サキちゃんのお願い
──その日、朝食の席で事件は起こった──
テーブルの上には焼いたアジの干物、白米、豆腐とワカメの味噌汁、ほうれん草のおひたしなどの和食が並べられている。
今日、わたしは仕事で色々な人達に会わなければいけないので運転手兼秘書としてスミレさんが迎えにきていた。
まあそれはいい……それはいいのだが……。
問題は何故一家の平和な朝食の時間に、この残念秘書がバクバクと、お米を口に運んでいるのか? ということである。
「あー、美味しい〜。 朝ご飯まだだったんですよ。ミカさんの家で食べれてラッキーでした!」
「ここに来るまでに何か口に入れればよかったんじゃないの?」
「それじゃ、ここでミカさんの手料理が食べれないじゃないですか!……はっ!」
「最初から朝食が目的なんじゃん。まあいいけどさ」
「……」
わたしとスミレさんの会話に関わりたくないのか、ハルは無言を貫いている。
サキちゃんは考え事をしているのか、まだ寝ぼけているのか、ボ〜っとしながら食事をし、口をモグモグと動かしていた。
「そういえばミカさん。来週ですけど、大阪まで出張になるんで」
「ああ、もうエステとネイルの系列店ができるんだ」
「ええ、なので準備しといてくださいね。ハル君もですよ」
「うん」
「ああ」
スミレさんの言葉に、わたしとハルが返事をする。
うちの旦那さんは秘書の仕事を続けているが、婿養子に入ったからには社長業も覚えなきゃいけないというダイキさんの命で視察には必ず付いてくることになっている。
まあ中身がミカさんなので、今更勉強が必要なのかな? という気もするけど、それが終われば副社長という立場に就く予定だ。
「うー」
「サキちゃん、どうしたの?」
「……」
声を掛けても、サキちゃんは未だにボーっとしつつ口を動かしている。
さっきの「うー」は思わず出たという感じみたいだ。
一体、どうしたというのだろう?
ご飯を食べているからには食欲はあるんだろうけど、大人しすぎて心配になってきた。
「ママ!」
ジーっとサキちゃんを見ていたら、急に意識を取り戻したかのような声を上げた。
そしてその瞳には何かを決意したかのような輝きがある……ような気がする。
「サキね、おにがいありゅ(お願いある)」
その言葉を聞いて、わたしは笑顔になる。
何故なら、サキちゃんが自分からお強請りするのは珍しいからだ。
いや、赤くて辛いのが食べたい! とは言うけどね。
それに、これがもし辛味についてのお願いだったとしたら、もっと気軽に言ってくるだろうし、今回は違うのだろう。
なので、できるだけサキちゃんの頼みは叶えてあげたい。
わたしは笑顔を作り、優しい声を出して聞いてみる。
「えっと、なにか欲しい物があるのかな?」
「ちょう!(そう!)」
「うんうん。ママはできるだけサキちゃんの頼みは叶えてあげたいの。そのお願いを教えてくれる?」
心の中で、どこか遊園地とか行きたいのかな? ネズミランド? ユニバ? それともなにか洋服とか、ぬいぐるみで欲しい物があるのかな?
うん、全部叶えてあげるよ! などと、わたしは張り切る。
そして、心躍らしながら我が娘のお願いを聞く準備をしていると、サキちゃんの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「あにょね(あのね)ママ。サキ、ほちぃものありゅ(欲しいものある)」
「うん、なにかな?」
「サキ、いもうちょほちい(妹欲しい)」
その言葉に朝食を食べていたみんなの顔付きが変わり、空気にピシリ! と、ヒビが入るのがわかった。
「おちょうちょでもいいにゃ〜(弟でもいいな〜)」
「「「……」」」
「ねえ、ママ」
「な、なにかな?」
「こじょもって、どうやってできりゅの?(子供って、どうやってできるの?)」
その言葉に、またしても大人達の顔が気まずくなり、先程より一層に空気が凍る。
(……ハ、ハル助けて! あっ、目逸らした!? ス、スミレさん!? こら、お皿を洗いに行くんじゃない!)
「ママ?」
「え〜と、コウノトリさんが……」
「とりしゃん?(鳥さん?)」
いや待て、この説明でいいんだろうか? 両親と死別してるサキちゃんに子供はコウノトリさんが運んでくるんだよ? なんて言ってしまえば、自分は鳥に連れてこられたんだと思ってしまうんじゃないだろうか?
そしてそのうちに鳥類を憎み、ゆくゆくは動物虐待、そして朝夕のニュースで流れる容疑者の顔に我が娘が……い、いけない。
これはアカンで!
「か、神様が授けてくれるねん」
──ガシャン!──
こら残念秘書、なに皿割っとんねん。
後で弁償せえよ!
「かみしゃま?」
「そう、神様」
「いもうちょできにゃいのかみしゃまのせい?(妹できないの神様のせい?)」
うん、こうなったら人間ではない者に責任を全て押し付けてしまえ。
「せや。全部神様のせいやねん。知らんけど。とりあえずこの話は後にして、サキちゃんは保育園行こか?」
「あい」
てか、なんでスミレさんが焦って身体プルプルさせとんねん。
自分、関係ないやろ。
泣きたいのは、こっちや!
ハル? もうとっくにおらんよ。
先に会社向かいよった。
夕飯、覚えとけよ!
「み、ミカさん。酷いですよ〜!」
何故かスミレさんが泣き、玄関から飛び出して行った。
まあ運転手だから、すぐ戻ってくることになるんだけど、もしかして忘れてるのかな?
忘れてるんだろうなあ。
その日、起こった事件を解決することは先送りすることに決め、わたしはサキちゃんを連れて保育園へと向かった。




