もろたるわ!
今日のお見合い相手を目にした印象を一言で表すと(うわぁ……)である。
肩まである長髪に真ん中分け、下は七分丈の白パンツを履き、上はグレイのシャツに黒いジャケット。
両手にはシルバーアクセの指輪をいくつも嵌め、首元にも金色のネックレスをしている。
外見で人を判断したくはないが、お前、いつの時代の遊び人だよ! とツッコミたい気持ちが湧き上がってきたのは勘弁して欲しい。
(浮ついてるというか、軽薄というか……うん! チャラい!)
これじゃなるべく非の打ち所がない様にと、格好に気合いを入れてきた、こっちがバカみたいだ。
(あれ? でも、わたしの髪色もシルバーアッシュだしハルも金髪ピアスだし、傍から見たら変わらないんじゃ? もしかしたら周りには遊んでいる感じの2人に見えていたのかも……)
「はじめまして、わたしが──」
(う〜ん、社長業の付き合いじゃ、ウチの会社がファッション関係の仕事をしてるから、この明るい髪色でも許されてたとこあるもんね。社風も自由だし……でも、それを知らない人からすると、うちらチャラい恋人同士に見えてたんちゃう?……ああああ! いや、今の時代に外見だけで判断するんはどうかと思うわ!)
「……おい、ミカ。お前の番だぞ」
今日は貸し切りにしてある、一流ホテルのロビーで豪華な水色のモダンチェアに腰掛けたまま考え事をしてるうちに、どうやら相手の名前を聞き忘れたみたいだ。
わたしがボーっとしていたので、ダイキさんが自己紹介をする番だと教えてくれた。
「はじめまして、ノガミ──『美しい!』」
名前を言ってる途中で、目の前にいる男が叫ぶ。
いや、聞けよ。
「──で、ですねぇ──それから──ミカさんはどう思います? わたしとしては──だから言ってやったんですよ!──だと──それから──」
人の自己紹介を遮った男の喋りが止まらない。
しかも話の内容は大抵が自慢だ。
最初は真面目に聞いていたが、いい加減にウンザリしてきたので、今や、わたしの耳が右から左へと流すことを覚えた程である。
(まだかなあ……?)
ダイキさんとヒナタさん、それに男の両親も『後は、お若い2人で』とか言って席を外した。
サキちゃん達はロビーから見えるガラス張りの庭園で、ケーキスタンドに乗ったお菓子を食べながら優雅にお茶をしている。
(どうせなら、わたしも向こうに行きたい……)
「──それでボクは──なに、任せといてください。幸せにしてあげますよ!──だから──」
相変わらず男の喋りは止まらない。
いつの間にか一人称が、わたしからボクになっていたが、そんなのはどうでもいい話だ。
もしかしたら、それですら猫を被っているのかもしれないし、そのうち俺と言い出すかもしれない。
(疲れた。いい加減、限界だよ)
わたし(の会社のお金)を狙っている男の口調は軽く、今日のお見合いは上手くいくと信じているみたいだ。
一体、どこからその自信がくるのか疑問ではあるけれど、話すことに夢中になってくれているのは丁度いい。
何故なら、この貸し切りにしたホテルの1室では、この男を抜きにした社長業の引き継ぎが行われているからだ。
勿論、それを計画したのはハルである。
そういうのは夏休みが終わってからでもいいんじゃない? と言ってはみたのだけど、その間、わたしが変な男に絡まれ続けていると考えたら落ち着かないらしい。
なので、今日で全ての決着をつけようということだ。
でも、融資と証人の件でチナツさんとユキの父親を連れてくるとは思っていなかった。
目の前の男の両親も『後は、お若い2人で』と言った後にサキちゃん達がいる庭ではなく、ホテルの一室に向かったんだけど、そのことにチャラ男は全く気付いていない。
(まあ、わたしの役目は会話を伸ばして時間を稼ぐことだから狙い通りではあるんだけど、こんなに疲れるとは思ってもいなかった)
この男、父親が大事な取引先相手などと会う時、今まで挨拶回りと称して勝手に付いてきていたらしい。
呼んでもいないのに現れるものだから、その場で社長業の引き継ぎ話などをしてしまえば絶対にゴネるので、とても面倒に思われていた。
何故なら、父親の後を継ぐのは目の前のチャラ男ではなく、彼の弟だからだ。
なので、その話をチナツさんとユキの父親達が何度しようとしても、この男がいるからできなかった訳だ。
それを知り、今日のお見合い話を利用して、会談の場を設けたのがハルである。
どうやって真森銀行の当主と大物政治家に貸しを作ったのか不思議だったけど、その理由がわかってしまった。
(人の見合い話まで利用するとか、ハルって恐すぎるよ……なるべく敵に回さないようにしなきゃ……)
男の弟も軽いところはあるが、仕事に関しては真面目らしい。
彼等の両親曰く『あいつはやればできるのに、やらないだけなんだ。社長にしてしまえば嫌でも本気になるさ』ということだった。
大変だね、サトシ。
(これをユキは狙ってたのかな? 元彼とはいえ、前のような関係になる気はないらしいけど……どう考えても情だよね?)
