疫病神?
家の中で行われていた女神2人のケンカは創造神様がスミレさんに腕ひしぎ十字固めを決めたところで決着がついた。
「ふふん。まだまだヴィオレータは甘いわね」
「ちょっと、いつまで関節決めてるんですか? さっさと離せよ、このアホ神……ぎゃあ! ギブ、ギブー!」
(素直に負けを認めればいいのに、なんでスミレさんは余計な一言を付け加えちゃうかな?)
再び関節を決められリビングの床を何度も叩いて降参の意を示す残念秘書を、わたしとハルが呆れた目で眺めていると、ドアのチャイムが再びピンポーンと鳴る。
本当に来客の多い日だ。
やはり救いなのは女神2人の能力によって、ケンカやチャイムの音が、わたし達にしか聞こえていないところだろう。
「はーい」
「あ、ノガミさーん? サイトウですけど」
「こんばんわ。今、開けますね」
「「「こんばんわ〜!」」」
(え?)
これはどうしたことだろう? ドアを開くと、ご近所付き合いをしているサイトウさん、スズキさん、ワタナベさんと町内でも絶対的な発言力を誇る奥様3人衆が揃っているではないか。
なんというか、嫌な予感しかしない。
「えーと、どうしたんですか?」
「実家から海産物が届いてね〜。多すぎて食べ切れないから、お裾分けしようと思って」
「何言ってるのよサイトウさんは? ノガミさん夫婦は、まだ若いんだから魚より肉よね? これ、高級焼肉セットよ。ネットで間違えて沢山注文しちゃったのよ。あげるわ」
「はあ……」
「サイトウさんもスズキさんも甘いわ。聞けばノガミさん達は、まだ新婚旅行にも行ってないって言うじゃない? これ、懸賞で当てた温泉旅行の無料宿泊券よ。家族揃ってゆっくりしていらっしゃい。熱海はいいところよ」
町内会での面倒事にでも巻き込まれるのかと考えていたけれど、どうやら3人揃って世話を焼きに来てくれただけのようだ。
(でも、なんで急に?)と思ったところで視線を感じ後ろを振り返ると、リビングから少しだけ顔を出して覗いていた創造神様とスミレさんが冷や汗を流しているのを、わたしは見逃さなかった。
(女神が原因か)
まあ問い詰めるのは後にして、とにかく今はご近所付き合いを平和に終わらせることにしよう。
「みなさん、ありがとうございます。今度なにかお返ししますね」
暫く世間話をして話を締め括ると、サイトウさん、スズキさん、ワタナベさんの奥様3人衆は「気にしないでいいわよ」と手を振り笑顔で帰って行った。
玄関口を後にし、リビングへと戻る。
さあ、尋問の始まりだ。
「で?」
わたしが簡潔に『今の状況は、あなた達のせいだよね? どういうこと? ほら、言ってみなよ』と一言で態度に表すと、もう既に事情聴取を終えたらしきハルが説明をしてくれた。
やっぱウチの旦那様は優秀だ。
「……つまり、ハルの説明から察するに創造神様は、その家に居るだけで色々な事象を生み出してしまうと?」
「そういうことみたいだな」
「じゃあさっきのは、ご近所付き合いの『縁』が生まれたってことか」
「ああ。それだけじゃないぞ。さっき俺も確認してみたら、仕事上の付き合いで購入した宝クジが当選してたよ」
「へ? いくら?」
「……3億」
「……」
「……」
当選額を口にしたハルと、金額を知ったわたしは無言になる。
これは、この家にお金を生み出したってことなんだろうけど、なんていうか……ダメになる! このままじゃ人としてダメになる!
「ハル、取り敢えずそのお金は寄付しようか」
「そうだな。放っといたら次は凄く嫌なことが起こりそうだ」
「人間、こんなに楽して稼いで良い訳ないよね……」
「これは、どうなんだろうな……」
苦い顔になり、額に手を当てるノガミ家の妻と旦那様。
気付けば無意識のうちに溜息まで漏らしていた。
「あのミカさん、ハル君?」
「なに、スミレさん?」
「物凄く言いにくいんですけど、その……生み出すっていうのは必ずしも良いことばかりじゃなくて、それこそハル君が言ったように悪縁なども作られるっていうか……」
「今日は楽しかったです。もう夜も遅いので、そろそろお帰りください」
「なによ、せっかく来てあげたのに、わたしとヴィオレータを追い出すっていうの?」
「やかましい! サキちゃんや妊娠した子に何かあったらどうするの!? 疫病神は帰れ!」
「ちょっとミカさん、それは聞き捨てなりませんよ!? こんな創造神様と、あの方を一緒にしないでください!」
「ヴィオレータは本当に疫病神のことが好きね〜」
「当然です!」
聞けば疫病神というのは、この世界にとって災いにしかならない者の人生を滅茶苦茶にはするが、それもこれも平和の為であり立派な調停者だそうだ。
それとスミレさん曰く、顔は超絶に良いらしい。
「ヴィオレータは疫病神のことを『神として仕事を立派にこなしているところに憧れる〜』とか言ってるけどさ、あんた絶対に見た目だけで選んでるわよね」
「そ、そ、そんなことありません!」
うん、スミレさんは怒ってるけど、わたしも創造神様の意見には同感だ。
面倒事になりそうだから、口には出さないけど。
「で、創造神様はいつ天界に帰るんですか? スミレさんは人間社会で働いてもいるから、残るのは一応理解できるんですけど」
「そんなこと言っていいの? わたしがいないと赤ちゃんが100%安全に産まれないかもしれないわよ?」
「え?」
「あなた達の魂って未だに不安定なところもあってね、それが母体にも影響してくるの。だから女神2人がいなくなってしまっては赤ちゃんが完全な健康体で産まれるかどうかわからないわ」
「創造神様って未来が見えるんじゃ?」
「それも確実じゃないからね。特に新しい命が産まれる時とかは。でも元々は天界側の責任だから、わたし達が確実にフォローするわよ。安心して」
「いや、悪縁とかも生み出されるって聞かされたら不安の方が大きいんですけど……」
「ふむ。わたしの存在が大きすぎるのも原因ね。ちょっと待ってて」
そう言って創造神様が立ち上がり、その姿を見ていたら、彼女の身長が段々と縮んでいき最後には120センチくらいのところで止まった。
「わたし、ソーちゃん! 7歳!」
「「「……」」」
ああ、創造神様だから、ソーちゃんなのね。
「ママ、今日からお世話になります!」
「ぶん殴るよ!」
今までTS転生、子育て、結婚と様々な出来事があったけど、わたしは今回初めて女神(しかも創造神)にブチ切れた。




