かくれんぼ
サキちゃんと俺が奇妙な親子関係になってから、今日で3日目だ。
露出の高い服で出かける勇気は未だに無く、上下黒のスウェットで日々を過ごしている。
だがちゃんと同じ色が3着あり、それを着回しているから、汚くないとだけは言っておく。
そして現在、ミカさんの新たな事実を知った俺は物凄く困っている。
だって、あの人、無職だったから。
そのことを知ったのはサキちゃんと出会った次の日で、あのサトシとかいう男とケンカだかなんだかをしている女の人から、スマホにアプリのトークが送られてきたのが原因だ。
彼女の名前はユキさんというらしく、どうもミカさんと同じ会社に勤めてたっぽい。
因みにアイコンのネーム場所には、カタカナで名前しか書いていなかったので、名字はわからなかった。
「どこかで働いていたのなら、俺が仕事を見つける手間も無かったんだけどな」
通帳を見つけて中を見てみると、なんか結構な大金が入っていたが、どうもそれはサキちゃんの両親が残した遺産みたいだ。
暗証番号も小さく折りたたんだ紙に書いてあり、コンビニのATMで数字を打ち込んで試してみると、問題なく使うことができた。
でも、それはサキちゃんの将来の為に取っておく必要があるお金だから、できれば無闇に崩したくはない。
これは早急に仕事先を見つける必要があるだろう。
ミカさんはアパレル関係に勤めているらしかったので、一緒に働いていたユキさんに冗談っぽく会社に戻れるかな? と、聞いてみたのだが、返信のトーク内容を見て諦めた。
スマホ画面に何が書かれていたのかというと、こうである。
『あれだけ、みんながいる前で部長を怒鳴り散らした挙げ句、頭を掴んで外れたカツラを振り回しながら「ざまぁー!」とか叫んでたじゃん。戻るとか無理じゃない?』とかあったのだ。
自己中すぎるだろと思ったが、ユキさんとのトークでのやり取りから察せられたのは、どうも会社にいる女性達に色々としつこかった中年男性社員を、キレたミカさんがやり込めたらしい。
「それでもカツラ振り回すとか、豪快すぎるだろ……」
大人としてどうなんだ? という感じではあるが、その中年男性社員に対して日頃鬱憤が溜まっていた人達からは、ミカさんは性別関係なく感謝されているみたいだ。
なので、そんな英雄みたいな人が頭を下げて会社に戻ったりなんかしたら、格好よく会社を去ったイメージなどが台無しになる気がする。
中身が俺だとしても、外見はミカさんだし、きっと出戻りはしない方がいいのだろう。
「かくれんぼ……」
夕食の準備をしている最中、テレビアニメを見ていたサキちゃんから呟くような声が漏れる。
画面内では、アンでパンなヒーローが子供達と一緒に隠れんぼをして遊んでいた。
このアニメの放送日は今日ではないが、どうもミカさんが録画していたらしい。
なのでテレビの上に置いてあったディスクを、再生機に入れて画面に映してみた。
なんだ、子供が見るアニメを録り溜めしているなんて、あの人、いいところもあるじゃん! とか思っていたのだが、それとなくサキちゃんに確認してみたところ、今までに、このDVDは見たことがないようだった。
カツラを振り回したり、録画をしてあるのに再生していなかったりと、どうにもミカさんという人物が掴めない。
テレビを画面を見つめるサキちゃんは、アニメ内で行われている隠れんぼという遊びに、興味津々のようだ。
もしかしたら、まだ経験したことがないのかもしれない。
「サキちゃん、隠れんぼしたいの?」
「……ちたい」
「いいよ。どこでやろうか?」
「おうち」
「……」
この6畳一間で隠れようとは、なんて度胸のある女の子だ。
その強い心臓を、男の俺にも分けて欲しいものである。
いや、いまや身体は女性となっているが……それはそれだ。
「わかった。じゃあ隠れたい? 鬼がしたい?」
「かくれりゅ」
「じゃあ、おれ……わたしが鬼ね。今から10数えるから、その間にサキちゃんは隠れてね」
「あい」
俺は顔を覆い「いーち、にー」と声を出しながら10まで数えた。
「もういいーかーい?」
「もうーいよー」
何処に隠れているかなんて、声がした方向でバレバレだが、すぐに見つけてしまうのも味気が無いだろう。
「どこかな〜」
サキちゃんがカーテンの裏にいるのは、もうそこにできた影で気付いてしまっているが、隠れんぼというのは見つかるかもしれないというドキドキが大切なのだ。
なので俺は絶対にいないとわかっている風呂場に行ったり、クローゼットのドアを開けたりしていく。
「いないなー。どこかな〜?」
そして徐々に目的の場所に近付き「もしかして、ここかな〜?」と言いながら、ゆっくりカーテンの裏を覗くと、小さな天使の姿が現れた。
「みーつーけた!」
「きゃ〜!」
見つかったのが嬉しいのか、サキちゃんは笑顔になって喜んでくれた。
(やばい。かわいすぎる!)
この後はサキちゃんが鬼をやりたがったので交代し、俺が隠れる事になった。
トテトテと部屋の中を歩き回り、一生懸命に探す足音が聞こえてくる。
浴槽の中に隠れた俺と、蓋を少しだけ上げたサキちゃんと目が合う。
「みつちた!」
「見つかっちゃった〜」
サキちゃんは隠れた俺を探すのも楽しいのか、これまた幸せそうな顔をしていた。
主人公は浴槽に隠れましたが、実際、お風呂場に隠れるのは滑ったりして危ないので、できればやめといた方がいいと思います。