神獣討伐 神獣白虎
ハルたちがいる血に染まった赤い森が突如、眩い光に包まれていた。
「これは…魔法陣か!?」
ハルは地面に広がった奇怪な光の模様を目撃した。その模様は辺りの地面を絶えず動きまわっていた。
魔法陣は【空の魔法】を作るものだった。
魔法はマナやエーテルが流れて初めてこの世に現象として顕現する。空の魔法はマナやエーテルの流れていない魔法だった。つまり空の魔法とは、魔法として発現する寸前の状態の魔法とも言えた。
その空の魔法とは魔法陣という形でつくることができた。
魔法陣とはあらかじめその空の魔法をつくっておくためのものであった。
そのため、魔法陣にマナやエーテルを流すとその空の魔法に力が宿り、魔法陣に組み込まれていた魔法が発動する仕組みになっていた。
魔法陣は魔法を使える人であれば誰でもその中に組み込まれた魔法を発動できたが、魔法陣を組んで誰でも扱えるようにするのは高等な魔法使いだけあり、その数はほんのわずかしかいなかった。
そのため、この場にいた全員が、この森で魔法陣が出現したことに意表を突かれていた。
そしてさらに驚くことはその魔法陣の大きさだった。ハル達が見渡したところ、どこまでもその魔法陣の光が広がっていた。
「ハル、これはかなりまずいぞ、魔法陣だ、しかもかなり大きい!」
フォルテがかなり慌てていた。
「こんなでかいのは見たことない…」
エウスも驚きながら周囲の白い光を見渡していた。
「魔法陣ってなんだっけ?」
「魔法をあらかじめ作っておく魔法みたいなものです、マナを流せば魔法陣からそこに込められた魔法を発動させることができるんです。自分が訓練していない魔法も使えるのでとても便利なんですが、魔法陣を組める人はごくわずかなんです」
「そ、そっか…」
ライキルがガルナに説明していたが、彼女は理解できたかは怪しかった。
「こんな大きな魔法陣、どんな魔法が込められているのでしょうか?」
ベルドナが不思議そうに呟いた。
「そうですね、でもその前にこれを組んだのっていったい…」
ビナがそう呟いた時だった。
ハルとフォルテとガルナの三人だけが同時に空を見つめた。朝焼けの美しい空がただどこまでも広がっていた。ただその空から三人は何かを感じ取っていた。
「………」
「なんだ…何か……?」
「あ…あっ…あ……」
他の四人はフォルテとガルナが何かに怯えていることで不安になり始めた。
「どうしたんですか?」
「ガルナさん大丈夫ですか?」
「あっあ…みんな逃げなきゃ…来てる…来てる嫌な奴が来てる…!」
ライキルとビナが心配するが、ガルナはただただ身体を震わせて怯えていた。
「フォルテさんどうしたんですか?」
「ベルドナ、いや、みんな逃げろ…早く!ここから!何か来てる!!」
フォルテが全員に聞こえるように叫んだ時だった。
魔法陣が強い光を発した、すると一瞬全員の視界を真っ白に包み込んだ。
そこから全員が目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
辺りに散らばっていた白虎の流した血が空に向かって流れだしていた。
「なんだこれどうなってんだ!?」
エウスが驚きのあまり叫んだ。
その血は地面で光っている魔法陣と全く同じ模様の魔法陣を空にその血で描き始めた。
ザアアアアア!!
辺りの血は一瞬で空に上がってしまった。そして、その血でできた巨大な魔法陣が空に完成すると、突然その血の魔法陣が一気に一か所に収縮して朝焼けの空のどこかに消えてしまった。
「なんだったんだ…?」
エウスが周囲を確認すると辺りの血は全てなくなっていた。
「来た…」
ガルナが小さく呟いた。
その時、空から轟音が鳴った。その音は何かが裂けるような音だった。
ギギッギギギギバキバキキキ!!!
