ノガミ家のルール
わたし達が住んでいる家にあるリビングの隅っこ。
そしてその場所にまで追い詰められた、1人の男がいた。
それが誰かと言えば、黒いスウェットと無地のTシャツを着ているハルである。
彼の顔には、どうにかして、この場から逃げたいという悲壮な決意が込められているように見えた。
少し寒くなってきた秋の夜、部屋の中には大人用の白いウサギパーカー着ている、わたし。
下には足首まで隠れる長いロングスカート。
こちらもパーカーと同じく白だ。
因みに、わたしの隣に立っているサキちゃんも同じ格好をしている。
上は白いウサギパーカーを着て、下には黒のレギンスとデニムのショートパンツを履いている。
そして、わたしの右手には黒いパーカー、反対の左手には白いパーカーが持たれている。
「ふふふ、ハル、観念しなさい!」
「い、いやだ!」
因みに結婚したのでハルの住んでいたオンボロアパートは引き払い、わたしとサキちゃんの住んでいる家に引っ越してきて一緒に暮らしている。
聞いた話じゃ娘が結ばれたのと、自分には息子、孫に父親ができた祝いにダイキさんが物凄い豪邸を建てているという話だ。
急にプレゼントして驚かしたいということなので、わたしは気付かないフリをしているが、正直、今からその建物を見るのが怖いというのが本音だ。
「ねえハル、これはノガミ家のルールなんだよ?」
「そんなの聞いたことないぞ。勝手に作ったんだろ?」
わたしはハルの近くに、ジリジリと詰め寄る。
「くそっ、なんで4着も買うのかと思ったら、この為だったのか!?」
そう、ハルが叫んだ通りである。
なんと、今日、わたし達が親子3人で渋谷へと出かけた時に見つけてしまったのだ。
サキちゃんとお揃いになる大人用のウサギパーカーを。
そして、それを見たかわいい娘の「ママ、あれきりゅ! おちょろい!(あれ着る! お揃い!)」と興奮したお願いを断ることなんてできようか?
答えは否である。
かといって、家の中でならともかく、外出する時にまでウサギパーカーを大人1人だけで着るのは恥ずかしい。
では、どうするか?
そこで、わたしは思ったのだ──ハルを巻き込んだらいいじゃん!──と。
「ハル、うちのこと愛してるから結婚したんよな? なら、かわええお嫁さんの言うこと聞くくらい簡単よな?」
「おい、目がおかしいぞ。なんでぐるぐる回ってるんだ?」
関西弁が出てきている辺り、わたしも相当追い込まれているのである。
だから旦那さん、ごめん、許して。
「とにかく俺は嫌だぞ! ウサギパーカーなんて絶対着ないからな!」
「ほほう、そんなん言うてええんか? サキちゃん、出番やで!」
「……ハリュ、おちょろいやなの?(お揃い嫌なの?)」
「うっ、い、いや、別にそういう訳じゃ……普通の服なら構わないんだが……」
「うしゃぎしゃんきりゃい?(ウサギさん嫌い?)じゃ、ちょれきてりゅサキとママもきりゃい?(じゃあそれ着てるサキとママも嫌い?)」
「ち、違う! そんなことない!」
サキちゃん、悲しげに泣きそうな顔作ってるけど、涙全く出てないよね?
ねえ、それ、どこで覚えてきたの?
ママ、怖いよ。
「わかった! 着る、着るから!」
「やっちゃあ〜(やったあ〜)」
わたしは勝ち誇った笑みを浮かべ、左右に持っている服を揺らす。
そしてその意図は、しっかりとハルに伝わったらしい。
そう、わたしは無言で聞いたのだ。
どっちの色を選ぶの? と。
「……せめて黒で、お願いします」
この後、家の中には3人のウサギが誕生し、そこからのサキちゃんは眠りにつくまで、終始ご機嫌だった。
ハル? 最初はムスーっとしてたけど、案外着心地が良かったのか、途中からは普通だったよ。
サキちゃんとも、おもちゃで一緒に遊んでたしたね。
とにかく、わたしの『ウサギパーカーを着るのにハルを巻き込んでしまおう』計画は成功した。
この格好を見た近所の人達にニヤニヤとされるのは誤算だったけどね。
なにが『若いっていいわね〜』だ。
くそぅ。
なんか2章が終わってからの方が思い付くので、連載中に戻しときました。
とりあえずSSを載せていこうかな? という感じです。