教育方針
新居にある部屋の一室でパソコンデスク前に置かれた可動式の黒い椅子に座り、サキちゃんを膝の上に乗せながら画面を一緒に見る。
映しだされている画像は真っ赤というよりは、少しオレンジっほい色をしたタラバガニだ。
うん、とても美味しそ……うじゃないよね? これ。
なんていうか、見た目が気持ち悪くない?
(もっと可愛らしいイラストとかでよかったよね? なんで、わたしはリアル画像を選んだんだろう……)
やってしまったことは仕方ないので、このまま続けるとしよう。
「サキちゃん、これは?」
「たに〜」
「カニだよ〜」
「きゃに〜」
(……うーん、惜しい)
サキちゃんが病院で診断された構音障害だけど、品質性構音障害と機能性構音障害の2つがあるらしい。
前者は発語器官に問題があり、後者は特に品質的には問題がなく、誤って習得している為に発音に異常がでるみたいだ。
サキちゃんは機能性構音障害だった。
特徴としては言葉を誤って習得している、構音(発音)発達が未熟である、それと聴覚に問題がある場合があるみたいだ。
病院の先生が言うには、口の中で音を作る過程が苦手なのだろうということだった。
考えてみればサキちゃんと最初に出会った時、お腹が空いたなどと必要に迫られれば喋っていたけど、その他では殆ど静かに過ごしていた。
わたしが女性の身体に入った頃ですら、その態度なのだ。
もしかしてハルがミカさんだった状態で一緒に生活してた時、サキちゃんは全く喋ってなかったんじゃないだろうか?
(ハルのことだから、怖がらせるくらいなら話さない方がいいとでも考えていたんだろうな……ハァ……)
きっとサキちゃんは声帯を震わせたり、舌の形を変えたり、口を動かして思い通りの音を作るというのが苦手なのだろう。
それでも聴覚に問題がある訳でもないし、タ行など全てが発音できないということでもない。
つまり、サキちゃんは構音の発達が未熟なのだ。
なのでリハビリという訳じゃないが、今は口の動きの訓練中である。
「サキちゃん、このおじさん達は何してるのかな〜?」
「ちゅり〜」
「釣りだね〜」
「なにがちゅれるの?」
「う〜ん、川だから鮎とかニジマスかな? 後はヤマメとか?」
「ちゃいは?」
「タイ? 川にはいないかな~」
「サキ、おしゃかなたべちゃい」
「じゃあ夜はお魚にしようか?」
「あい!」
構音障害は症状によって手術しなければいけない必要性も出てくるみたいだけど、病院の先生が言うには、サキちゃんの場合はしなくても大丈夫だろうとのことだった。
でもなるべく口を動かした方がいいみたいなので、パソコンで画像を見せたりしてクイズみたいな形で答えてもらっている。
(後はサキちゃんが誤って覚えないように、わたしも発音に気を付けなきゃな……あっ、ひらがな表を見せて、今のうちに覚えちゃえば小学校に上がっても最初は苦労しないかも!)
これはいい案だと思い、わたしは早速ネットで検索する。
(お、これいいかも)
見つけたひらがな表には「あ」の下にはアヒル「ほ」の下には本などのイラストが描かれていた。
こういう絵と一緒なら、文字も覚えやすいかもしれない。
「ママ、これなに?」
「うん それは「し」だよ」
「ちちゃのは?」
「下の絵はシカさんだね」
「これは?」
「それは「ひ」だよ。下の絵はヒトデさんだね」
「ほちみたい」
「ねー、星みたいだね」
でも似てるといっても、実際は全然違うよね。
なんでヒトデと絵本で見る星とかって、同じ形してるんだろう?
夜空を見上げても、星型に輝いたりしてないのにさ。
(まあ検索してまで調べたいことでもないし、気にしないことにしよう)
「サキ、あれちってりゅ!」
「お、知ってるのあった? どれかな?」
「これ! あおむち!」
「正解、青虫さんだね」
「じゃあ、これ「あ」にゃの?」
「えっ……「む」だね……」
「にゃんで?」
「さあ、なんでだろう? サキちゃんは色々知ってて凄いね!」
「むふふ〜」
答えに窮したので、わたしは細かい点に気付いたサキちゃんを褒める。
こう言っては話を逸らす汚い大人みたいな感じだが、賞賛する気持ちに嘘はない。
サキちゃんも満更でもないという顔をしているし、これでいいのだ。
「これ、たに〜」
ひらがな表にある「か」のところを指さし、自信満々に答えるサキちゃん。
たぶん、さっきも言っていたので、早速言葉にしているのだろう。
「カニだね〜」
「きゃに〜」
「そうそう。カニだよ」
「サキおぼえちゃ! しゅごい?」
「もう覚えたんだ。うん、凄いよ」
厳密には言えば発音はできていないが、それを注意ばかりしてサキちゃんが嫌になり、そのまま口を動かさなくなってしまってはどうしようもない。
楽しんで言葉を覚えていってもらえれば、それでいい。
うちは褒めて伸ばす教育方針なのだ。
続きは全くできていませんので、また書いたら載せようと思います。
のんびり更新です。