ハルたちから少し離れた空に亀裂が走り、早朝の美しい青空に真っ黒な穴が開いた。
そしてその穴から一匹の獣が姿を現した瞬間、その場にいたひとりを除いた全員の身体が凍り付いたように固まった。
その獣は百メートルを軽く超えており、四本足に長い尻尾を持った巨大な獣だった。その姿は白虎に酷似していたが、黒の縦じまは無く雪のような真っ白な毛並みをしており、青い瞳が爛々と輝いていた。
そして神々しく青白く発光して。体の周りには白い電流がほとばしっていた。
その姿はまさに神の獣だった。
そして地面にその白い獣が降りるとこちらに明らかな敵意を向けて咆哮した。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
どこまでも遠くに響く咆哮は、近くにいた全員を恐怖でその場に釘付けにした。
「…………………………」
エウス、ライキル、ビナ、ガルナ、フォルテ、ベルドナは悲鳴を上げることすらできなかった。息をするのも許されないほどの殺気が周囲に満ちて全員身動きひとつとれなかった。
「………」
『レイドのときと一緒だ、身体が動かない…どうしようこのままじゃあの時みたいにみんな殺されちゃう…』
ビナは五年前の惨劇を思い出していた。その状況がまた再び繰り返されるそんな予感を抱いていた。
「………!」
その時目に映った光景にビナは絶望した。
白い巨獣は大きな口を開き、大きな白い塊を作りだしていた。その塊は雷と似た性質のように感じた。その白い雷の塊はどんどん大きくなっていくにつれて辺りに放電するように白い雷を落としていた。それだけで白い巨獣の周りにあった地面はえぐれ木々は粉々になっていた。
そして、その蓄えられたエネルギーはこちらに向かって放たれる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!
巨大な光線がすべてを破壊しながら凄まじい速さで迫ってきた。
ガリガリガリガリガリ!
地面を削りながらみんなの方に向かってくる。
その場にいた全員が死を覚悟した。覚悟するしかなかった。その巨大な光線から放たれる輝かしい光はみんなの視界を真っ白に染めあげた。
『いやだ…しにたく…』
ビナがそう思った時、みんなの前にひとつの影が割って入った。くすんだ青い髪の青年がひとりみんなの前に立っていた。
その青年はいつしか颯爽と現れては絶望から自分たちを救ってくれた英雄。憧れの存在。
『ハル団長…』
ハルが地面に刺さった刀の【首落とし】を引き抜いて泥と血を払った。
そして、その刀を全力で振るった。
その瞬間。
バン!!!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
ハルの目の前のすべてのものが散り散りなって破壊されていく、透明な破壊が前方に広がっていき、地面をえぐり何もかもがなくなっていく、透明な破壊は迫りくる巨大な光線とぶつかるとその光線をいとも容易く粉々にした。
ゴオオオオオォォ
その衝撃でハルの近くにいた全員が吹き飛ばされるが身体が動くようになり受け身をとっていた。
「みんなごめん大丈夫か!?」
ハルが振り向いて全員の安全を確認した。
全員が返事をして彼に無事を伝えた。
「よかった…」
ハルは安堵したあとフォルテと目を合わせて彼に言った。
「フォルテみんなをここから逃がしてくれないか?」
「逃がすって、お前はどうするんだ?」
ハルは無言で白い巨獣を指さした。
「狩るのかあいつを…」
ハルは笑顔で頷いた。
「そうか、分かった…全員ここから離脱するぞ!!」
フォルテは頷いた後、全員に叫んだ。
そのさなか、ライキルがハルに駆けよった。彼女は身体が動くようになったが今も恐怖から小刻みに体を震わせていた。そして怖くて顔を上げられなかった。ハルの後方にいる白い巨獣を視界にいれたくなかった。
「だ、だめです…ハル…一緒に…い…」
「大丈夫だよライキル、もう決めたから」
「…!?」
ライキルは顔を上げる、そこには何度も見てきて救われた優しいハルの笑顔があった。
「みんなのために戦うって、迷わないって、だから信じて欲しいんだ、次はみんなのもとに、ライキルのもとに必ず帰って来るって」
「………」
そのときライキルの体の震えは止まった。ただ、目の前の大切な人しか目に映っていなかった。
風が吹く気持ちのいい朝の風が吹く。光が差す、二人を照らす朝の神々しい光が差す。空気が変わりその場を支配していた恐怖は消える。
そして戻って来る、彼の笑顔一つでいつもと変わらない世界が戻って来る。いつもと変わらない美しい世界が。
ライキルは笑った。とびきりの笑顔で。そして信じる彼のことを。
「みんなで待ってます、あなたを信じて」
「ありがとう」
ライキルがハルから離れた。