神獣討伐 また君に会いに行く
気づくとハルは真っ白な空間の中にいた。
「………ここが…」
辺りを見渡すと薄っすらと足元に霧が立ち込めていた。
「…探さなきゃ……」
ハルが一歩踏みだそうとすると。
ドン!
背中に何かがぶつかって来た。ハルがそっと後ろを確認するとそこには女性が抱きついていた。
「誰…あ……」
ハルがその女性を見ると彼女は顔を上げた。
白い髪に小麦色の肌そして、知的そうに見える整った顔立ちだが、その表情はどこか抜けた感じの雰囲気を纏っていた。
ハルが彼女の目を見つめるとピンク色の瞳が自分の方を見つめていた。
「やあ、ハル」
「俺はその…えっと…」
ハルは言葉に詰まった。名前が出てこなかったが、ずっと会いたかった人に会えた。いままでその顔は霧で覆い隠されていたが今、はっきりと彼女のことが見えた。
「なんでさっき、どこかにいってしまったんだ?」
「え?さっき?」
ハルには彼女が何を言っているのか分からなかった。
「さっきは、さっき、あそこで話してたじゃん一緒に」
彼女が指さす先にはただ真っ白な空間が広がってるだけで何もなかった。
「それなのにハルは先にどこかに走って行っちゃうんだから、困ったものだね…」
彼女はハルのお腹に顔を当てて目を閉じて安らいでいた。
「…………」
ハルは彼女をゆっくりと自分から引き離した。
「どうした?ハル?」
「行かなきゃいけないんだ…」
「どこに?」
「君のいる場所に…」
「私ここにいるよ」
「君は夢だ…俺が作り出した都合のいい夢だ…本当の君は今もどこかでひとりぼっちできっと泣いてる」
彼女はハルの横顔から涙が流れ落ちているのを見た。大量の涙がこぼれ落ちていた。
「そうだね…本当の私もきっと君に会えなくて泣いてるよ」
「だからいかなくちゃいけないんだ、本当の君にもとに…」
ハルは白い空間の奥を見つめながら彼女に言った。その奥にはただ霧が立ち込めていた。
駆けだそうとしたとき。
「でも、いいの?ライキルちゃんのことは?」
その言葉でハルが立ち止まった。
「やっぱり君は夢なんだね…君がライキルのことを知ってるはずがない」
「そうかも、正直、私もなんでこんなところにいるか分からないし」
「それはここが俺の夢の中だからだよ」
「そっか…」
彼女は上を向いて言った。その表情は何も考えてないようで少しマヌケぽっく見えた。
「…………」
ハルはそんな彼女を横目で一瞥する。そこで全部が分からなくなった。いったいここはどこで目の前にいる会いたかった人は誰なのか、ところどころ夢の記憶と現実の記憶が浮かんでは混ざり消えていった。その末にハルはその場でうずくまってしまった。
「ハル?どうした?大丈夫か?」
彼女がそんなハルに近づいて来て彼の背中をさすった。
「分からない…」
「ん?何が?」
「君もこの場所も夢の記憶も何から何まで全部だよ…」
ハルは子供の様に言った。
「私もわからん!でも、今ここにハルがいてくれて嬉しいぜ…」
彼女は素直に思ったことを言った。その声や口調はハルにとって懐かしくてたまらなくてまた涙があふれた。
「………」
「ここはきっとハルの夢の中なんだろうね…ハルが言うからきっとそうなんだと思う…」
「………」
「でも夢だったら覚めなくちゃ…」
「………」
「覚めて現実で生きなくちゃ…」
「………」
「ライキルちゃんが待ってるでしょ?」
「俺は…それでも君が…」
ハルは自分が情けなかった。名前も思い出せない目の前女性を追いかけて、ライキルやみんなのことをおいて来たのだから。
それでもハルは目の前の女性が愛おしくて、愛おしくて、愛おしくてたまらなかった。
「君がひとりでいるのが…耐えられないんだ…」
「……ッ…」
そのハルの言葉で彼女も一瞬言葉を失ってしまった。
『ああ、ダメだ、やっぱりこのままハルと一緒にいたいな…ここでもいいから…ずっと、ずっと、ずーーっと…』
彼女がハルの背中をさすりながら、縮こまっている腕の隙間から顔を見ようとするが見えなかった。
『でも…』
「ハル、目を覚ましてライキルちゃんやみんなの場所に戻ってあげて、他にもいるんでしょハルのこと待ってる人が」
「戻れないよ、たくさん殺したから…その罪を償わなくちゃ…」
ハルが目を閉じると血の海と白虎の死体の山が視界を埋め尽くした。再び目を開けるとそこには真っ白な地面があった。
「ハルはそれでも多くの人を守ったんでしょ、分かるよハルは人のために力を振るうこと」
「守ってない…一方的に虐殺しただけだ……」
「そっか、でも本当にそんなことしたかったわけじゃないでしょ…」
「俺だってしたくなかった、でも、誰かがやらなきゃ…」
ハルは王都に神獣が姿を現した時の記憶が蘇った。轟音の中に悲鳴が混じっては聞こえなくなっていき、周りは血と凄惨な死体が転がっている光景を思い出した。
『助けて…誰か!!…助けッ………』
小さな子供が泣き叫んでいる光景が忘れられなかった。
その後に目の前にいる彼女が動物や魔獣、全ての生命あるものを分け隔てなく愛おしそうに話す姿を思い出す。
『フフ、ありえるよ、だって、同じ生命だから』
『同じ生命…』
『そう、一緒だよ』
『だからハルも愛してあげてみて魔獣たちのこと』
『俺にできるかな…』
『大丈夫、できるよ』
二つの世界は交わらなかった。それに彼女の語るものは理想論だった。それでもハルはその理想を叶えたかったでもそれはできなかった。
