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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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神獣討伐 決断

 まだ星々が輝きの幅を利かせる未明の空の下、オウドの監視塔では焚火の炎がいまだに燃え続けていた。

 その中で霧に偵察に向かう騎士たちは準備を続けていた。偵察に向かう者たちは焚火の火の番を他の者たちに任せて仮眠を取って起きたあとだった。そのため、まだ眠そうに目をこする者も多かった。


 日も昇らないうちに準備を始めているのは、なるべく早く偵察をして情報を集めておきたかったからだった。

 霧付近で目撃された神獣の出現によって、早急な事実確認と偵察が必要となった。もし神獣が霧の近くにいるのならば霧の中の調査は中止になり、もしそこで神獣が群れで襲ってくるならば最悪監視塔を手放すことも考えなければならなかった。

 偵察を実行しないで監視塔が直接狙われて被害が拡大するよりはましだった。

 それに偵察中にハルが戻って来る可能性もあった。彼には二日分の食料しか持たせておらず必ず三日以内には必ず帰ってくるように言ってあった。そのため、一度彼が監視塔に戻ってくるならこの二日目の朝か昼辺りということになっていたが、そこは彼の判断に任せてあるため確定というわけではなかった。

 霧の森の霧の中は不明な点が多いため、なるべく早くハルから情報を聞き出したかったのだ。




 監視塔の広場の焚火の近くでエウスは火を見つめて休んでいた。彼の瞳の中にはゆらゆらと炎が揺れていた。

 エウスがその炎を見つめながら思うことは、ひとりの親友のことだった。その親友の名前はハル・シアード・レイ。元レイド王国の剣聖であり、歴代最強と言われるほどの剣聖だった。

 剣聖となるとその地位や名声は国の中でも遥か上に位置する特別な存在であり、上位貴族や一流の騎士団でなければ関わることすら難しかった。

 そんな剣聖だったハルとエウスが親しいのは小さいころからずっと一緒にこの世界を生き抜いてきたからだった。

 一緒にいたからエウスはハルの隣でずっと彼が栄華の道を上っていくのも見ていた。

 それでもハルが一度も遠くに行ってしまったと思ったことは無かった。剣聖になった後も彼は変わらずエウスたちと一緒にいたし、喧嘩したし、はしゃいでいたし、笑い合ってくれた。何も変わらなかった。それは嬉しかったけれど。


「本当のハルか…」


 エウスは左手で片目を隠して炎を見た。

 答えは出たはずだったがどうにも別の捉え方がある様にも思えた。


『本当のことなんて本人にしかわからないさ……』


 それでも別の答えは出ずに当たり前のことしか浮かんでこなかった。


「エウス、ここにいたんですね」


 炎から目をそらすとそこには騎士服に身を包んだ完全装備のライキルがいた。


「ライキルか…」


「準備はいいんですか?」


「俺はもう準備できてるよ、あとは使役魔獣を連れてくるだけだ」


「そうでしたか、私も今終わったところです」


 ライキルが隣に来て同じく炎を見つめていた。ただボーっとみつめて彼女は何か考え事をしているようだった。

 そして彼女の考えていることがなんとなくエウスにも想像できた。それはきっとハルのことで、自分と同じように彼の心配をしていることが伝わってきた。そうじゃなくても彼女は常日ごろからハルのことを考えているので、もしハルが帰ってくるとなれば頭の中が彼のことでいっぱいなのは明白だった。


『ハルが今日戻ってきますね…フフッ!』


 ライキルの口角は少しだけ上がっていた。


「まだ今日ハルが戻って来るとは限らないぞ」


 エウスは彼女の頭の中を見透かすように言った。


「分かってますよ、でも帰って来るかもしれないじゃないですか……フフ…」


 ライキルは平然とエウスに答えるがそこで違和感を覚えた。


「ってあれ?なんでわかったんですか!?」


 いつの間にかスムーズに頭の中の声と会話されたライキルは驚いていた。


「いや、なんとなくハルのこと考えてるんだろうなと思ってさ、というかお前の頭の中はいつもハルのことばっかりだから分かりやすいんだよな」


「ぐ、いいじゃないですか別に何を考えていても人の勝手です!」


 見透かされたのが恥ずかしかったのか悔しかったのかライキルは不意をつかれて顔を赤くしていた。


「ああ、でもそんなに気を抜いていたら大好きなハルに会う前に神獣に殺されるぞ」


 経った数日しか離れてないが、ハルの向かった場所は四大神獣の一角である白虎の巣でありこの大陸でもっとも危険な場所と言っても過言ではなかった。そのため二人はハルに会えない間ずっと心配していた。いつもだったら数日会えなくてもこんなに心配することは無かった。それでも今回は場所が場所なため、彼に会えるとなったら、浮足立ってしまうのはしょうがないことだった。


