神獣討伐 ひとりじゃない
ハルの目に映るのはここにいるはずの無い二人だった。
「なんで…ここに…?」
美しい朝の光と辺りに散らばる残酷な景色の中、ライキルがこちらに向かってくる。泣きながら目を真っ赤に腫らして、それでも笑顔でこちらに向かってくる。
ライキルを見ると自らを殺そうとする右手の力が急速に弱くなっていくのを感じた。刀は右手から零れ落ちて、地面に突き刺さった。それから全身の力が抜けて自然と彼女に向けて両腕を広げていた。
すぐそこまでライキルが来ると自然とハルの目からも涙が流れた。
霧の中で時間は分からなくなり、ずっと彷徨い戦っていたから何十年も何百年も会ってないような気がした。
そしてライキルが自分の胸の中に飛び込んでくると、そっと彼女のことを抱きしめた。ハルもライキルも血に染まっていたがそんなことは気にしていなかった。ただお互いを求めるように強く抱きしめる。生きているとひとりじゃないと互いの体の温かさが教えてくれる。
「ごめんなざい…わだしハルのごどなんにも…しらなぐうて……ハルずっどぐるしかったのに、わだし…ただハルに守られるだげで…あなだのいだみにぎづいてあげられなかっだの!!」
ライキルは泣き崩れながらハルに謝った。
「違うんだ…俺が…ずっと間違ってたんだ、全部ひとりで決めて…」
『俺はバカだ…なんでこんなに大切な人を泣かせてるんだ…』
ハルのライキルを抱きしめる力を緩めて彼女の顔を見た。
「ごめん…ライキル……俺ひとりで死のうとしてた…」
「いやでず…いや…でずう…」
「わからなかったんだずっと自分が生きてていいのか…」
「うう…ううん」
ライキルはハルの胸に顔を埋めてそのままむせび泣いていた。
「でもさっき分かったんだ、俺は最後までみんなのために生きて戦うって、もう迷わないって…」
「ううっ、うん…」
「ごめんね…心配かけたね…」
「うえええええええん!」
ライキルが大声で泣きだすと、ハルは彼女の頭を優しくそっと撫でた。ハルは全身返り血で真っ赤に染まっていたが、ライキルもここに来る途中で全身真っ赤に染まっていた。そのことからも全力で駆けつけて来てくれたことが分かった。
『ここまで来てくれて本当にありがとう…』
「ハル…」
「エウス…」
ハルがライキルを抱きしめながら声の方を見るとエウスがいた。彼も全身真っ赤に染まっていてどれだけ全力だったか容易に想像できた。ハルは申し訳ない気持ちと同時にとても嬉しかった。危険な場所にも関わらずにこんな場所まで自分に会いに来てくれることが心の底から嬉しかった。
「ごめんハル…俺はお前に何もしてやれなかった。そばにいたのに何にも気づいてやれなかった……」
そう言って俯くエウスの目にも泣いた後があったのをハルは見た。
『俺はほんとに…最低だ……』
ハルがそう思うと、エウスの手をひぱって彼も自分の方に抱き寄せた。
「違うエウス謝らなきゃいけないのは俺の方だ、俺はみんなをおいてこうとしたんだ、楽になろうとしてたんだ…」
ハルは自分の考えである生きとし生けるものは全て同じ生命という考え方は決して間違ってはいないと思っていたが、それを生き方にするのは正しくないとアザリアから教えられた。
だが、それでもこのことはずっと考えていかなければいけなかった。たとえ人々の生命を守るためだとしても生命奪う行為は罪を背負うとハルは思っていた。
「この罪から逃れようとしてたんだ…」
そのことを考え続けなければ再びどこかでまた自分は大きな間違いを犯してしまうような気がした。
そんな気がしたのだ…。
「罪…」
エウスが辺りを見渡すと神獣の死骸と思われる肉片や骨が散らばっていて辺りは凄惨な後だけが残っていた。
「罪って神獣たちを殺したことか…」
「ああ…」
「ハルそれは…」
エウスが口ごもりながら頭の中で思った。
『そうか…ハルはいつも真剣に向き合ってたじゃないか…どんなときも…』
「それが罪なら、それはハルだけの罪じゃない!俺も一緒にその罪を背負うから…だからハルだけの罪なんかじゃ絶対ない……」
