神獣討伐 霧の終わり 前半
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霧の森と言われるレイド王国とアスラ帝国の国境をまたがって存在する巨大な森に白虎という魔獣が住んでいた。この白虎には凶悪な個体【神獣】という魔獣より上位の個体が存在した。
その神獣は体の大きさによってさらに四つに人が分類した。
それぞれ、小型、準中型、中型、大型。
小型は十メートルほどの魔獣のことを小型神獣と上位の存在として分類され、大型となると五十メートルから六十メートルを超えた。
この神獣という個体の恐ろしいところは、その大きすぎる身体もその一つだったが、何よりも人々が恐れたのは、魔法を使ってくるところだった。
魔獣には人間と違い、マナを貯める魔獣特有の臓器があり、その臓器は【魔獣臓】と呼ばれた。
魔獣は自分の魔獣臓に貯めたマナや、周囲にあるマナを魔獣臓に流すことで、魔法を使うことができた。そして、その魔獣臓の大きさで魔法の威力や質などが変わった。
魔獣程度の魔獣臓では、人間を殺せるほどの威力の魔法を扱うことすらできなかったが、神獣クラスになるとたった一発の魔法で軍が壊滅するほどの威力の魔法を使うことができた。
白虎の中には力による序列があった。魔獣によっては序列があったり、無かったりするが、白虎の社会にはしっかりとした序列があった。
力による序列なので、自然と一番下が魔獣白虎であり、その次から順に小型の神獣白虎と続いていき、一番上に大型の神獣白虎たちが君臨していた。
大型の神獣白虎たちは安全な霧の森の真ん中に巣をつくった。巣の中心から順々に序列の高い順番から縄張りが設けられていた。
そこから白虎は大いに繁栄したが、一度大昔に人間たちと戦争があってからは、巣に魔法で霧を張ってひっそりと暮らしていたが、それもあるとき終わりを告げた。
マナとエーテルは似た性質を持つ。
魔獣は魔獣臓からマナを使って栄養を得ることができた。そのため、神獣のような個体が飢えずに生存できていた。
そして、魔獣臓はエーテルからも同じようにマナよりは少ないが栄養を得ることができた。そのため、魔獣は少しの食べ物で生きていくことができた。
しかし、世界を覆っていたエーテルすべてが消滅したことにより状況は一変した。マナが無い場所では、エーテルが消えたため、栄養が取れずに次々と魔獣たちは死んでいった。
それから魔獣たちは食べ物を求めて、人々を襲い始めた。
白虎もその例に漏れずに栄養不足、食料不足になり、霧の森の外に出て人々を襲い始めた。
そのような流れがひとりの人間を立ち上がらせてしまうことになった。それは悲しみの連鎖だったのかもしれなかった。
あるとき霧の森の濃霧の中にひとりの人間が入って来た。その人間は自分の姿を見ることができないほどの霧の中だというのに迷わず巣の中心に向かって歩いていた。
近くにいた神獣の白虎たちは、この人間を排除しようとしたが、どんなに遠くから魔法を放っても全く仕留められないため、この人間の脅威度を少しあげた。そこで白虎たちは直接仕掛けて実力を測ろうとしたが、その人間が死そのものだということを思い知ることになった。
大型の神獣白虎たちはその死を具現化したような人間に自分たちの絶滅の危機を感じ、霧の森の濃霧にいる神獣白虎たち全てを集めてその人間にぶつけた。結果はただ死体の山を築き上げることになったが、白虎たちはそれでもその人間の排除をやめなかった。
しかし、序列の一番上にいる大型の神獣白虎たちの直々の登場で他の白虎たちは自分の役目が終わったと思った。大型の神獣白虎たちの戦闘はその巨体から中型以下の仲間まで巻き添えにしてしまうため、彼らが来ると他の白虎たちはその場から離れるのが基本だったからだ。
そのため、大型以外の白虎たちはそれに従って逃げ出した。
しかし、逃げ出した神獣たちは死からは逃げられなかった。
なぜなら死神がそれを許してはくれなかったからだった。
死からは決して逃れられなかった。
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「…………」
ハルが逃げ出した中型以下の白虎たちの最後の一頭にとどめを刺すと、大型の白虎たちが待っている霧の中央の方を向いた。