というか、サトシと血縁関係になるなんてお断りだ。
まあ助けたのはユキだし、わたしは彼を許していないので、仲良くするつもりはない。
もう大分前のこととはいえ、わたしの大事な友達を傷付けたんだから、本当は平手打ちしたいくらいだ。
まあ、今はそんな事より、これからをどうするかだ。
この計画の前、ハルに『俺達がロビーに行くまでに返事を考えておけ』と言われている。
なんの話かと言えば、わたし、サキちゃん、ハルの3人のことだ。
つまり、将来をどうするか=結婚するん? それともせえへんの? ってことや。
その返事を考えながらも、ずっと男の話を聞き流していると、とうとうハル達がロビーにやってきた。
男の両親にチナツさんとユキのお父さん、それにサトシの姿も見える。
でも、わたしはハルを目に入れた瞬間、嬉しさが込み上げてきたせいで、ああ惚れてるんだなあと自覚してしまった。
「親父……それにサトシも? なんだ? どうゆうことだ?」
そんな男の言葉などどうでいいというように、ハルは早足で近付いてきて、わたしを抱き上げた。
気付けば、何故かお姫様抱っこされている状態だ。
両耳に金髪の毛が掛かる長さをしたミディアムヘア、イギリス人と日本人のハーフである特徴なのか、くすんだ赤みの黄色い瞳。
身長は175センチとスタイルも良く、顔も目は2重で大きく、輪郭だってモデルになれるくらいに小さい。
ピアスの数は凄いけど、相変わらず外見は完璧だ。
「ハル……」
「で、どうすんの?」
「〜!! ー!!」
お姫様抱っこしているハルに対して、お見合い相手が何か騒いでいるが、そういえばこの人の名前は何だっただろうか?
しかも、この金髪の人物は、そんなのは意にも介さずに無視を続けているし。
(ハァ……どうしてこうなったかな?)
ロビーから見えるガラス張りの庭園では、わたしをサキちゃんが窓に張り付く様に、こちらを覗き込んでいた。
(せっかくおめかししたのに、ドレスが汚れるよ!)
頭には白く大きなリボンが付いているカチューシャ、お姫様が着ているドレスの様にふんわりとしたスカート姿のサキちゃん。
あー、かわいい。
いや、和んでる場合じゃない。
「……で、どうすんの?」
「……道は1つしかないんでしょ? なら覚悟を決めるよ」
小声で再び問いかけてきたハルに対して、わたしも同じ声量で返す。
「……後悔しない?」
「……さあ? でも、かわいい娘であるサキちゃんを育てていく為だからね」
またハルの問に答えた後、お互いに小さく頷き、わたしはお見合い相手の方へと顔を向けた。
「──俺が社長じゃない!? どうして!? いや、それよりも──ミカさん! その男は!?」
相変わらず何か騒いでいたが、こっちもそれどころじゃなかったので、そこは許して欲しい。
お見合い相手を見つめると、男も話を聞く態勢に入り静かになった。
沈黙が場に流れている中、1度だけ深呼吸をし、口を開く。
「ごめんなさい。わたし、この人と結婚します!」
お見合い相手が何か言う前に、ハルが顔を近付けてきて、そのまま口付けられた。
「むぐぅ……(いきなり何すんねん!?)」
「そ、そんな……社長にもなれず結婚もできず、俺はどうしたら……」
「チューちた!」
周りに最後通告でもされたであろう男は呆然とし、庭の方からは、何故かサキちゃんの嬉しそうな声が響く。
わたしがハルにした返事は殆ど照れ隠しだし、本当は彼が現れる前から答えは既に決まってた。
お姫様抱っこされながら、一度だけ目を瞑り、唇が離れたところで口を開く。
「なあハル?」
「なんだ?」
「ハルのこと、うちがもろたるわ!(もらってあげる!)」
「……バカ……」
ハルは照れ隠しに顔を背けていたけど、この時、口の端が嬉しそうに上がっていたのを、わたしが忘れることはないだろう。
予定では次で2章が終わりです。
まだ書けていないので、いつ投稿できるか分かりませんが、とりあえず健康被害でもない限り2章をエタる気はないとだけ言っておきます。
感想、誤字報告、評価、ブクマありがとうございます。