「誰かが、誰かがやらなきゃ…みんな、殺されるよ…だから誰かがこの罪を背負わなきゃいけないんだ…」
罪だと思った。たとえ誰かを守ることになっても、他の生き物を殺すならそれは罪だと思った。生命は等しく尊いのだから。
「それは……じゃない…」
彼女はハルのその言葉を聞いて立ちあがった。
「それはハルだけの罪じゃない!!!」
ハルがその怒号を聞いて驚いて顔を上げた。彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「それがそもそも罪なら、その罪はハルだけが背負う罪なんかじゃない、助けられた全員が背負うべき罪だ。直接だろうが間接的だろうが、かかわった奴らは全員その罪を背負うべきだ!!私みたいな弱者はいつも君みたいな強い人の影に入ってその罪を背負わせる、その罪を誰かが背負わないと自分たちまで死ぬと分かっていながら、助かったらありがとうって言葉だけで済ませる!命を奪うのは自分たちが生きるためなら当然だ!当たり前だ!ハルは悪くない!!だったら私も罪人だよ!!」
なんで彼女がそんなことを言うんだろうかとハルは思った。
「俺は君の愛してたものを壊したんだ…魔獣とは分かり合えると言っていたよね…」
「私が愛していたのはハルだけだ!!」
彼女は座っているハルを強く抱きしめた。
「同じ人間のハル、あなただけだよ…」
「だってみんな同じ…」
「無理だよ…それは、私は神様じゃないから選ぶよ大切な生命は」
彼女の暖かさが伝わってくる。彼女は死んだはずなのに、目の前にいる彼女はとても温かった。
「選ぶ…」
「そう、人間だから全ては抱え込めないの」
彼女はハルの胸に耳を当てて心臓の鼓動を聞いた。ドクドクと一定のリズムを刻んでいた。そして彼女は自分の胸にも手を当てる、しかし、その胸の真ん中からは何の音もしなかった。
「だからハルも選んであげて、彼女たちのことを…」
「………ッ…!」
そのとき、ハルの目の前にはみんなの姿があった。
ライキル、エウス、キャミル、ビナ、ガルナ、リーナ。
それだけじゃなく、シルバ道場のみんな、レイドの王都で出会った人々、パースの街であった人達、アスラ帝国の人々、シフィアム王国の人々、それだけじゃない、今までにあった人と、まだまだ会ったことの無い人々もそこに立っていた。
彼女が振り向くと彼女は嬉しそうに涙をぬぐって笑った。
「やっぱり、ハルは愛されているんだね…」
ハルはその中のひとりの子供を見た。その子供は両親と手を繋いで嬉しそうに笑っていた。
「俺は…守れなかった…」
「全員を救うのは無理だよハル…君も彼らも生きてるんだ、人間なんだ…」
「うん…」
ハルは彼女の瞳を見る。不思議な色の瞳を。
『そろそろ、お別れか…』
彼女はハルの腕の中で名残惜しく思った。
「さあ、立って君を待ってる人たちが来るよ」
気がつけばみんないなくなってそこにはもうハルと彼女しかいなかった。
「みんなは…」
「ハルが目を覚ませば会えるよ…」
「君には…」
「生きてればきっといつか私にも会えるよ」
彼女は嘘をついた。そして、その言葉はハルにも嘘と分かった。彼女は最後まで自分を気遣ってくれているとハルは気づいた。
「…君の名前忘れてしまったんだ……」
「フフ、ハルはひどいな…」
「ごめん…」
謝るハルに彼女は優しく微笑んでいた。
「正直、私のことなんか忘れて前に進んで欲しいから教える気はなかったけど…教えないと君はまた私に会いに来ようと答えを急ぐかもしれないからな」
「………」
「生きてくれるかい?それが条件だ」
「分かった約束する、もう死のうとしたりしない」
「よろしい!」
彼女が笑顔で言うと続けて自分の名前を言った。
「私の名前はアザリアだよ」
「アザリア…」
「そう、アザレアって白い花の名前からつけられたんだって、ほら私よく庭で育ててた花だよ」
ハルの頭の中に現実と夢の両方の景色が広がった。
「アザリア」
ハルが彼女の瞳を見つめて言った。
「なんだか恥ずかしいな…」
アザリアは正面切って言われて赤面した表情を隠すように少し下を向いた。
そんな彼女を見ていたハルが口を開いた。
「俺は生きて必ずまたアザリアに会いに行くよ」
「………」
「だから信じて楽しみにしていてくれ…」
アザリアの瞳には再び涙がたまった。ハルが嘘を言っているのが簡単に分かった。
そして、自分が死んでしまったことはアザリア自身が一番よくわかっていた。その最後もどうやって死んだかも鮮明に覚えていた。ここが現実じゃないこともわかっていた。だけどまたこうしてハルと出会えた。それがたまらなく嬉しかった。
『ハル…』
けれど自分がもう生きて彼に会えないことがこの上なく辛かった。悔しかった。悲しかった。でも、だからこそ、
「うん、信じてるし、楽しみにしてるよ!」
お別れだった。
二人の視界がぼやけ始める。それは別れを意味するサインだった。夢の終わりだった。
ハルとアザリアは最後に抱きしめあう、忘れないように、また再び出会えるように願いながら。
「またね、ハル」
ハルが目を覚ます。凄惨な世界が待っていた。辺りは一面血の海で神獣の死体が地面にたくさん転がっていた。
気づけば右手が刀を持って物凄い力で自分の首を斬り落とそうとしているのを、左手がそれを上回る力で押さえつけていた。
「ハル!!!」
そのとき、誰かが自分の名前を呼んでくれていた。




