知るのが怖すぎる
日曜日の午後1時過ぎ、休日出勤だったハルが帰宅してきたので、玄関口まで迎えに行く。
何故か首根っこを押さえられているスミレさんもいる。
ハルに廊下を引きずられてリビングまで連れて来られていたが、その状況は敢えて無視しておくことに決めた。
「おかえり。早いね」
「ただいま。今日は残りの仕事を割り振るだけだったからな。午前中で御役御免だ」
「お昼は?」
「ミカが作ってくれた、お弁当を会社で食べてきた。あれ? サキとソーちゃんは?」
「ついさっきダイキさんが来て、そのまま新居に連れて行かれたよ。早く孫に色々と見せたかったみたい」
「ミカは一緒に行かなかったのか?」
「うん。たまにはハルと2人で過ごしたらどうだ? ってダイキさんに言われた」
「そっか」
ダイキさんは気を遣ってる感じに見せてたけど、あれは一刻も早く孫とゲームや乗り物なんかで遊びたかっただけだと思う。
それを理解してるから、わたしやハルも苦笑いだ。
「あ、お弁当箱洗っちゃうから出して」
「ああ。ごちそうさん。美味しかったよ」
「お、今日も残さず食べてるじゃん。偉い、偉い」
お弁当箱が空になっているのを見て、ソファーに腰を下ろした旦那様の頭を、わたしは満点気に撫でた。
その行動をハルも嫌がりはせず、どこか嬉しそうだ。
甘い空気が自然と2人の間に流れ始めると、借りてきた猫のようだったスミレさんが、いきなり叫び出す。
「あー! もうなんですか! なんなんですかー!? イチャつくなら他所でやってくださいよ! ケッェェェーだ!」
今まで大人しかったのだから、急に大声で文句とか言わないで欲しいものだ。
大体、人様の家へ勝手に上がってきたのは、そっちである。
なので不満があるのなら、スミレさんの方が他所に行けばいい。
まあ残念秘書がウチに来るということは、サキちゃんに付いていったソーちゃんに聞いていたから知ってたんだけどね。
そうじゃなきゃ妊娠してる、わたしを1人で家に置いていかないだろうし『もうすぐヴィオレータが帰って来るから、変な症状が現れないようにしとくわね』とか言って、お腹に手を当ててもこなかっただろう。
「で、何でスミレさんはウチへ来たの?」
「無理やり連行されたんですよーだ」
どんな意図があって家まで連れて来たの? という思いを込めながら、わたしがハルへ視線を送ると、ウチの旦那様は満面の笑顔になった。
(なにあの表情……こっわ。絶対に何か企んでるじゃん)
ニヤニヤしながら、ハルは口を開く。
「なに、女神連中は俺達に借りがあるからな。デートに丁度いい看護師を見つけたってだけだ」
「どういうこと?」
「妊娠も発覚したし、行く予定だった新婚旅行も延期しようと考えてたんだ」
「うん?」
「でもさ、思い付いたんだよ。症状を安定させられる女神を連れて行けば万事解決だなって。なあヴィオレータ?」
ハルがスミレさんをアキカワさんではなく、女神としての名を呼ぶ。
これは人間以上の存在ある、神に頼んでいることになるのだろう。
いや、どちらかというと、お願いじゃなくて命令なんじゃない? 大丈夫かな? 罰とか当たらないよね?
少し不安になっていると、スミレさんが力無く項垂れた。
「女神を顎で使おうなんて人間はハル君くらいですよ……」
なるほど。
天界の神々は、わたし達に今まで散々迷惑を掛けて続けてきたから、現在は人間に弱みを握られている状態なんだ。
それにしてもウチの旦那様は頼もしいというか、空恐ろしいというか……いくら思い付いたからって、遥か格上の存在を脅すかね普通。
頼むから神罰とか落とされないでよ? いきなり未亡人とか嫌だからね。
(そういえばハルって、女性だった時も上司のカツラを振り回してたんだっけ?)
どちらの方が立場が上とか、この人には昔から関係なかった。
きっと昔は女子社員達を、今回はわたし達の暮らしを守る為、相手が誰であろうが牙を剥くのだ。
そう考えると、これほど男性として頼もしい人もいないんじゃないだろうか? 絶対敵に回したくはないけど。
「そうだミカ」
「うん? なに?」
「せっかくだから、今から予行演習としてデートに行こう」
(ダイキさんやヒナタさんは、まだサキちゃんと一緒に過ごしたいだろうし、今から新居に行くのは早すぎるかな?)
それに2人で出かけるのも久々だ。
いや、スミレさんもいるから3人か。
それでも服見たり、ゲームしたり、カフェに行ったりなどと、色々な所を回れそうだ。
あ、段々と楽しみになってきた。
なら、返事は一つだろう。
「うん!」と答えたところでスミレさんが「……あの、これ、わたしも付いていくのが当たり前みたいな流れになってませんか?」と言う。
嫌だなあ。
スミレさんが付いて来なかったら、わたしの面倒を誰が見るというのだろうか? だからしっかり頼むよ?
そう思い、わたしがスミレさんに「看護師役よろしくね」と声を掛けようとすると、それよりも早く残念秘書さんの耳元でハルが何かを小声で喋っていた。
「……すぞ? ……まあ俺としてはヴィオレータがそれでいいなら……」
「ひぃぃー! やめてください! 言わないでください! お願いします! お願いします!」
仮にも女神が恐怖で小刻みに震えている。
何度も頭下げてるし。
ねえハル、一体、なにしたの?
女神が涙を流しながら、必死に懇願してる真実とか知るのが怖すぎるよ。