「………!」
ハルはそのことを聞くと少しだけさっき一緒にいてくれた人のことを思い出した。
「エウスは同じことを言ってくれるんだな…」
「…どういうこ……?」
エウスが尋ねようとしたとき。
「エウス!ライキル!」
肉の山の上から叫び声が聞こえた。
「ハッ…!」
ハルだけが先に上にいる人を見た。
二人を抱きしめてたハルの力が緩むとエウスとライキルも振り返って彼が見つめる方を見た。
そこには息を切らして全身汗だくのガルナの姿があった。二人を心配して後を追って来てくれたようだった。彼女はすぐに肉の山を滑り下りて来た。
「え!ハル…ハルか!!」
そこでガルナの目にも彼の姿が映る、会いたかった人ずっと心配してた人の無事な姿を。
ガルナは全力でハルに駆けだす、彼に近づくごとに、嬉しさが心の底から湧き上がってくる。
『生きてた!ハルが生きてた!!』
ガルナはハルに飛び込んで抱きしめた。
「良かった!!生きてた!!ハルが生きてた!!」
ガルナは嬉しそうに笑ってぎゅっと抱きしめる力を強めた。それはもうかなり強い力で普通の人なら痛みで声を上げてしまうほどだったが、ハルはただ安らかな表情で優しく抱きしめ返して彼女を受け入れる。
「ごめんガルナ心配かけさせて…」
「いいんだ、ハルが生きていてくれれば!それだけでいいんだ…」
ガルナは嬉しそうに目を細めて彼の身体の温かさを受け取った。
そしてガルナはしばらくハルを抱きしめると二人の顔をそれぞれ見た。
「エウス、ライキルちゃん心配したよ…急にいなくなるから…」
「ごめんなさいガルナ…」
ライキルが申し訳なさそうに謝った。
「いや、ライキルは悪くない…俺が勝ってに飛び出したんだ……だから…」
「違います、エウスの後を追った私も悪いんです!」
二人が自分の責任だと言い争っているとハルが横で口を開いた。
「二人は俺を助けてくれたんだ…」
ハルがそう言うと二人は言い争うのをやめた。ハルは二人がここまで来るのにどんな経緯があったか分からなかったが、二人に迷惑をかけてしまったことは理解できた。
「二人がいてくれたおかげで俺はこうして生きてるんだ…」
「いや…私はなにも…」
「………」
ライキルはそう言い淀み、エウスも言葉に詰まっている感じだった。二人はハルに何もしてあげられなかったと思って申し訳なさそうにしていると。
「そうだったのか…!エウス、ライキルちゃんすごいよ!」
ガルナは二人のことを抱きしめて純粋に嬉しそうに二人の頭を撫でていた。
「ありがとう二人とも…」
ハルはガルナに撫でられてる二人の顔を見てニッコリ笑って言った。
二人もハルのその笑顔を見て嬉しそうに笑って返した。
「おい、二人とも見つけたぞ!こっちだ!」
肉の山の上から再び声がするとそこにはフォルテの姿があった。
「ほんとですか!?」
「今行きます!!」
そこからさらに声がして姿を現したのはビナとベルドナだった。
「あれはハルか!!」
フォルテがびっくりしていると隣に来たビナが叫んだ。
「ハル団長!!」
そこから全員がその真っ赤に染まるちだまりの中で合流した。ハルはビナに心配をかけたことを謝り、ビナは無事だったことを心から喜んでいた。フォルテはエウスとライキルが無事だったことにほっとしていた。
「二人を死なせたら俺はハルに合わせる顔がなかった…」
と言うとエウスとライキルはフォルテに深く頭を下げて謝った。ハルもすぐに彼に頭を下げた。
「頭を上げてくれ三人とも、今はみんな無事で何よりなんだ、それより早く戻ろうここは気味が悪い…」
フォルテが辺りを見渡しながら言った。
そしてフォルテが全員の無事を確認して監視塔に帰還することになった。
そこで全員がその場から立ち去ろうと歩き始めた時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
大きな地鳴りが霧の森に響き渡った。
「なんだ…」
ハルたちが辺りを見渡す、すると血に染まっていた地面から突然光が溢れ出した。
「これは…!」