いってらっしゃい
平和な朝食の最中、創造神様こと7歳児へと姿を変えたソーちゃんが、いきなりとんでもないことを言い出す。
「引っ越すわよ」
またこの女神は唐突に何を言い出すんだろうか? そう命令されて誰が「はい。わかりました」と素直に返事をするというのか。
創造神様は家に来た日から連続で泊まり続けていて、今日で1週間が経つ。
ソーちゃんはスミレさんの親戚で、まあ色々あってウチで預かっているという設定だ。
それと妊娠した身体を家で創造神様が診てくれているのだが、やっぱり女神様って凄い。
お腹に優しく手を当てられるだけで、イライラも眠気も解消されるし、何故か安心した気持ちになっていくのだから。
「そーねちゃ、ひっこちゅにょ?(ソーお姉ちゃん。引っ越すの?)」
「そうよ、サキちゃん」
「いっちゃやりゃ(行っちゃ嫌だ)」
創造神様が家に泊まっている間、すっかりサキちゃんは彼女に懐いていて、今やソーお姉ちゃんと呼ぶ程の仲になっていた。
わたしでさえ、最初は我が娘と仲良くなるのに時間が掛かったというのに、少し納得がいかない。
きっと創造神様に悔しい? とか聞かれたら、素直に「はい」と答えるだろう。
「あれ? ソーちゃん1人で引っ越すんだ? それは残念だね。せっかく仲良くなったのに。じゃあ元気でね」
「ミカ、あなたね……言葉と表情が合ってないのよ。というか、最後に満面の笑顔でアッサリと別れの言葉を告げないでくれるかしら?」
「……ちっ!」
「舌打ちした!? こともあろうにこの人、創造神である、わたしに舌打ちしたよ!?」
「ごめん、ごめん」
「気持ちが全然籠もってないじゃない!? 謝罪の言葉が軽すぎるわ!」
なんというか、すっかり創造神様もノガミ家に馴染んでいる。
友人と呼べる人物はユキやチナツさんもいるけれど、ここまで遠慮なく物申せる人(神)には初めて出会ったかもしれない。
(姉とかが居たら、こんな感じだったのかなあ?)
見た目は7歳児だけど、いざとなったら人間なんかプチッと踏み潰せるだろうし、わたしも全く叶わない相手だと知っているからか、夫のハルとは違う形で甘えることができた。
完全に女性になったとはいえ、ユキさんやチナツさんには、何処か最後に一線を引いてしまうところがある。
なるべく態度には出さないようにしているのだが、これは男性時代の経験があるせいだろうか?
そういう意味では遠慮なく言い合える対等な友人関係というのは、ある意味初めてかもしれなくて、そんなやり取りができることが、わたしは嬉しかった。
「そーねちゃ、いっちゃやりゃ!(ソーお姉ちゃん、行っちゃやだ!)」
「うん? サキも引っ越すのよ?」
「ちょうなにょ?(そうなの?)」
「そうだよ」
「にゃらいい(ならいい)」
サキちゃんは自分も付いて行くと知って満足したのか、朝ご飯の続きを食べ始める。
「あの……ソーちゃん、勝手に話を進めないでくれるかな? 大体引っ越すって言ったって、どこに行くの?」
「えーと、ほらミカのお義父さんの……なんて言ったっけ?」
「ダイキさん?」
「ああ、それそれ」
(呼び方が酷い)
この身体になり、暫くしてからダイキさんは『お義父さん』ヒナタさんのことは『お義母さん』と違和感なく呼べるようになったというのに、人の両親を『それ』って。
そんな適当な扱いは、なるべくやめてあげて欲しいものである。
「そのダイキっていうのが家を建ててたじゃない?」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ? でもまだ完成してなかったんじゃないかな? 入居できるなら連絡くるだろうし」
「いや、もう住めるわよ」
「え? そうなの?」
「うん、さっき見てみたら家屋は完成してたわ」
「そうなんだ。ならなんで連絡くれないんだろう?」
「あなた達、大阪に行ったじゃない?」
「うん」
確かに仕事だったけど大槻まで行って、デパートの屋上でサキちゃんとハルと遊びまくった記憶がある。
あれは楽しかったし、また全員で色々なゲームがしたいものだ。
(スミレさんもいたなあ。ハルにエアホッケーで負けてから、ずっと不貞腐れてたっけ?)
「でね、ミカが大阪の思い出をダイキとヒナタに報告したでしょ?」
「したね」
画像とか写真にできるし動画も撮ったから、ダイキさんとヒナタさんもサキちゃんの映った姿が欲しいかな? と思って連絡したんだよね。
スマホでデータを送ったら、それを見て2人とも大喜びしてたっけ。
「で、その報告を聞いたダイキがデパートに負けるかあ! とかなって、もう使わなくなったゲームやら乗り物を色んな所から引き取ってきて、次々と庭に置いてて時間が掛かったみたいよ」
「ええ……」
「さっき完成したみたいだし、今日の夜か明日には連絡が来ると思うわ」
あまりに時間が経ちすぎて、すっかり家を建てていることなんて忘れてたけど、一体何をしてるんだ? ウチのお義父様は……。
「ソーちゃん、新居の場所とかはわかる? ダイキさんは『秘密だ』とか言って教えてくれなかったんだよね」
新しい家が練馬から離れているのだとしたら、保育園の退園手続きなどもしなければならない。
それに、ご近所付き合いもあるから別れの挨拶などもするべきだろう。
早めに知っておかなければ妊娠初期だというのに、とんでもなく忙しくなってしまいそうだ。
「ここからそんなに遠くないわ」
「え? 練馬にそんな豪邸が建つの?」
「まあそうなるわね」
(慌てて色々と準備をしなければならないとか考えてたけど、ここから近いのなら、そう急ぐこともないかな?)
頭の中で引っ越しの算段をしていると、ずっと会話に入ってこなかったハルが椅子から立ち上がる。
「ミカ、サキ、行ってくる」
「パパ、いっちぇらっちゃ〜い(いってらっしゃ~い)」
「もう行くの? いつもより早いね?」
「さっさと仕事を終わらせたいからな」
「ごめんね。手伝えればいいんだけど」
「いいさ。俺が望んだことだし」
わたしに対してハルは過保護だ。
そんな男が「妻は妊娠した」なんて聞かされれば、ウチの旦那様は仕事などさせてくれないのである。
「わたしにも挨拶していきなさいよ」
「ああ、ソーちゃんもミカをよろしく頼むよ」
「任せなさい」
会社に行くハルを見送ろうとしたら、この旦那様は「動かない方がいいんじゃないのか?」だの「早くリビングに戻って座れ」だのと、全くもって心配性である。
そんな言葉を無視して玄関まで付いていくと、急に両手を握られて額を優しくコツンと当てられた。
「じゃあ行ってくる」
え? なにこれ? さっきまでソーちゃんとコントみたいなやり取りしてたのに、いきなり少女漫画みたいな展開になってるんだけど?
まあ幸せだからいっか。
「うん、いってらっしゃい」




