夫婦喧嘩
ムカムカ。
ムカムカ。
そう、今、わたしはイラついている。
普通ならリビングで家族3人揃って食事をするなど、平和な食事風景であるというのにだ。
テーブル上に並ぶパンやクリームシチューにサラダを口にする度、イライラが増してくる。
それもこれも目の前で同じメニューを食べているウチの旦那様こと、ハルが原因だ。
何故かって? だって、この男、こともあろうに帰宅した時の白Yシャツに真っ赤な口紅に付けていたのだから。
罪状、浮気。
判決、有罪。
まだ何も聞いていないが、脳内裁判で結論は出た。
さて、どうやって問い詰めていこうか? と考えながら、わたしは無言でシチューを食べ進める。
ハルも、こっちの機嫌が悪いと察しているのか、何も会話をしようとしてこない。
現状、この屋内で平和なのは、隣で一心不乱に食事を進めているサキちゃんくらいだろう。
「……(パクパク)」
「……(パクパク)」
「しちゅー、おいちい。おかわりゅ!(おかわり!)」
隣にいるサキちゃんはチーズが苦手だが、クリームシチューは大好物の為、食を進めるのが早い。
「はいはい。今、新しいの持ってくるね」
わたしがキッチンへと向かい、サキちゃん用のお皿におかわりを装った後、再び席に着くとハルの方から話かけてきた。
「おい」
「……(イラッ)はい、サキちゃん。あ〜ん」
「あ〜ん」
「おいちいですか〜?」
「おいちいで〜しゅ」
ああ、平和だ。
ウチの娘のなんてかわいいことか。
ほんわかしていると、再びハルが声を出した。
「おいってば」
「……なに?」
「さっきから機嫌が悪いけど、なにかあったのか?」
「知らん」
「はあ? なんだよ、それ?」
「知らんもん」
「いや、理由くらいあるだろ?」
「……別に」
「不機嫌になった原因は?」
プチッ。
このハルの言葉で、わたしの中で何かがキレてしまった。
一応はサキちゃんが寝てから問い詰めようと考え、必死に感情を抑える努力をしていたのだけれど、そう上手くはいかないみたいだ。
「お前や!」
そう、原因はハルである。
なのに、この旦那様は全く心当たりがないのか、自分が不機嫌の元と言われてもポカーンとしていた。
「なんやねん、その顔!?」
「いや、俺が原因とか言われても、何かしたっけな? としか……」
「じゃあ、あの口紅はなんやの!? 浮気か!? 浮気やな!? 浮気やん!」
「いや、あれは……」
「うわ〜ん!」
ハルが何かを言いかけたところで、急にサキちゃんが泣き出してしまった。
「けんかちちゃだめ〜!」
「ああ! ごめん、ごめんねサキちゃん!」
「パパもママもなかよくちなきゃダメなの!」
瞬間、ハルと視線を交わし、目と目で会話をする。
わたし達にとって、サキちゃんが何よりも大切だというのが共通認識であるので『『言い合いは後で!』』という合図を互いに送りあった。
「ケンカなんかしてないよ〜」
「そうだぞ。パパとママは仲良しだぞ」
「ほんちょ?」
「うん、本当だよ」
「ああ、そうだな」
「にゃら、(なら)あくちゅちて!(握手して!)」
「うん、勿論!」
「よし。ほらミカ、握手だ」
娘のサキちゃんにパパとママは仲良しだよというアピールの為に、わたしとハルは互いの手を握り合い、そのまま上下に何度も揺らす。
「ママ」
「うん、なに?」
「だっこもちて」
「いいよ、おいで」
「ちぇなかもポンポンてちなきゃだめ」
「背中も叩かなきゃダメか〜」
「あい」
最近はイタズラっ子になってきたのかな? なんて思っていたけど、どうやら甘え上手にもなってきているみたいだ。
「……すー、すー、」
泣き疲れたのか、サキちゃんは優しく背中を叩いているうちに、眠ってしまった。
わたしが2階に上がり、ベッドの上に我が子を寝かせた後、下へ戻るとハルが話かけてくる。
「ミカ、浮気はしてない」
「はっ! じゃあ、あの口紅はなんやねん?」
「あれは、今日の帰りに乗った電車が満員で、車内が揺れた時に知らない人の口紅が付いただけだ」
「そんな偶然ある?」
「それが事実なんだから、あるんだろ」
「言い訳が上手やな〜」
「お前、いい加減にしろよ!」
ハルが激昂し、座っていた椅子から立ち上がる。
「「……」」
ピンポーン。
2人の間に沈黙が流れている最中、唐突に家のチャイムが鳴った。
「なんやねん。次から次へと」
ピアノが届けられ、ハルが帰宅し、今度は約束もしていない誰かがやってくる。
正直、この不機嫌な状態で誰かの対応などしたくなかったけど、このままじゃハルとも言い合いばかりしそうなので、わたしは少し熱を冷ます為に、ゆっくりと玄関へ向かった。
ああ、イライラする。
なんか眠気も強いし。
最近は微熱が続いていたりもする。
もしかして、病気だろうか?
「はーい」
「あ、ミカさん。こんばんわー」
「この声は……スミレさん?」
ドアスコープから姿を確かめると、ショートカットで紫色の髪と同色の瞳をしている女性がいた。
(あれ? スミレさんじゃない? でも顔も声も似てる……)
そして、もう1人、我が家を尋ねてきた人がいる。
スミレさんの女性の隣には長い銀髪の姿の女性が立っていた。
その人の瞳は青色と赤色のオッドアイだ。
(どこかで見たような?……あ、わたしとハルの結婚式で、お酒を渡してきた人だ)
とりあえずドアを開け、2人と直接に顔を合わせると、スミレさん? らしき人が急に叫び出した。
「や、や、や、やっぱりー! こ、こ、この創造神ー!」
「ちょっと、ヴィオレータ。急に頭を掴むんじゃないわよ」
「ミカさん、この度は誠にすみませんでした!」
「違うわよ、ヴィオレータ。こういう時、人間達は祝うのよ。おめでとう〜」
この2人が何に謝り、何を祝っているのか訳も解らず、わたしは「はっ?」と間抜けな声を出す。
「えっと、色々と確認したいんですけど、いいですか?」
まず最初に紫色の髪の女性にスミレさんだよね? と聞こうとした時、銀髪女性から爆弾発言が飛び出した。
「まあまあ、細かい事は置いといて。まずは妊娠おめでとう!」
「創造神様が原因でしょうがー! 何を目出度く祝ってるんですか!? いや、おめでたいけどー」
妊娠? え、誰が……?
後ろを振り返ると、いつの間にか近くまで来ていたハルが無言で立っていたが、彼は男だ。
なので、出産はしない。
となると、もしかして彼女達の言葉は、わたしに向けられたものだろうか?
……。
……。
え? わたし?
「はあー!?」
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