神獣討伐 魔獣の群れ
ひとつ前の話の内容を一部変更しました。変更内容は、エウスたちとエルガー騎士団はオウドの監視塔から離れた東の森ではなく、監視塔の近くで戦うことになりました。2021/9/15
監視塔近くの森の東西には魔獣討伐のため騎士たちがそれぞれ配置されていた。そこに、エウス、ライキル、ガルナ、ビナ、のレイドの四人は監視塔の近くの東側の森の中で待機していた。
そして、そこにはエウスたちと同じく東側を任されたエルガー騎士団の騎士たちもいた。
「あ、ベルドナちゃんだ」
そのエルガー騎士団の中にはベルドナの姿があり、ビナは彼女を見つけると駆け寄って行った。
「ベルドナちゃんもこっちだったんですね!」
「ビナ姉さま…」
彼女は緊張しているのか声にいつもの元気がなかった。
「大丈夫?ベルドナちゃん」
「はい、少し緊張してしまって、まだ、私、実戦はあまり経験したことがないので…」
全身鎧でベルドナの顔は見えなかったが、確かに彼女が不安そうにしているのをビナは感じ取った。
そんなベルドナの手をビナの小さな手が包み込んだ。その手は小さかったが力強く、頼もしく感じた。
「だったら私のそばで戦って、危ないときは私が助けるから!」
ビナは優しい笑顔をベルドナに向けた。
「…あ………」
『いつもと変わらないビナ姉さまの可愛らしい笑顔…素敵だな…』
そんなビナのいつも通りの笑顔がベルドナに安心を与えた。
「ビナ姉さま、ありがとうございます、でも私一人でも頑張れます!」
「ほ、本当?」
ビナが心配そうに聞くが、ベルドナの声の調子はいつも通りに戻っていた。
「はい、大丈夫です!私、今のビナ姉さまの笑顔で勇気をもらえましたから!」
「え、本当!だったら嬉しいけど、無理しちゃだめだよ…」
照れているビナをベルドナは見つめた。
『やっぱり可愛い、でも、きっとビナ姉さまはたくさん死線をくぐり抜けてきたんだろうな…』
ベルドナはこのような非常時でも相手を気遣えるビナの力強い精神と温かい優しさに触れてそう思った。
『私もなれるかな…』
バハム竜騎士団の騎士が空からエウスたちのいる東側の部隊に飛んできた。
「連絡します、魔獣が三つの群れに大きく分かれました、そのひとつがまもなくこちらに到着します、戦闘準備を!」
監視塔から東西に少し離れた森の地形は多少起伏があり、木々などが入り組んで生えていた。そのため魔獣などが大群で移動するには、不向きな場所だった。しかし監視塔周辺はその起伏や入り組んだ木々が無いため、魔獣の群れが大勢一気に通り抜けるにはちょうど良かった。
監視塔周辺のような、平らで進みやすい場所が、東西どちら側の森の中にも一つや二つあったため、そこの防衛をフォルテやナターシャがすることになっていたのだった。
監視塔は本来、速やかな危険の発見が主な役割であり、迎撃に関してはあまり特化していなかった。
そのため、オウドの砦ほど兵器を積んでおらず、こうして騎士たちが壁の外に出ての魔獣の対処となった。
「皆さん、連絡します!」
そこに翼竜に乗せてもらっているルルクも空から飛んで来た。彼は空から状況を把握して指揮を執っていた。
「すでに後ろのオウド砦でも魔獣迎撃の準備ができています、なので無理はせずに!」
ルルクは、すでにバハム竜騎士団の一人をオウド砦に送っており、この事態を伝えるように指示をだしていた。そのためオウド砦でも魔獣迎撃の準備が進められていた。
「あ、来ます!」
ルルクが監視塔の方を空から見ると、すでに魔獣の群れが到達していた。そして監視塔後方にいるこの東の部隊、全員に聞こえるように荒々しく叫んだ。
監視塔の脇から魔獣の群れが押し寄せた。
東側の森にいた騎士たち全員が武器を構えた。緊張が走り、誰もがその場で構えて待ち受けようとした。
広がっていた魔獣の群れが、一か所に集まっていたので、軽く百を超えた数の魔獣がおり、その数になると大きな迫力があった。
だが、そこにひとりだけ全力で魔獣の群れに駆け出す騎士がいた。
その騎士はこんな状況でもかなりの軽装と薄着であり、大きくてぶ厚い赤い大剣を背負っていた。
「ガルナ!」
ライキルが走り出したその騎士の名を呼んだ。
迫って来る魔獣は白い毛並みに縦じまの入った白虎たちであり、身体の高さは二メートルから四メートルで、それ以上大きな個体はいなかったが、明らかに周りにいた人間たちよりは大きかった。
そんな魔獣白虎の群れとガルナは衝突した。
ドオン!!
