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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
104/781

神獣討伐 残された人々 前半

 *** *** ***




 パースの街の南にレイド王国所属のエリザ騎士団が所有する軍事拠点があった。規模はそこまで大きくなかったが、寝泊りできる場所や武器庫に厩舎、一通り有事の際には対応できるような施設になっていた。

 現在パースの街は一週間のあいだ厳重警戒態勢であり、人々の行動が制限されていた。むやみな外出の禁止や軍からの指示があれば直ちに住民たちは避難しなければならなかった。これは霧の森の砦が突破された際にパースの街が戦場になる可能性があったため、このような処置がとられていた。

 しかし本来は作戦終了まで住民の安全を考えるとこの拘束を続けたかったが、パースの街は貿易都市なこともあり、人々をいつまでも拘束して経済を止めるわけにはいかなかった。そのため一週間という短い期間しか拘束できなかった。


 そんな静かなパースの街にアストル、ウィリアムの二人が南にある軍事拠点の厩舎いた。


「なあ、この作戦いつまで続くと思う?」


 馬に鞍を取り付けながらウィリアムがアストルに言った。


「え、どうだろう、一週間くらいかな?」


 まだまだ下っ端であるアストルたちには情報がほとんど下りて来ないため、判断できる材料が少なかった。そのためアストルはどこかで聞いた日数を言った。つまり何も考えずに適当に発言していた。


「それは街の厳重警戒が解かれる日じゃなかったか、そんな早くにかたがつくとは思えないが…?」


「そうだったね、でもハル団長ならそれぐらいで終わらせるかもしれないよ…?」


「ありえなくはないが、ハル団長でもさすがに一週間では厳しいだろ」


 歴代最強の元剣聖の実力、レイドの王都にいた者なら誰もが知っていたが、それと同じくらいに四大神獣の存在も寓話などで人々に広く知れ渡っていた。


「じゃあ、ウィリアムはどれくらいだと思う?」


「そうだな…半年はかかるんじゃないか?」


「そんなに!?」


「ああ、だって相手は四大神獣の白虎なんだぞ、あいつらは群れなんだぜ、霧の森っていう広大な土地の支配者で、言ってしまえば一国と戦争するようなものだと俺は思うね」


 六大王国の剣聖ともなれば一人で一国を相手にできるほどの実力があるのが基準みたいなところがあった。実際にそのような条件は無いのだが、六大王国の剣聖になる者は皆、それほどの実力がある様に見えるほどの強者ばかりだった。実際に戦ったわけではないため、本当のところは分からないが剣聖の強さとはそのように認識されるのが一般的だった。そのため、歴代最強ともなると一人で神獣の群れを相手にするのもありえなくはないと思えた。

 普通の剣聖がたった一人でこの作戦を遂行するとなると数十年かかるか、必ずどこかのタイミングで殺されてしまうと考えるのが容易であり、その間に神獣たちが攻めの姿勢に入れば被害は想像もつかないものになるということは誰でも予想できた。

 しかし、この作戦が実行されたということは、それほどの事態に対応できる人間が現れたということだった。それを六大王国から認められたのがハルだったのだ。


「そっか半年か…」


 アストルも一週間でこの事態が終わるということは本気で思ってはいなかった。そのためウィリアムの言った半年という方がもっとも現実的な気がした。それでもそこには完全に歴代最強の元剣聖ハルというフィルターがかかっているというのもあった。その中でも二人はこの作戦が半年はかかると思ったのだった。


「その間俺らも従者として頑張らなきゃね!」


「ああ、そうだな!」


「おおい、二人ともそろそろ、見回りに出るってよ」


 そこにフィルが馬に乗ってやって来た。


「ああ、フィル、すまないすぐ行くよ」


 ウィリアムが取り付け終わった鞍にまたがり、馬を出した。アストルもウィリアムの後に続いて出発した。

 三人はひとりのエリザ騎士と一緒に街の見回りに出た。

 三人はエリザ騎士の従者としてこの場にいたが、エウスの計らいによって騎士としても訓練して欲しいともエリザ騎士団に申請していた。そのためこうして街の見回りに参加することができた。それと三人を引き連れるエリザの騎士の人と三人は気が合い気に入られているということもあった。


「よし、二日目の見回りを始めるか」


 エリザの騎士が三人に言った。


「はい!!」


 三人は元気よく返事をした。

 エリザの騎士は優しく気さくな男だった。そのため、見回り中も何度か楽しく会話した。

 街の外には誰もおらず、ほとんど指定された場所に避難していたリ、家の中にいて見回りというよりは散歩に近い状態になっていた。

 その中で、会話の話題がアストルの話になった。


「アストルはもう一匹魔獣を一人で狩っているんですよ」


 ウィリアムが自慢げに言った。


「本当かい?すごいなまだ新兵と聞いていたが?」


 エリザの騎士が感心して言うとアストルはすぐにそれを否定した。


「違います、すごくありません、その一匹は命令を無視して勝手に行動して狩ったものなので…」


「それでも一人で狩ったことに変わりはないだろう」


「ですが、そのあと魔獣に囲まれたところをエウス隊長とハル団長に助けてもらいました…」


 アストルは今でもあの時の鮮やかな記憶を忘れられないと同時に自分がしたことがとても愚かなことだと感じていた。


「そうか、すでに危険な冒険をしてきたんだな、貴重な経験したな」


「いえ、命令を無視して勝手に危機に陥っただけです…」


「ふむ、だがそれでもだと私は言っておくな、騎士になるとそのような場面は一度ではない、死にそうになった経験は決して無駄ではない、まあ、死ななきゃ全てよしということだ、ハッハッハッ」