「う、それもそうですね、たまにはエウスもいいこと言うんですね。いつもエウスはくだらないことを……」


 熱を帯びたライキルの顔に冷静さが戻ってきてぶつぶつ何かエウスのことを言っていた。

 そんな彼女のつぶやきを無視してエウスは自分の世界に入り込んでいた。


『全くライキルは本当にあいつのことが好きなんだな…まあ、そうだよなずっと一緒だったんだから』


 ライキルもハルと一緒にいた時間はほとんどエウスと一緒だった。だからエウスとライキルの思う気持ちの強さはほとんど変わらなかった。エウスも彼に早く会いたかったのだ。


「なあ、ライキル?」


 ライキルがぶつぶつ言うのをやめてエウスの方を向いた。


「なんですか?」


「早くハルに会えるといいな!」


 エウスが笑顔で言った。その笑顔は心の底からあふれた感情による自然な笑顔だった。決して誰かに作為的に仕掛ける完璧な笑顔ではなく、自然な笑顔。


「ええ、そうですね!」


 そのエウスの笑顔を見て、ライキルもとびきりの笑顔で返した。


 二人にとってハルはかけがえのない存在だった。



 広場の真ん中でルルクが偵察に向かう騎士たちを集合するように呼び掛けていた。

 エウスたちは監視塔広場の中央に向かった。


 広場の中央には偵察に向かう騎士たちが集められていた。人数はかなり少なかったが、全員が精鋭騎士で構成されていた。偵察はフォルテのサポートや霧には近づけないバハム竜騎士団の空の部隊への連絡役などが主だった。

 神獣と遭遇した場合、剣聖以外まともに魔法も要塞も無しに相手はできないので当然だった。だから基本的に魔獣の相手さえできれば今回の偵察には参加できた。

 ルルクが偵察の内容の再確認をし終わると、出発の準備をするように指示が出された。

 彼らは厩舎から使役魔獣を連れてきて裏門の前に集まった。


「裏門、開門します!」


 門番が叫び、裏門開門の鐘が監視塔に鳴り響き、門が大きな音をたてて開かれるとフォルテを先頭にいっせいに偵察部隊が飛び出した。


『頼むから生きていてくれよ、ハル…』


 エウスは希望を胸に、使役魔獣を前進させた。


 森の中は暗かったが、道が見えなくなるほどではなく、夜明けが近づいていた。

 偵察部隊はまず神獣が目撃された霧の場所に向かって進んでいた。

 バハム竜騎士団の翼竜たちも偵察部隊の上を飛んでいられたが、途中からはその場で待機ということになる。これは白虎たちの空への警戒心の強さが異常なことが原因だったからであった。

 他の監視塔はこれが原因で神獣を呼び寄せてしまった可能性が高いという報告書をオウド監視塔に送ってきていた。そのため、今回の偵察でも空からの監視は控えることになってしまった。


「そろそろ、上には待機してもらわなければならないな…おい、バルク、上に合図をしてくれ」


「はい、フォルテさん!」


 使役魔獣を走らせながらフォルテがエルガーの精鋭騎士に言った。


 ピー―――


 すると一人の精鋭騎士が笛を吹くと空から一匹の翼竜が下りてきた。


「上に伝えてくれ、いったんここらで止まって目撃場所の位置を確認したい」


「かしこまりました」


 翼竜が上に飛び上がってフォルテが言ったことを伝言しにいった。


「全員いったん止まれ!」


 フォルテが叫び偵察部隊は全員使役魔獣の手綱を引いて動きを止めた。

 上を飛んでいた翼竜たちも偵察部隊の上を旋回し始め、そのうちの数匹が森の中に下りてきた。

 フォルテとヨルム、それと神獣を目撃した騎士が話し始めた。


 その周りでエウスたちは使役魔獣から降りて周囲に何か変化がないか警戒していた。フォルテも常に天性魔法で周囲を探知できるわけではないのでこうした目視の作業も必要だった。


「みんなどうだ?何か変わったことは無いか?」


 エウスはレイドのみんなに尋ねるが、ビナもライキルも特に変わった様子はないと答えた。

 しかし、ガルナだけはひとりその顔をひどくゆがませていた。


「どうしたガルナ何かあったか!?」


 エウスが尋ねた。


「すごい匂いがする…」


「匂い…?」


エウスも鼻を利かしてみるが全く何の匂いもしなかった。


「死臭がする、私も嗅いだことの無いほどの死臭がする…」


「死臭…おいそれって…」


 バチバチバチバチバチバチ!!!


 突如エウスの瞳の中に巨大な青色の光が走った。その青い光は霧の奥の方から飛んで来てエウスの視界を真っ青をに染めた。そして、その真っ青な光はやがて真っ黒な雷のような光となってエウスの瞳に流れこんで来た。


「…はっ……嘘だ………」


 エウスの体は小刻みに震え出した。足の震えが止まらず頭の中が真っ白になった。息が詰まり、全身から嫌な汗が止まらなくなった。エウスはその場に膝をついて倒れてしまった。


「…………ダ……ダメだ………ハ…」


 最初にエウスの異変に気付いたのはガルナだった。


「エウスどうした?」


「…………ハア…ハア………」


 息が荒くかなり辛そうに呼吸していた。


「エウスしっかりしろ!」


「どうしたんですか…エウス!大丈夫ですか!?」


「どうした…ええ!す、すごい汗だよエウス!」


 ライキルとビナも異変に気付き駆け寄って来た。


『これだったのか?でもなんで?いやそうか分かるはずない、心配してたんだ、本当のってそういう…でも、そしたら俺は最悪だ、何が親友だ、気づけなかったのか…いや、違う違う、隠してたんだ心配かけないために…でもなんで…なんで…いや、動け、動け、動け、あの時もそうだっただろ、今やることは考えるより体を動かせ!!!』


 エウスは勢いよく立ちあがると、急いで使役魔獣にまたがった。


「エウスどうしたんですか!?」


 ライキルが叫ぶとエウスに届いたのか彼はひとこと振り向かずに言った。


「ハルが危ない…」


 エウスはそう言うと使役魔獣で霧に向かって駆け出した。


「ハルが…」


 ライキルはその言葉を聞いてすぐに使役魔獣にまたがってエウスの後を追った。


 霧の森の夜が明けようとしていた。




















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