神獣討伐 霧の終わり 後半
ハル、目掛けて周囲から巨大な光線が同時にいくつも飛んできた。
ゴオオオオオオオオオ!
その光線は地面をえぐり、そこにあった白虎たちの死体を一瞬で蒸発させた。
白虎たちはハルを消し炭にしたと思った。その光線が放たれた場所には誰もおらず何もなかったからだった。
しかし、静まり返り始める霧の中で、白虎たちが感じるあの人間の嫌な雰囲気が全く消えてないことに気づくが、周りを見ても仲間の白虎たちしかいない。
グオッ!
その時、一頭の白虎が苦しそうに下を向いた。その白虎は目をせわしなくキョロキョロさせ、不気味に何かを吐き出そうとした。
グオオオオオオオオオ!!
そして、次の瞬間白虎が何かの苦しさに耐えきれなさそうに上を向いて叫ぶと。
バン!!
突然、その白虎の頭の上半分が吹き飛んでその中から全身真っ赤に染まった人間が出てきた。
ハルは白虎の舌の上に立ってそこからの景色を眺める。そこには殺意むき出しの神獣白虎たちの姿があった。
普通ならばここで誰もが死を覚悟するが、ハルにとってこの程度造作もなかった。それよりもハルは下に広がった死体で出来上がった血の海の方が精神的な絶望を与えられていた。
大切な人が教えてくれた生命の尊さ、それを踏みにじるような目の下に広がる光景。
そしてその光景を作り出した自分という最低な化け物。
「嫌気がする…」
ハルは耐えきれないようにつぶやいた。
ゴオオオオオオオオオオ!
そこに先ほど同じ光線が白虎たちの口から一斉に発射されていた。ハルは霧で見えなかったが、その光線は彼の眼前すべてを覆うほどの光線だった。
その光線は五十メートルを超える白虎の体そのものを完全に消し去ってしまった。
ゴオオオォォォォ
その光線を放ち終わった白虎たちは一瞬気を許してしまった。それはさっきの攻撃に少なからず白虎たちに自信があったからなのかもしれない。彼らは仕留めたと思ってしまったのだ。
しかし、気が付くと、隣の三頭ほどの仲間の白虎が胴体だけになっており、首がはねられていた。
この霧は白虎たちが創り上げた高度な魔法の霧だった。この高度な魔法の霧は白虎たちだけ臓器に魔法を流せば、まるで霧がないように周囲の視界を得ることができた。
そこで見たのが仲間の死体だった。そしてその死体を見た時にはその白虎の頭も斬り落とされていた。
ハルが白虎の首を斬り落として回っていると、胴体だけの白虎が執念の様に襲いかかってきた。どうやって追って来ているのかは分からなかったが、完全に白虎からは独立した化け物のようになって、彼を殺すためだけの生き物になって追いかけまわして来た。
しかし、ハルには関係がなかった。
バキキキ!
ハルのたった一発の蹴りで、その追ってきた首無しの白虎の一頭が簡単に宙に浮くと、後ろに吹き飛ばされて、追ってきた他の首なしたちの体にぶつかった。
首無したちの体勢が崩れた隙を狙ってハルは両手に持った二本の刀で斬り進んだ。次々と首無したちの内部を破壊していき、完全に肉塊にして命を奪っていった。
ゴオオオオオォドドドドドドドド!!
その間にも光線が周囲から飛んできて、首なしごと光線が地面を貫き、ハルの周りは轟音、血しぶき、肉、衝撃、悪臭など何もかもが一緒に混ざり合い、混沌が広がっていた。
周りは再び死体の山と血の海に染まり始めており、ハルの心をえぐったが、それでも彼は殺し続けなければならなかった。みんなの元に行かせないために、命を守るために、命を終わらせなければいけなかった。
ハルはその地獄の中で二本の刀を振るい続けた。肉を割き、骨断ち、終わりが来るまでただずっと、ずっと、ずっと、戦い続けた。
「もう、終わらせてくれ…」
死だけが漂う霧の中、ハルは呟いた。
気が付くとハルの目の前には真っ白い霧の世界が広がっていた。
「………?」
突然のことで困惑しているハルに誰かが声をかけてきた。
「…お疲れ様です、ハル」
「………!?」
霧の中に誰か立っていた。
「どうですか?少しこっちに来て休みませんか?」
その声はライキルの声だった。毎日聞いていた優しくて落ち着く声、そんな彼女の声がハルは好きだった。
彼女の周りの霧が晴れると目の前には予想通りライキルがいた。
『白昼夢ってやつか…』
ハルはこれが現実ではないと、一瞬で理解した。なぜなら彼の身体の感触だけは今も白虎を斬り殺している感覚が続いていたからだった。それでも意識だけはこの変わった別の世界のような場所にあり、不思議な感覚に襲われていた。
『何がどうなっているんだ…』
「ハル、大丈夫ですか?」
混乱しているハルにライキルが声をかけた。
「うん…」
ハルは戸惑いながら答えた。
「一緒にこっちに来て休みませんか?みんないますよ?」
「………」
ハルはその夢の中のライキルに背を向けると反対方向に歩き出した。
「ハル、どこに行くんですか…待ってください…」