 エリザの騎士は明るく笑った。


「そうだぜアストル、新兵のなかじゃあ、お前は唯一魔獣を狩った男なんだ自信を持てよ」


「でも、命令違反は絶対ダメだよ…」


 アストルは昔の自分の行動を恥じながら暗い顔をしていた。


「………」


 そんなアストルのことを見たエリザの騎士が言った。


「アストル君は命令が絶対だと思っているのかい?」


「え?あ、はい、命令に従わないとみんなを危険な目にあわせたり軍では絶対守らなきゃいけないことですから…」


「なるほどな、確かにアストル君の言う通りだ、でもな…」


 その時のそのエリザの騎士の目は力ずよく横にいたアストルのことを見た。


「命令に従ってるだけじゃあ、救えない命もあるってことを忘れないで欲しいんだ…」


「………」


 彼が実際にそのような体験してきたからなのか分からなかったが、彼の言葉には迫力があり、アストルの胸に刺さった。決して自分の過ちを正しいと思い込むためではなかった。ただ、彼の表情や雰囲気から真剣さが伝わってきて、忘れてはいけないことだと思った。


「まあ、俺が言いたいのは戦場では例外があることを忘れないで欲しいってことだハッハッハッ」


 エリザの騎士が笑うと一気に周りの雰囲気が軽くなった。


「はい、頭に入れておきます!」


 アストルはしっかりと彼の言ったことを心にとどめた。




 *** *** ***




 古城アイビーの敷地内にある花園。そこに一人の女性が花のアーチの中を歩いていた。

 彼女が花がたくさん飾られた木造の家の前に着くとドアを叩いた。


 トントン!


「はーい」


 中から返事がしてドタバタと騒がしく足音が近づいてきてドアが開いた。


「あ、ヒルデちゃん!」


 マリーがドアを開けるとそこには私服姿のヒルデの姿があった。

 藍色のワンピースを着て、そのスカートの丈は足元まであり落ち着いた印象を与えた。そして金のピアスや綺麗に手入れされた黒髪、薄く塗られた口紅など彼女からは大人っぽさが溢れ出ていた。

 それとは反対に休みなのかマリーは寝巻姿で髪の毛もボサボサだった。


「マリー私じゃなかったらどうするつもりだったの?」


「え?だってここに休日に予定外で来るのはヒルデちゃんとかハルさんだけだもん」


「いや、ハルさんにその姿で会うのは失礼でしょ…」


「もう何回かこの姿で会っちゃった、フフ」


 マリーがニコニコしながら言った。


「フフって全く…」


 ヒルデは呆れながらマリーを見るが、彼女のそんな雑な生き方がヒルデには少しうらやましいと感じる部分もあってそれ以上何も言わなかった。


「まあ、いいです、それより一緒にお茶しませんか?あなたの好きなお菓子も持ってきましたよ」


「本当!するする、準備するからヒルデちゃんも入って入って!」


 二人は木の家でお茶の準備をした後、花園の真ん中にある休憩所で紅茶や甘菓子を楽しんだ。

 あたたかな日差しの中、穏やかな風が吹き、空でも雲がゆっくりと流れていた。

 周囲の花が気持ちよさそうに咲き、風にその体を揺らしていた。

 二人はその間ゆったりとした平穏な時間を過ごした。

 城壁の中の街も今日は驚くほど静かだった。それが厳重警戒中だからということを二人もちゃんと知っていた。

 そして、お茶もだいぶ飲んでお菓子も少なくなった頃にマリーが口を開いた。


「一週間はこの静かな空間が続くんだよね?」


「ええ、厳重警戒態勢がとられたから、基本的に外出は禁止よ」


「……クロル姉やハルさんが今も頑張ってるんだよね…」


 マリーが暗い顔をするとヒルデが紅茶を啜るのをやめて言った。


「そうよ、私たちのために頑張ってくれてのよ」


「私たちお茶してていいのかな?」


 マリーがヒルデに尋ねた。それは自分たちだだけこのような楽しい時間を過ごしていてもいいのかという不安からくるものだった。


「そうね、でも、私たちが今できることは何もないわ、そうでしょ?」


「そうだけど…」


「すべてのことに自分が関わったり変えてやろうとするのは傲慢よ、そんなことできるのは神様ぐらいよ」


 ヒルデはすました顔で言った。


「人にはできることと、できないことがあるの分かるでしょ?私はみんなが帰ってきたら美味しい料理を作るし、あなたはここに咲く綺麗花を大切に育ててみんなの心を安らかにすればいいのよ、それだけでいいのよ」


「…………ッ…!」


 ガタッ!


 マリーはその言葉を聞いて立ち上がっていた。ヒルデは急にマリーが立ち上がったのでびっくりして少し肩をすくめた。


「…どうしたの?」


「そうだよね、私たちは今できることを頑張ればいいんだよね!」


 マリーに明るさが戻っていた。


「フフ、そうそう、できることをすればいいのよ」


「私、実はね今頑張ってることがあるの!」


「どんなこと?」


「花を長持ちさせようと頑張ってたの今持ってくるからちょっと待っててね!」


 マリーがそう言うと木の家の方に走って行ってしばらくすると花を持って戻って来た。


「綺麗な花ね!」


 マリーの手には植木鉢がありその上には綺麗な白い花が咲いていた。


「そうでしょこの花ねハルさんがすごく好きな花なんだよ、これを眺めるために毎日この花園に来てくれたんだから」


「そうなんだ…なんていう花なの?」


「ああ、この花はねアザレアって言うんだよ」




 *** *** ***

























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