ハルの弱点
夕飯後、お皿をキッチンで洗いながらリビングでテレビを流したままサキちゃんと釣りをするオモチャで遊んでいるハルへと視線をやる。
こうして見ると、顔も整っているしスタイルだっていい。
女子人気が高いのも頷けるというものだ。
いや、別に惚気ている訳ではない。
どちらかというと、嫉妬しているのだ。
何故かって? だって、女子社員やアルバイトの子達が言うんだよね。
『ハル君って優しいですよね〜』
『あんなにできた人を、お婿さんを貰えた社長は幸せ者ですよ』
『上司からの無理なスケジュールとかも調整してくれますし、本当にハル君がいてよかったです』だってさ。
そういう言葉を一通り聞いて、なんていうか思う訳ですよ。
ハル、貴様、モテすぎなんじゃないの? って。
わたしは今や完全に女性となりましたが、元男として生きた記憶はあるのです。
なのでハルを見て思うのですよ。
こんな完璧な人間いるの?……って。
そして、わたしは考え決意しました。
この男の弱点を、絶対に見つけてやるぞ! と。
「うーん」
「ママ、どちたにょ?(どうしたの?)」
「ううん。なんでもないよ。ちょっと考え事してただけだから」
「しょうだんのりゅ?(相談乗る?)」
「大丈夫だよ。サキちゃん、ありがとね」
「わきゃった(わかった)」
ずっとハルが帰宅してから観察していたのだけど、あまりにも弱点が見つからない。
どうしたものかと考え込んでいると、いつの間にか悩んでいるような声が口から出ていたみたいだ。
というか、3歳児に『相談乗ろうか?』なんて聞かれるのも、大人としてどうなんだろう?
『心霊番組! あなたの後ろに誰かいる!』
──ピッ──
あれ? 今のって次に流れる番組の予告だったよね? チャンネル変えた?
『事故物件訪問! 聞こえる筈のない声が!?』
──ピッ──
あ、やっぱり変えてる。
これは、もしかすると……もしかするんじゃ?
『0時までノンストップ! お笑いライブ!』
テレビのリモコンを操作していたハルだけど、3回目の番組からチャンネルを変えることはなかった。
ふふ、ふふふふ。
み・い・つ・け・た。
わたしが女子達に『家ではだらしないよ?』なんて言っても『えー、かわいいですね!』なんて返されるハルの弱点を、ついに見つけましたよ!
これは、すぐに動かねば!
「ハル、もうすぐ切れる調味料とかあるから買い物行ってくる。サキちゃん見ててね」
「重いんじゃないのか? 俺が持つから、みんなでスーパーにいこ……」
「いや、大丈夫だから! じゃ、いってくるね!」
いきなりハルの紳士っぷりが炸裂したが、強引に会話を打ち切って、わたしはとある場所へ向かう。
(ふー、危なかった。調味料はネットで購入したから、別に買いに行く必要はないんだよね)
暫く歩き、着いた場所は1軒のレンタルショップ。
ここで怖いDVDを借りるのが目的だ。
パソコンでホラー映画を購入してもよかったが、うちではサキちゃんも動画を視聴する。
なので間違って怖い映像が流れてしまい、それを見て大泣されても困る為、態々レンタルショップまでやって来たのだ。
店内に入り、棚を整理していた若い男性店員さんに「この店で人気の高いホラー作品を教えてください!」と聞いてみると、いくつかのDVDを手に取り渡してくれた。
わたしは、それをそのまま借りて、ウキウキとした気分で帰宅する。
「ただいまー」
「おかえり」
家のドアを開けて玄関で靴を脱ぎ、手洗いを済ませた後にリビングへ戻ると、ソファーに座っていたハルが迎えの挨拶をしてくれた。
「あれ? サキちゃんは?」
「寝たから2階に移した」
「そうなんだ」
どうやらサキちゃんは寝てしまい、今は布団の中でスヤスヤと寝息を立てているみたいだ。
これは都合がいい。
「ふふふ、ねえハル?」
「なんだ?」
「これ、一緒に見ようよ!」
わたしは借りて来た中から1枚のDVDを取り出し、ホラーのタイトルをハルの顔へと突き付けた。
『実録、本当にあっちゃった怖い話!』
さあ、顔を青褪めさせるがいい!
「ああ、ホラーか。別に構わないぞ」
「……え?」
「どうした?」
「ハル、ホラー苦手なんじゃないの?」
「いや、別に」
「幽霊とか嫌いなんじゃ?」
「存在しないものに苦手意識持ってもしょうがないだろ」
「あれー? さっきチャンネル変えてたじゃん」
「ああ、サキが怖がると思ってな」
「……話が違うよ」
ガックリと項垂れていると、ハルに「どうした? 見ないのか?」と聞かれたので、わたしは意地になっていたこともあり、プレーヤーへとDVDを挿入した。
そして、視聴した結果は……。
「きゃー!」
「ひぃー!」
「こ、怖いよー!」
これ全て、わたしの叫び声である。
ハルの腕に掴まり、ガタガタと体を震えさせながら、自身からしても意外なくらい女の子らしい悲鳴が喉から出た。
(…は、恥ずかしい)
ハルに視線をやると、向こうもこっちを見ていて、急にどこかいい雰囲気が漂う。
目と目が合い、顎を人差し指と親指で持ち上げられ、唇が近付いてきたので、わたしも瞼を閉じた。
(そういえば、2人きりになるのは結婚式当日以来かな?)
ウェディングドレスを着た日、わたしが酔ってしまった為に、サキちゃんはダイキさんとヒナタさんの家に泊まることとなった。
しかも家に帰宅すると、何故か大分素面に戻り、ほろ酔い状態のままハルと2人きりで過ごしたのだ。
次の日にはサキちゃんも戻って来て、基本は親子3人、川の字で寝るのが当たり前となっていた。
わたしもハルもかわいい娘優先なのは変わらないが、もしかしたら、もう少しハルは甘い恋人同士の雰囲気で過ごしたい時もあったのかもしれない。
(我慢させちゃってたのかな?)
なんて考えが過りながら、互いの唇が触れ合いそうになった瞬間、後ろから声が掛けられた。
「なにちてるの?(何してるの?)」
背中越しに掛けられた声に驚き、わたしとハルは触れ合っていた身体を勢いよく離す。
「さ、サキちゃん!? 1人で階段降りれたの?」
「あい」
「そ、そっか」
「ねえ、いまなにちてたの?(今何してたの?)」
「な、な、な、なんでもないよ!」
「ママの目にゴミが入ったから取ってたんだ」
「ちょうにゃの?(そうなの?)」
「そう! そうにゃの!」
「ママ、おめめたいちょうぶ?(お目々大丈夫?)」
「もう平気だよ〜。さあ寝よっか!」
喉が乾いて降りてきたサキちゃんに、お茶を飲ませ、3人で2階へと上がる。
どうも今日は何もかもが上手くいかない失敗続きの日みたいだ。
その日、わたしはハルとサキちゃんへの気まずさと、ホラー映像の恐怖から、布団に入っても中々寝付けなかった。
後日、ハルの弱点が判明した。
まさかサキちゃんに「ハリュ、こちょこちょこちょ〜」と、くすぐられ「ぶわっははは!」と大爆笑してる姿を見て(そんな直接的なことでよかったんだ……)と、わたしが肩を落としたのは言うまでもない。