その夢の中のライキルは悲痛そうな細い声で言った。
『ごめん、ライキル、みんな…』
背負向けて歩き出したとき、ハルの頬には涙が流れていた。ハルはライキルの前から姿を消した。
ハルはしばらくその真っ白な霧の世界を歩いていると。
「………!?」
そこには顔の見えない女性が立っていた。その女性はハルがよく知る、夢に出てくる女性だった。
「どうして君がここにいるの?」
彼女は何も言わないでそっと手を差し伸べた。
ハルはすぐにその手を取った。
「会いに来てくれたの?」
彼女は何も答えずに歩きだした。ハルも隣を一緒に歩き始めた。
そこで歩きながら彼女はハルに質問した。彼らのことは好きかと。
「もちろんみんなのことが好きだ、君にも合わせてあげたいんだ、素敵な人ばっかりだから!」
無邪気に話すハルを見た彼女は嬉しそうに笑った。そしてハルも彼女が笑っていることに気づいた。その表情は見えなかったが確かに笑っていると確信できた。
一緒にいてあげないのかと彼女は質問した。
「そうだね、みんなと一緒にいたいけど、君とも一緒にいたいんだ…」
彼女は立ち止まりハルの手を強く握った。
そして勇気を振り絞って彼に向かって言った。
「私、もう死んじゃったんだよ…」
「………」
ハルが彼女の方を向いた。彼は笑って見せた。その笑顔は痛々しく、苦しそうで見るに堪えない笑顔だった。
「知ってるよ…」
ハルは薄々勘づいてはいた。彼女がすでに死んでいるということを。理由は分からなかったが、ハルが目覚めた世界にいつも彼女がいない、夢の中だけに出てくる女の子、存在しない、もういない。それらのことが、すでにどこかで彼女が死んでいることを、ハルに強く連想させていた。
それでも彼女が実在して生きていたことをハルは誰よりも強く信じていたから出てくる言葉だった。
「最近、夢から覚めるといつも君のことが曖昧になって思い出せなくなってたんだ。今も君の顔を思い出せないでいるんだ…」
「死者は忘れられていくものなんだぜ、ハル…」
「君のことを忘れたくないよ…」
彼女は悲しそうに下を向くハルの手を両手で優しく包んだ。
「今っていうのは生きているものたちのためのものだ」
「………」
「だからハル、私のような死人に足を引っ張られてはダメッ…!」
ハルは彼女の言葉が終わらないうちに、ぎゅっと強くでも壊れないように優しく抱きしめた。
「…あっ……」
彼女はそこでなにも言えなくなってしまった。ハルの温かい体温が伝わってきてずっとこうしていたいと彼女は思った。だがその安らかで幸せな時間もすぐに終わってしまう。
「必ず君に会いにいく、だから待っていてくれ!」
「え…待って…」
ハルはそう言うと彼女からも離れて走ってどこかに行ってしまった。
「待って!いっちゃダメだ!ハル!!」
顔の見えない彼女が叫ぶがすでにハルはどこにもいなかった。
気が付くとハルは再び真っ白のな霧の中をひとり寂しく立っていた。しかし先ほどの不思議な別世界の霧の中とは違い、全身に生きているという実感があり、元の世界に意識が戻ってきたとなんとなく感じた。
「戻って来た…」
全身がぐっしょり何かで濡れており、足元には海のように何か水のような液体が広がっていた。あたりからは変わった匂いが漂っており、あまりいい匂いとは言えなかったが、ハルが立っている場所は広くて静かでいい場所だったが視界が霧で何も見えないのが残念な様にも思えた。
「あれ、俺の刀がなくなってる…」
ハルの手には両手に持っていたはずの二つの刀がどちらもなくなっていた。
「どこにいったんだ?」
ハルが刀を見つけるために歩きだした。しばらく霧の中を歩き回っているとハルは遠くに、二本のうちの一本を見つけた。
「………」
その刀は弐枚刃と呼ばれる二本の大太刀のうちの一本の首落としと言われる刀だった。
二つの大太刀はどちらもハルがどんなに強く振るっても決して壊れない頑丈な刀であり、異常なほどの切れ味を持っていた。
そのためその刀が何かの塊に深々と突き刺さっていた。
「………」
そんな自分の愛刀をハルが手に取った瞬間。
シュウウウ!!
ずっと漂っていた霧が一気に消え始めた。霧が消え始めると青い空が見えたと同時に明るかった霧の中に薄暗さが差し込んで来た。
ハルは霧の中が不自然に白く明るいと思っていたがどうやらそれも白虎たちの霧のせいだということが分かった。
「朝か?」
ハルが空を見上げると少し薄暗い青空が広がっていてまだうっすらと星も見えた。東の空が薄明るく輝いて、その光で空に漂う雲が黄金色に輝いていた。
「綺麗な空だ」
そんな美しい空を眺め終わると、ハルは周囲を見渡した。
「知ってたさ…」
ハルはそう呟くと、刀の首落としを抜き取った。
「何度もイメージしてきたから…」
ハルは正座をして、刀である首落としの刃を自分の首に当てた。
「今いくから…」