ガルナが両手で振るった大剣が大きな音とともに白虎の頭を勢いよくたたき割り、真っ二つにした。
そんな彼女の最初の強力な一撃に周りにいた白虎たちも怯んでしまった。そして、ガルナの後ろにいた騎士たちが彼女のその勇士を呆然として眺めていると。
「行くぞ!!」
それを見ていたひとりのエルガーの騎士が叫んで同じく突撃して行った。
その掛け声がきっかけでその場にいた全員が奮い立ち、怒号とともに魔獣の群れに突撃を開始した。
エウスは突撃する中で思った。
『ガルナは士気を上げる天才だな…』
ガルナはただいつも通り正面から突撃しただけだったが、結果周りにいた全員の士気を上げることになった。
ガルナが先頭で白虎を斬り込んで道を開くとその後に全員が続いて、次々と白虎を倒していった。
その中でガルナは鬼神のごとき力で白虎たちを薙ぎ払っていった。
「す、すごい…」
それを見ていたベルドナや周りのエルガーの騎士が小さく呟いていた。
その後、戦闘が長らく続くと魔獣の群れは、逃げる者と襲ってくる者の二つに分かれた。
「ライキル、大丈夫か?」
エウスが一匹の白虎にとどめを刺しながら言った。
「もちろんです」
ライキルも白虎の嚙みつこうとして来る牙をぎりぎりでよけて、白虎の横腹に短剣を突き立てて鮮やかに引き裂いていた。
「それより、エウス後ろ来てますよ」
「おっと」
エウスは飛びかかってきた白虎を軽々避けると素早くその白虎の首に剣を突き立てた。
「だいぶ数が減って来たな」
エウスが剣を引き抜いて、血を払った。
「ええ、エルガーの精鋭騎士やガルナ、ビナのおかげですね」
「ああ、やっぱり、全員化け物みたいに強いな…」
エウスがビナの姿を見ると、ひとりで同時に複数の白虎を相手にして、その力の強さと剣技で圧倒していた。彼女の戦い方は剣だけではなく、拳や足も積極的に取り入れた戦い方でそれが十分な凶器になっていた。襲って来る白虎の顎に拳のアッパーを合わせて意識を刈り取っていたリ、自分より大きい白虎を蹴りで軽々吹き飛ばしていた。そして、素早い動きで確実に白虎たちの急所を狙っていた。
「うう…」
ベルドナが四メートルの白虎に苦戦していると、ビナが飛んでいき白虎の背中に強烈なかかと落としを入れて動きを止めた。その隙にベルドナが全力でメイススタッフを振るって仕留めると、短剣を取り出して首を掻っ切ってとどめを刺した。
「助かりました、ビナ姉さま!」
「うん、無理しちゃダメだからね」
「は、はい!」
「よし、そろそろ仕上げだね…」
ビナの見る先には、大剣を振るって暴れているガルナの姿があった。一振りで数匹の白虎をいっきに屠り、大剣の大振りを見て襲ってくる白虎にも体術で軽々対処して彼女には隙が無かった。
そんな彼女の周りにはいくつもの白虎の死体が積み上がっていた。
ガルナは真剣そのものであり、いつもの楽しそうに戦闘する彼女の姿はそこには無かった。
『やっぱり、ガルナさんはすごいな…』
ビナも彼女の豪快な戦いっぷりとその圧倒的な強さに感心していた。
東側に流れてきた白虎の群れをあらかた狩り終わると、夕暮れになり、青い空がオレンジ色に染まり始めていた。
エウスは全員無事なのか周囲を確認した。
ライキルは平気そうな顔で木に寄りかかって一休みしていた。ビナもベルドナと親し気に話していて、ケガをしている様子はなかった。ガルナは息のある白虎がいないか大剣をを持って歩きまわっていた。
エウスも特にケガをしなかったので、息のある白虎にとどめをさすため、周囲を歩き回った。
これをしないとまれに起き上がって襲ってくるしぶとい魔獣がいて、大けがを負うということがあった。
エウスやガルナ、エルガー騎士たちも死体を確認しているとそこに、空から真っ赤に染まったルルクが翼竜で飛んできた。
「皆さん無事ですか?」
どうやらルルクも西側で戦っていたようで、身体全身に返り血がついていて、どのような戦い方をしたのかが気になるほどだった。
「こっちは終わりましたよ!ルルクさん!」
エルガーの騎士たちが彼に手を振っていた。
「お疲れ様です、いったん監視塔に帰還してください、負傷者は翼竜で運びます、死体の処理は後で行います…」
エウスが空にいるルルクからの指示を聞くと監視塔に歩き出した。
全員が監視塔に集まるころには、二日目の夜が訪れていた。