですね、夢を全く見ないという人もいるとたまに聞きます」
「そうだね、そっちの方がいいのかもしれない、俺なんか悪夢を見た時なんて体調が悪くなっちゃってさ、汗が止まらなくなったりするんだよね…」
「白魔導士に一回見てもらってはいかがですか?」
「それが実は一回見てもらったんだけど、白魔導士の白魔法にも何も引っかからなくてさ」
「…それでしたらカウンセラーに診てもらってはいかがですか?」
「カウンセラー?」
「はい、白魔法じゃ治らない気持ちの問題とかを担当する方です」
「そんな人がいるんだ」
「はい、私の知人に一人いますクロル・シャルマンという女性がいます」
「ぜひ教えてもらいたいね」
「彼女とても優秀な白魔導士でもあるので一度話してみるといいですよ、この街の白魔導協会にいるはずです」
「そうか…」
二人は話しを続ける。
「そういえばどうしてハルさんのような方がこの城にいるのですか?」
「それはちょっと任務があって来たんだけど…」
「話せないことなら大丈夫です、軍の方は秘密を守らなければならないことが多いですからね」
「いや、これは近いうちにみんな知ることだから大丈夫なんだけど…」
「言いずらいのでしたら無理に今、言わなくても大丈夫ですよ」
「君には言っておくよ、こうしてお茶にも付き合ってもらったんだからね、実は近々軍は四大神獣のひとつの白虎の巣を攻撃することにしたんだ」
「それは…」
「うん、それで俺の出番ってわけ…」
「そうだったんですか…」
「それでさ、ヒルデさんに聞きたいんだけどさ」
「はい」
「死についてヒルデさんはどう思ってる?」
「死ですか?」
「うん」
「私は死は終わりじゃないと思ってます」
「うん」
「料理人だからですかね、終わった命をいただくのが食事なので、死は単純に終わりだと私は思わないんです。終わった命はどんな形であれ次の命の糧になりますから」
「………素敵な死の捉え方だね」
「ハルさんは死をどのように思っているのですか?」
「避けられないものだと思ってる…それだけかな」
「そうですか…」
「ごめん、なんか俺だけ当たり前のこと言って」
「いえ、そんなことありません、そもそも、死について考えてることに私は好感が持てます私ごときの好感ですが…」
「君に好かれたら嬉しいと思うけどな」
「いきなり、そんなこと言わないでください」
「ああ、ごめん、ごめん」
二人は話を続ける。
「ハルさんこれから危険な場所に行くんですよね」
「そうだね」
「そしたら一つだけ私から無礼を承知で述べさせてもらいたいことがあります」
「何かな?」
「楽しんでください」
「え?」
「心行くまでこの世界をハルさんの人生を」
「俺の人生…」
「はい、これはさっき言ったクロル姉さんの言葉です。彼女、危険な場所に行く騎士や冒険者たちにいつも言ってることなんです。彼女それを言って怒られる時もあると言ってたんです。それは当然です。でも、辛いことが多い職業の方々が一番最初に忘れることだって、彼女いつも言ってました。だから、彼女言うんです、それを忘れたら絶対にいけないって…」
「…そっか……心に刻んでおくよ、楽しむって気持ち忘れないように」
「はい!」
二人が話していると次第に外が明るくなって来ていた。
「私そろそろ行かなくちゃいけません、皆さんの朝食の準備があるので」
「そっか、ありがとね、いろいろ話せて楽しかった」
「私もです!ハルさんと話せて楽しかったです!」
そのときのヒルデは最初の冷たい感じの雰囲気とは全く変わっており温かみのある表情で笑っていた。
「コップなんかは私が後で片付けるのでそのままにしておいてください」
「なにからなにまで本当にありがとう」
「いえいえ、使用人として当然のことです」
ヒルデはハルに一礼をすると城の中に入っていった。
ハルは自分のカップに残っていた紅茶を飲み干してしばらくその場でボーっとしていた。そしてこれから自分がしなければならないことを考えた。
『四大神獣かあ…もっと調べないとだめだよな、たしかこの街に有名な図書館があったよな…』
静まり返った中庭で考え込んでいると後ろから声を掛けられた。
「おはよう、ハル、朝早いな」
ハルが後ろを振り向くとそこには痛そうに顔をさするエウスがいた。
「おはよう、エウス、そっちこそ早いな」