優先的に逃げる白虎たちを追ったため、大型の白虎たちとは距離が離れてしまった。
「あれは持たないだろうな…」
遠くにいた瀕死の中型の白虎を一頭見つけてハルは呟いた。それと同時にハルは多くの魔獣を逃がしてしまったことを後悔したが大型の神獣を自由にすることの方が危険だと判断した。
「みんな無事だといいんだけど…」
ハルの周りにいた逃げだそうとした白虎の数はあまりにも多くそのすべてを処理することはできなかったが、狩る対象を神獣に絞ることによって、大型以外の神獣の殲滅を成功させていた。
その間に巻き込むように魔獣も殺めていったが、それでも魔獣の数は多すぎて、全て処理することはできなかったが、そもそも、四方八方に逃げ出した神獣を全て狩ることがありえないことだった。
神獣は巨体にも関わらずそのスピードは俊敏であり、逃げる最中にも魔法で攻撃してくるため、逃げた神獣を追うのはとても危険で、その群れを狩るとなると人間では不可能に近かった。
しかし、ハルはそれを実現させ、たった一人で霧の中に今も立っていた。
「行かなきゃ…」
ハルは疲れも見せず中央の白虎の巣に再び歩き出した。
霧の中は自分の身体が見えないほど深い霧であり、ほとんど目の前が真っ白な状態だったが、ハルはその中でもぶつかることなくまるで見えている様に平然とその霧の中を歩いていた。
そして、ハルの足元には無数の白虎の死体がぐちゃぐちゃになって辺り一面に広がっており、ハルが一歩あるくたびにびちゃびちゃと音がなった。そして周囲には木が一本もなく全て根元からちぎり取られたようになくなっているか、根っこから全てなくなっているかのどっちかで、霧の中は森の外観を維持していなかった。
巨大な切株と溢れかえる死体の山だけが霧の中にただどこまでも広がっていた。
全身返り血で真っ赤に染まり、両手に持った二つの刀からも血が滴り落ち続けていた。そんなハルの姿はもはや人間の様には見えずただ霧の中のものを殺す死神と化していた。
「ああ…」
ハルの口から息が漏れ出した。
自分のしてきた惨状を目に焼き付けながら、ハルは顔をゆがませて歩き続けた。
「…………」
ハルが歩く道はもはや地面ではなく、ぐちゃぐちゃなって広がった死体の上だった。さらに周辺の地面は削り取られたような跡や大きな穴が開いていた。
そんな歩きづらい道をハルがしばらく歩くと。
グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
辺りから大きな咆哮がそこら中から聞こえて来た。
その咆哮からは強い怒りと悲しみが含まれている様にハルは感じた。
ゴオオオオオオオオオオオ!!!
巨大な光線がハルめがけて地面をえぐりながら飛んできたが、飛んできた光線の場所に彼はすでにいなかった。
気づけばハルはその光線を放った大型の神獣白虎の目の前にいた。
グアアアア!!
大型の神獣が驚いて吠えた。
五十メートルを超える神獣からすると人間のサイズなど小さなものだったが、ハルの威圧感は人間のそれを遥かに超えており、神獣たちは彼の接近だけで体全身が震え上がり、恐怖を感じた。
白虎たちにとって彼はもう人間ではなく死神だった。
ハルが地面を蹴ると周囲に衝撃が広がり、その場から一瞬でいなくなった。気づいたときにはすでに白虎の首元まで移動しており、その首を刀でそっとなでると、血の雨とともに白虎の頭が胴体から切り離されていた。
そしてハルが全力で刀を振るうとその巨大な頭は粉々に吹き飛んで辺りに飛び散ってしまった。
地面にハルが着地すると、後ろには頭の無い巨大な白虎の胴体が四本足で立っていた。
すると突然、その胴体だけの白虎が前足を振るって襲ってきた。
「………」
しかし、ハルは知っていたかのように振り返り、その前足に刀を合わせるように振るうと、その前足の方が切り離されて吹き飛んでいき、頭の無い白虎はそこで力尽きた。
ハルの周囲にはまだ大型の神獣が数多くおり、彼を取り囲むように集まって来ていた。
たったひとりの人間と五十メートルを超える大型神獣の群れだけがこの霧の中にいた。
「もう、すべて終わらせよう…すべて……」
ハルが呟くとそれに呼応するかのように一斉に白虎たちが襲いかかって来た。
霧が終わろうとしていた。